1-18-2 Baby’s breath
あれから数週間。
心地よい海風が窓から入る、ホテルの一等室のような病室で、私はぼんやりと青い空を見上げていた。
あの後は、戦闘中よりもずっと慌しかった。
意識を失っている最中にウタの病院に担ぎ込まれ、起きると腹部の大きな縫合痕に驚き、そしてその後に身を襲った激痛に顔を顰めたものだ。
周りにはロロやラルラといった旗騎士に加え、ロロとルテティアで任務を行っていたヴィーランやウィチタ、さらに帝都から増派されてきたカーラたちが、日夜警護についてくれているようだった。加えてカーラからは、ラッセル・ボードウォークとドミニクス・ファン・ボッセの死亡が確認され、埋葬も行われたと連絡を受けた。
フェリクスにスヴェンも、それぞれ重傷ではあったが、今はもうとなり病室でギャイギャイと騒ぐまでに回復している。
私自身もそんな中で傷も癒し、少しではあるが走ることもできるようになった。
「うん、経過も良好ですね」
「このまま行けば・・・?」
「ええ、まず問題ないでしょう。助手たちも、お腹に大穴が開いていたとは思えないくらいの食べっぷりだって、配膳のたびに話していますよ」
頭の禿げあがった医者がそう笑いかける。堪えきれないといった様子で、そばにいたカーラがプッと吹き出した。
自分でもわかるほど顔を真っ赤にした私がポカポカとカーラを叩くのを見ながら、医者が部屋を後にした。
「サイテーだな」
「えぇ?でも、大喰らいのジェーンには言われたくないかも」
「今すぐ落とし穴にでも落ちてくれ」
「アハハ、冗談冗談。よく食べて、早く回復しないとね」
手をヒラヒラと振ってカーラが笑っていると、つられて笑いだしてしまった。
「いやあ、それにしてもアンナさん、すごかったんだよ?「ジェーンを頼む」って、私初めて旗騎士に頭なんて下げられたよ」
「アンナが?」
「そうよ。ロット卿まで出てきたんだから、私もう緊張しちゃって」
「馬から落ちそうになっちゃった」とカーラがおどけてみせる。
「でもね、みんな無事でよかったよ。本当に・・・」
カーラの言葉に、しみじみと頷いた。
アビゲイルは無事だった。
医者が言うには、神の奇跡だった。
無残にも切り伏せられ、病院に入った時には意識はとうに無くなっていた。
生死の境をさまよい、何度も呼吸が止まったという。
それでも、息を吹き返した。
妹は、アビゲイルは生きて隣の病室にいる。
まだベッドから動くことはできないが、覗きに行くと、あのいつまでも変わらぬ優しい顔で笑いかけてくれた。
ふと、もしかしてこれは夢なのではないだろうか、という不安が頭によぎり、カーラに支えてもらいながら、アビゲイルの部屋を訪れた。
「ハロハロー、ジェーンちゃん」
「お、おい!無理するな!」
アビゲイルの警護についていたらしいヴィーランとウィチタ。
まだ足元のおぼつかない私に、ヴィーランが慌てて駆け寄った。
「あら、かっこいい。やっぱり顔が男前なら、行動も男前よねぇ」
「そ、そんなことはありませんよ、サンドローヴァー騎士」
茶化すカーラに顔を赤くしたヴィーラン。カーラは奥に座ったままのウィチタに目をやった。
「ホーラ、謙虚。どっかの生意気な後輩とは違うわねぇ」
「いやあ。ここはヴィーランにかっこいいとこやらせてやってるんですよ、カーラさん」
いたずらっ子な笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと言ってみせるウィチタに、変わらないなと笑った。
部屋を仕切るカーテンをめくると、ベッドの上で身を起こしたアビゲイルが少し前の私のように、窓から景色を眺めている。
私の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに顔を向けた。
「おはよう、お姉ちゃん」
いつもより幾分か白いが、美しく整った顔。
透き通るような声。
所々に銀のメッシュが入った、紫色の髪。
記憶の中にいた妹が、今目の前で微笑んでいた。
「ああ、おはよう」
これだけで、私は幸せだった。
父も母も叔父もいないが、家族と呼べる人と、妹と挨拶ができる。
ただそれだけで幸せだった。
他愛のない話をする。
時折恥ずかし気に笑顔を浮かべて、アビゲイルははにかんだ。
アビゲイルの記憶は戻らないままだった。
医者が言うには、相当強い薬を投与されたらしいとのことだ。
それでも、こうして話していれば、記憶が戻るんじゃないか。
母のことも、父のことも、きっと思い出すんじゃないのか。
淡い希望かもしれないが、私はあきらめずに少しずつ、アビゲイルに家族のことを話していった。
「お父さんがユージーン・ファミリアエ。お母さんがセイラ・ファミリアエ?」
「うん。私がジェーン・ファミリアエで・・・」
「私が、アビゲイル・ファミリアエ・・・かぁ。うーん・・・」
「!何か思いだすことでも!?」
小首を傾げたアビゲイルに、焦って問いかける私。アビゲイルはそれに少し申し訳なさそうな顔を向けた。
「ううん、ごめんなさい」
「いや、私もその、焦ってしまって・・・」
「そんなことないよ。・・・でもね、思いだしたって程じゃないんだけど、どこかその名前が、私の中でしっくり来るような気がするの」
そう言っているアビゲイルは、安堵した様子だった。
同姓同名はいるかもしれないけれど、この名前を付けられた自分は世界で一人だけだ。
叔父の、リチャードすらも失って、騎士になるまで自分の名前を知る人を失っていた私には、アビゲイルの安心した気持ちが、少しわかった気がした。
暫くすると、部屋の戸が開けられ、ガヤガヤと騒がしい二人組が入って来た。
「失礼しまーすって、ほらやっぱりここだぜフェリ」
「ジェーン、お前安静にしてろって言われてただろ!」
ミイラのように全身包帯にまかれた、フェリクスとスヴェン。
それを見て、カーラが「あーあ」とため息をついた。
「うるさい野郎はコイツ一人で十分だっていうのに、まーた増えちゃってまあまあ」
「うるさい野郎ってヒドいなぁ!」
大袈裟に反応するウィチタに、カーラが椅子に置いてあった彼の三角帽を投げつけた。
「うわっ、見ました先輩?やっぱりカーラさんってすぐ手が出ますよね!」
「「それについては同意しかない」」
全く持ってその通りと頷くフェリクスとスヴェンに、カーラが「ほぅ・・・?」と眉を顰めた。
「従者時代に、だーれがお二人の世話をしたやったと思ってんのかねぇ・・・この恩知らずが!」
「ま、まぁまぁ先輩も皆さん、ジェーンとアビゲイルが話しているんだから静かにしましょうよ」
青筋を立てて飛び掛かろうとするカーラを、後ろから羽交い絞めにしてなんとか場を鎮めようとするヴィーラン。
わちゃわちゃと騒がしくなる部屋の様子を、カーテンの隙間から覗いて、やれやれと首を振った。
「フフ、面白い人ばかりね」
「騒々しいのがキズだがな」
「お姉ちゃんだって、そうでしょう?」
「・・・言ってくれるな」
暫く視線を合わせてから、どちらからともなく笑いだした。
そうだ。
治療が終わったら、アビゲイルを連れて出かけよう。
春は花の綺麗なルテティアへ。
夏は海の美しいウェネティアへ。
秋は一面紅葉が広がるマジェリトへ。
そして冬は故郷のハリカルナッソスへ。
今までできなかったことを取り戻すように
この幸せが、永遠に続くように・・・
20/8/24 各部再編集により、独立話として新たに割込みしました。内容は以前掲載されていたのと同じものです。




