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ユートピア  作者: 吉田 要
第一部 家族の行方
21/70

1-18-2 Baby’s breath

 あれから数週間。

 心地よい海風が窓から入る、ホテルの一等室のような病室で、私はぼんやりと青い空を見上げていた。

 あの後は、戦闘中よりもずっと慌しかった。

 意識を失っている最中にウタの病院に担ぎ込まれ、起きると腹部の大きな縫合痕に驚き、そしてその後に身を襲った激痛に顔を顰めたものだ。

 周りにはロロやラルラといった旗騎士に加え、ロロとルテティアで任務を行っていたヴィーランやウィチタ、さらに帝都から増派されてきたカーラたちが、日夜警護についてくれているようだった。加えてカーラからは、ラッセル・ボードウォークとドミニクス・ファン・ボッセの死亡が確認され、埋葬も行われたと連絡を受けた。

 フェリクスにスヴェンも、それぞれ重傷ではあったが、今はもうとなり病室でギャイギャイと騒ぐまでに回復している。

 私自身もそんな中で傷も癒し、少しではあるが走ることもできるようになった。

「うん、経過も良好ですね」

「このまま行けば・・・?」

「ええ、まず問題ないでしょう。助手たちも、お腹に大穴が開いていたとは思えないくらいの食べっぷりだって、配膳のたびに話していますよ」

 頭の禿げあがった医者がそう笑いかける。堪えきれないといった様子で、そばにいたカーラがプッと吹き出した。

 自分でもわかるほど顔を真っ赤にした私がポカポカとカーラを叩くのを見ながら、医者が部屋を後にした。

「サイテーだな」

「えぇ?でも、大喰らいのジェーンには言われたくないかも」

「今すぐ落とし穴にでも落ちてくれ」

「アハハ、冗談冗談。よく食べて、早く回復しないとね」

 手をヒラヒラと振ってカーラが笑っていると、つられて笑いだしてしまった。

「いやあ、それにしてもアンナさん、すごかったんだよ?「ジェーンを頼む」って、私初めて旗騎士に頭なんて下げられたよ」

「アンナが?」

「そうよ。ロット卿まで出てきたんだから、私もう緊張しちゃって」

 「馬から落ちそうになっちゃった」とカーラがおどけてみせる。

「でもね、みんな無事でよかったよ。本当に・・・」

 カーラの言葉に、しみじみと頷いた。


 アビゲイルは無事だった。


 医者が言うには、神の奇跡だった。

 無残にも切り伏せられ、病院に入った時には意識はとうに無くなっていた。

 生死の境をさまよい、何度も呼吸が止まったという。

 それでも、息を吹き返した。

 妹は、アビゲイルは生きて隣の病室にいる。

 まだベッドから動くことはできないが、覗きに行くと、あのいつまでも変わらぬ優しい顔で笑いかけてくれた。

 ふと、もしかしてこれは夢なのではないだろうか、という不安が頭によぎり、カーラに支えてもらいながら、アビゲイルの部屋を訪れた。

「ハロハロー、ジェーンちゃん」

「お、おい!無理するな!」

 アビゲイルの警護についていたらしいヴィーランとウィチタ。

 まだ足元のおぼつかない私に、ヴィーランが慌てて駆け寄った。

「あら、かっこいい。やっぱり顔が男前なら、行動も男前よねぇ」

「そ、そんなことはありませんよ、サンドローヴァー騎士」

 茶化すカーラに顔を赤くしたヴィーラン。カーラは奥に座ったままのウィチタに目をやった。

「ホーラ、謙虚。どっかの生意気な後輩とは違うわねぇ」

「いやあ。ここはヴィーランにかっこいいとこやらせてやってるんですよ、カーラさん」

 いたずらっ子な笑みを浮かべて、いけしゃあしゃあと言ってみせるウィチタに、変わらないなと笑った。

 部屋を仕切るカーテンをめくると、ベッドの上で身を起こしたアビゲイルが少し前の私のように、窓から景色を眺めている。

 私の視線に気づいたのか、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「おはよう、お姉ちゃん」

 いつもより幾分か白いが、美しく整った顔。

 透き通るような声。

 所々に銀のメッシュが入った、紫色の髪。

 記憶の中にいた妹が、今目の前で微笑んでいた。

「ああ、おはよう」

 これだけで、私は幸せだった。

 父も母も叔父もいないが、家族と呼べる人と、妹と挨拶ができる。

 ただそれだけで幸せだった。


 他愛のない話をする。

 時折恥ずかし気に笑顔を浮かべて、アビゲイルははにかんだ。

 アビゲイルの記憶は戻らないままだった。

 医者が言うには、相当強い薬を投与されたらしいとのことだ。

 それでも、こうして話していれば、記憶が戻るんじゃないか。

 母のことも、父のことも、きっと思い出すんじゃないのか。

 淡い希望かもしれないが、私はあきらめずに少しずつ、アビゲイルに家族のことを話していった。

「お父さんがユージーン・ファミリアエ。お母さんがセイラ・ファミリアエ?」

「うん。私がジェーン・ファミリアエで・・・」

「私が、アビゲイル・ファミリアエ・・・かぁ。うーん・・・」

「!何か思いだすことでも!?」

 小首を傾げたアビゲイルに、焦って問いかける私。アビゲイルはそれに少し申し訳なさそうな顔を向けた。

「ううん、ごめんなさい」

「いや、私もその、焦ってしまって・・・」

「そんなことないよ。・・・でもね、思いだしたって程じゃないんだけど、どこかその名前が、私の中でしっくり来るような気がするの」

 そう言っているアビゲイルは、安堵した様子だった。

 同姓同名はいるかもしれないけれど、この名前を付けられた自分は世界で一人だけだ。

 叔父の、リチャードすらも失って、騎士になるまで自分の名前を知る人を失っていた私には、アビゲイルの安心した気持ちが、少しわかった気がした。


 暫くすると、部屋の戸が開けられ、ガヤガヤと騒がしい二人組が入って来た。

「失礼しまーすって、ほらやっぱりここだぜフェリ」

「ジェーン、お前安静にしてろって言われてただろ!」

 ミイラのように全身包帯にまかれた、フェリクスとスヴェン。

 それを見て、カーラが「あーあ」とため息をついた。

「うるさい野郎はコイツ一人で十分だっていうのに、まーた増えちゃってまあまあ」

「うるさい野郎ってヒドいなぁ!」

 大袈裟に反応するウィチタに、カーラが椅子に置いてあった彼の三角帽を投げつけた。

「うわっ、見ました先輩?やっぱりカーラさんってすぐ手が出ますよね!」

「「それについては同意しかない」」

 全く持ってその通りと頷くフェリクスとスヴェンに、カーラが「ほぅ・・・?」と眉を顰めた。

「従者時代に、だーれがお二人の世話をしたやったと思ってんのかねぇ・・・この恩知らずが!」

「ま、まぁまぁ先輩も皆さん、ジェーンとアビゲイルが話しているんだから静かにしましょうよ」

 青筋を立てて飛び掛かろうとするカーラを、後ろから羽交い絞めにしてなんとか場を鎮めようとするヴィーラン。

 わちゃわちゃと騒がしくなる部屋の様子を、カーテンの隙間から覗いて、やれやれと首を振った。

「フフ、面白い人ばかりね」

「騒々しいのがキズだがな」

「お姉ちゃんだって、そうでしょう?」

「・・・言ってくれるな」

 暫く視線を合わせてから、どちらからともなく笑いだした。


 そうだ。

 治療が終わったら、アビゲイルを連れて出かけよう。

 春は花の綺麗なルテティアへ。

 夏は海の美しいウェネティアへ。

 秋は一面紅葉が広がるマジェリトへ。

 そして冬は故郷のハリカルナッソスへ。


 今までできなかったことを取り戻すように

 この幸せが、永遠に続くように・・・


20/8/24 各部再編集により、独立話として新たに割込みしました。内容は以前掲載されていたのと同じものです。

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