1-13 唯一の肉親
途中の宿場町で、同じ任務に就く騎士と待ち合わせることになっていた。
宿屋で一息つき、近くの小さな飯処で夕餉を取っていると、ギィっと入り口のドアが開けられ、何か騒々しい人々が入って来た。
「ったくよォ、なんで急に宮護させられた挙句、もう次の任務に行かなきゃなんねぇんだよ。過酷すぎるだろこの仕事・・・」
「それが騎士のお仕事だよ。ですよね、ロロさん」
「うむ。騎士たるもの、任務には全力を挙げよとな!」
太い声でガハハハと笑うクマのような巨体の豪快な男は知らないが、あとの二人は態度で分かる。恐らくフェリクスとスヴェンだ。
「さて、ここで落ち合うはずなんだが・・・ってジェーン!お前か!?今回の任務担当は!」
「食事中なんだ。あまり大きい声を出すな」
「あ、はい。すんません」
「ばーか、怒られてんの」
「お前もだ、スヴェン」
「はい・・・」
どっちが年上でかつ先輩か分からないような状況に、黒々と日に焼けた肌に白髪交じりの黒髪のナイスミドルは、また豪快な笑い声を上げた。
「貴嬢か!アンナ嬢の弟子の、盲目の騎士というのは!」
「ジェーン・ファミリアエです」
フェリクスとスヴェンの振舞いから目上であろうと判断したジェーンは、そう言って頭を下げた。
「おおっと、これはいかんな。遅れたが、私はジルベール・ロロ・マルブランシュというものだ。旗騎士をやらせてもらっちゃいるが、そんな気構えなくいい。気軽にロロとでも呼んでくれ」
分厚い胸板を叩いてそう言ったロロは、またクマのように大きな手でがっちりとジェーンの手を握った。
「俺らも食事と行こうぜ、フェリ」
「そうだな、食べながら任務について話すか」
ジェーンが食事を取っているテーブルに、各々が腰を下ろす。ロロが座るときは、地震が起きたのかというぐらい店が揺れたのは衝撃的だった。
シチューやらチキンの丸焼きやらがテーブル一杯にならび、既に残すはスープのみとなっていたジェーンも、何やらまた空腹感に襲われてきた。
「ガリア総督領つっても、任務先は総督府のあるルテティアじゃなくて、郊外の街なんだっけか」
「ああ。位置的には南のイスパニア総督領に近いな。ウタって街だ」
「そこで、騎士絡みの不審な行動が報告されたから、確かめろってわけね」
三人が任務について話し合うのを見ながら、ロロは嬉し気に笑った。
「いやはや、若いのは元気でいいな!切磋琢磨し、任務に励む。私にはもう出来んわ、ガハハハ!」
「何言うんですか、今回の任務にロロさんに同行していただいているから、俺たちだって安心できるんですよ」
「あ、言うの忘れていたが、私はルテティアに用があるだけで、貴君らの任務に同行するわけじゃないぞ」
ロロの発言に、胸を張って言ったフェリクスはずっこけるように椅子から滑り落ちた。
「え、じゃあなんでここ来る途中に、『久々に新米騎士と任務だな!』とか言ってたんですか!?」
「いや、ルテティアで新米騎士と合流することになっていてだな」
「さも同じ任務かのように振る舞ってたのに」
「ガハハハ、すまんな!」
ビールをうまそうに飲み干したロロは、グラスと代金をテーブルに置くと、「ほんじゃ頑張れよ!」とだけ言い残して、席を立ちあがった。
そして出口に向かおうとして、ふと思い出したようにジェーンに告げた。
「そういえば、貴嬢は妹君を探しているんだったか」
「・・・はい。ノヴゴロドで騎士になったというのは、メルセン・コッカから聞いたのですが」
「その妹君、髪が貴嬢よりもやや紫がかっていて、また所々に銀髪が入ってはいるか?」
「はい、恐らくは・・・。母や父もそのように言っていたと。なぜですか?」
ジェーンの質問に、ロロは大きく息を吐いた。そしてしばらく天を仰ぐようにして悩んだのち、ジェーンの目の顔をマジマジと見た。
「その珍しい髪をした少女をルテティアの付近の街で見たというのが風の噂で入ってきてな。私の任務はその確認でもある」
「!?・・・本当ですか!?」
目を見開いたジェーンが席から飛び上がった。
―妹が、アビーが!?
―ガリア総督領のどこかに!?
―今すぐに探しに行きたい・・・
―・・・でも!
「本人の確証はない。確実であれば、貴嬢にもアンナ嬢にも連絡が言っていることだろう。メインデルトの小童の頼みだ、私が行って確認をしてくる」
「・・・ありがとうございます」
思い直したように席にパタンと座ったジェーンに、ロロは意外そうな顔をした。
「話を聞いているに、貴嬢ならすぐに飛び出そうとすると思ったんだが・・・」
「正直、妹を探すために騎士になったといっても間違いではありません。でも、私は任を帯びています。ならば、これを手早く仕上げてから、探しに行きます」
ジェーンの言葉に、ロロは「見直した!」と言って頷いた。
「話そうかどうか悩んだんだが、これなら話して良かったわい!こっちも何かわかったら連絡しよう」
「はい、よろしくお願いします!」
ロロは力強くうなづくと、颯爽とその姿を夜の闇に消した。
「・・・嵐のような人だな」
「ロロさんだからな。平常運転だ」
普段とぼけた様子の多い、あのスヴェンでさえ神妙な面持ちでジェーンの言葉に頷いた。
「さて、やらなきゃいけねぇことも見つかったみたいだし、とっとと任務を終わらせようぜ」
その後、詳しく任務に就いて話し始めた。
騎士を堕ちた者、つまり騎士としての任務や矜持を放棄し、自身の力を己の目的のみに使う者がウタという町で確認され、それを確保するのがこの任務の大雑把な概要のようだ。
「その堕騎士がこのラッセル・ボードウォークっていう男ね」
「そうゆうこと。俺たちはそのオッサンをぼこぼこにして連れ帰る」
「元騎士といっても、ジェーンの叔父さんみたく名誉の引退ではなく、不名誉な奴だからな。油断はしないが、情けはいらねぇ」
ランプの明かりの元、三人は頷き合った。
◇ ◇ ◇
ウタの街は水運で栄えている。白海へそそぐ川の河口に位置し、海底からまるで積み木のように建物が並び立っている。一応移動に不自由の無いよう、道も建てられているが、メインは船の移動だ。
そんな街の深夜、一人の瘦せた男、ラッセル・ボードウォークが霧に紛れて波止場に立っていた。
その男に、木の桟橋が踏みつけられてギシギシとなる音が近づいて行く。
「お待たせしちゃってすみませんねぇ、教授」
「否、私が早く来ただけだ。定刻には間に合っている。・・・それよりその呼び方は一体どういう風の吹き回しだ?」
霧の中から姿を現した、大柄な体格に野蛮そうな見た目の男は、「万一人の目があったらいけねぇもんですから」と手を振った。
「そうか・・・。そういえばもう一人いるはずでは?」
「連れなら心配しないでください。ちょっとズレたやつで、その辺をほっつき歩いているでしょう」
「敵国に侵入しているというのに、これはまた随分と悠長に構えているな」
「ハハァ、手厳しいお言葉で」
分厚い唇を開いて笑う男。彼の体には夥しい数の傷跡があった。
彼は懐から硬貨の入った布袋を出すと、ボードウォークに差し出した。
「計画は大丈夫なのか?」
「えぇ。連れが途中ごねたもんで、あわや間に合わないかなんてヒヤヒヤしましたが、幸か不幸か獲物はあなたを狙ってきてるみたいですから、大丈夫そうです」
「・・・なによりだな」
そう言って布袋を受け取ると、ボードウォークは霧の中へと姿を消していった。
◇ ◇ ◇
到着後すぐ、ウタの衛兵隊詰所に向かうと、ラッセル・ボードウォークについて聞き込みを始めた。
衛兵たちが言うには、街で手配書の似顔絵に似た男が何度も確認され、また実際にそれらしき男に声をかけた際、逃亡し、さらに追跡した衛兵を不可思議な力で卒倒させたらしい。
街は一週間の間、祭りをやっているらしく、通りや広場は帝都ビュザス並みの混雑具合だった。
「不可思議な力・・・騎士術か」
「奴の騎士術はどんななんだ?」
「書類によると、体の一部を転移させるだとかなんだとか」
「よくわかんねぇ力だなオイ」
「まったくだ。それにこの街で何をしてるんだ?今まで一切情報が出てこなかったのに、ここにきてわざとらしいほど出してきてる」
通りで買ったパンを齧りながらフェリクスが漏らす。
ジェーンはそれに頷いていると、ふと嫌な悪寒が身を襲った。
―なんだ!?
―何か嫌な胸騒ぎが・・・
うずくまって胸を抱えだしたジェーンに、慌ててフェリクスとスヴェンが駆け寄る。
「大丈夫か!?どうした!?」
「おいおい、なんだよ一体!?」
カタカタとその身を揺らし、息も絶え絶えになるジェーン。
フェリクスとスヴェンはその光景を前にも見たいことがあった。
―メルセン・コッカの時と同じ・・・!
―まさか、いるのか!?
―あの事件の関係者が・・・!
周囲を見渡すが、ジェーンを怪しげにのぞき込む通行人ばかりで、特に不審な人物はいない。
とにもかくにもここにいつまでもいるわけにもいかず、ジェーンの背中を擦ってなんとか気分を落ち着かせ、背負って宿屋まで運んだ。
いつの間にか眠っていた彼女をベッドに寝かせると、「アビー」や「叔父さん・・・」とうなされていた。少し迷ったが起こすわけにもいかず、今はそっとしておこうと、二人は宿屋同設の呑み屋に向かった。
「なあ、ロロさんの言ってたアビゲイルちゃんっぽい子がこの街にいるんじゃないか?」
「・・・可能性は無いことないだろうが、ならあんなに怯えないだろう。さっき叔父さんってうなされてたし、もしかしたら例の他人に成りすますっていう騎士がいるのかもしれねぇ」
二人が深刻な顔で料理と酒をつまんでいると、隣のテーブルに見た顔の人がいることに気づいた。
「・・・なあ、スヴェン。隣のテーブルのあの茶髪の人・・・」
「お前も思ったか、フェリ。あのボサボサ頭に、細い手足。間違いねぇぞ」
頷き合った二人は、一人寂しくチキンを食べているボサボサの茶髪の男に声をかけた。
「あの、エスクロフト卿ですよね?」
「!?・・・あ、え、あ・・・。えと、ラフェンテ卿のところの・・・」
「カウフマンです。こっちはエルマンデル」
旗騎士、ウィルバルフ・エスクロフトは、いつも通りどこかおっかなびっくりといった様子でフェリクスたちに向き直った。
―旗騎士なのに、なんでこの人はいつも自信なさげなのだろうか・・・
―同期のカーマイン卿は鬼なのに・・・
中々失礼なことを思っていると、明らかにオロオロとしているエスクロフトを他所に、スヴェンが自分たちのテーブルに載っているものを彼のテーブルに移し始めた。七歳ほど年は離れているものの、孤児院育ちのスヴェンにとってその程度の年齢差は遠慮に値しないらしい。
「エスクロフト卿って確か帝都守護代っスよね?ビュザスの外にいるなんて珍しいっスね」
「あ、う、うん。ボクの親がこの街の出身なんで・・・」
「そうなんスね!それじゃあ任務か何かじゃなくてって感じなんスね」
「あ、そ、そうだね・・・」
その後スヴェンが何かを問いかけ、エスクロフトがボソボソと答えるという、まるで尋問のような会話が続き、ニヘラと下手な笑みを作ったエスクロフトが逃げるように部屋へと帰っていった。
「スヴェンお前、度胸あるなぁ」
「そうか?エスクロフト卿謎多かったし、単純に知りたかっただけなんだけど・・・」
「ミスったかなぁ」と頬を掻くスヴェンを他所に、フェリクスは応援を求める手紙に封をした。
宿の主人にそれを騎士団宛に送るよう手渡し、ほろ酔いのスヴェンを連れて部屋に戻った。
「フェリクスか」
「おお、ジェーン!大丈夫か?」
「お、起きたのかジェーンちゃん」
「すまない、突然胸が苦しくなって・・・」
ベッドに腰かけて不安げに周囲を確認していたジェーンは、入って来たフェリクスとスヴェンに小さく頭を下げた。
「だが、なんか悪寒が・・・」
「少し休めよ。気が急いでるのかもしれねぇぞ」
そうフェリクスが言った後ろで、廊下から強い風が吹き抜けていった。
―?
―廊下の窓は締め切ってあったはずだぞ
サッと後ろを振り向いたが、そこにいたはずのスヴェンの姿が無い。
「スヴェン!?」
「アビー・・・?」
フェリクスが叫ぶと同時に、ジェーンが震える声で呟いた。
―!?
部屋の中へと向き直ると、先ほどまでジェーンしかいなかったはずの部屋に、見慣れない少女が立っていた。
―紫がかった髪に、銀色のメッシュ・・・
―まさか・・・!?
「わーお、お姉さん目が見えないって本当なんだ!って失礼だったか・・・ごめんなさい」
「アビーなのか・・・?」
「んー」
少女は唇に手を当ててわざとらしく悩んで見せてから、ニイッと屈託のない笑みを浮かべた。
「私の名前はナーシャだよ?お姉さんはジェーンって名前?」
「!?・・・待ってくれ、アビー。どうしたんだ・・・?アビゲイルだろ?」
「茜色の髪に、盲目、仕込み剣。合理的に考えて、お姉さんがジェーンさんである確率は95%だね」
動揺するジェーンを他所に、ナーシャはペラペラと喋ってから、右手を振る。手首から音もなく長い注射針のような針が伸びた。
―やべぇ!
「お姉さんのこと連れて来いって言われてるんだ。ちょっち痛いけど、我慢してね」
それをジェーンに突き立てようとするナーシャに、フェリクスがピストルを突きつけた。
「両手を頭の上に組んで!」
「・・・待って!」
冷たく言い放ったフェリクスに、ジェーンが叫んだ。
「待って、フェリクス!この子は・・・!」
「ジェーン!今この子が何をしようとしたのか分かってるだろう!それに、ノヴゴロドの騎士として洗脳されてる可能性もある!苦しいのはわかるが、今は確保するべきだ!」
「でも・・・妹なんだ!唯一の肉親なんだ!!」
―ジェーンの言うことも痛いほど分かる
―でも、今は!
歯を食いしばってから、抵抗を受けてでも確保しようと、片手で手縄を掴む。
そんなフェリクスに、頭の上に手を乗せたナーシャが「ねぇお兄さん」と声をかけてた。
「お兄さんが引金を絞っても弾は出ないよ」
「?・・・どう」
―待てよ
―指から血が・・・!!
ナーシャの指から一筋、真っ赤な血が垂れていたに気づいたフェリクスが「しまった!」と引金を引き絞った。
だが撃鉄が当たり金を擦る寸前でぴたりと止まってしまった。フリントロック式のピストルでは、擦って火花を起こし点火薬に引火するので、これでは弾丸が発射されない。
よく見ると僅かに撃鉄がプルプルと震えている。
―!?
―どうなってる!?
「騎士術・・・?」
「だから言ったのに。人の親切を無下にしちゃ・・・っ!!」
「伏せろ、フェリ!!」
スヴェンの叫び声に反射的にフェリクスが身を屈めると、耳を衝く発砲音と共に発射された弾丸がナーシャを襲う。
ところどころに擦り傷を負ったスヴェンはそのまま硝煙の上がるピストルを放り投げると、長剣を引き抜きフェリクスの横を駆け抜けてナーシャに斬りかかった。
身を逸らせて弾丸を交わしたナーシャは、スヴェンの振った剣を両手の手の甲に沿って袖から飛び出した短剣で受け止める。
「ま、待ってくれスヴェン!」
「この状況で甘ったるいこと言うなよ、ジェーン!!この娘の目は、戦うことを楽しんでるやつの目だ!!俺と同じなぁ!」
ジェーンの叫び声も虚しく、スヴェンとナーシャは鍔迫り合いを繰り広げた。
「スヴェンの言う通りだ。彼女がお前の妹かどうかはこの際関係ない。重要なのは、“敵”って事だけだ」
フェリクスもそう言うと、剣と手縄を手に隙があればすぐに参戦しようと身構えた。
が、状況を見守る二人の間を影がすり抜け、瞬時にナーシャを床に押さえつけた。
「エスクロフト卿!?」
「ずいぶんガヤガヤと騒がしかったからね」
「い、いえ助かりました」
エスクロフトは何でもないというように首を振ると、慣れた手つきでナーシャに手縄をはめると、彼女を引っ張って立ち上がらせた。
「俺が衛兵隊詰所まで連れて行くよ。この子との問題もあるし、ファミリアエ騎士に同行してもらってもいいかな」
言うが早いか手を掴もうとするエスクロフトから、ジェーンはサッと手を引っ込めた。
そして震える手で剣を杖から引き抜いて、その切っ先をエスクロフトに向ける。
フェリクスとスヴェンは目の前で何が起きているのか理解できなかったが、エスクロフトを見ているうちに何かおかしい気がしてきた。
―待てよ
―エスクロフト卿の一人称は「ボク」であって、「俺」じゃなかったはずだ
―それにいつもじゃ考えられない態度だ
「他人に成りすます騎士術」。その答えにたどり着いた二人は、ジェーンに加勢するように剣をエスクロフト、いや彼に擬態したノヴゴロドの騎士に突きつけた。
「・・・お前だな?あの時、叔父さんを襲ったのは」
「チッ、だめだな。即興芝居じゃ騙せるモンも、騙せやしねぇ」
舌打ちをしたノヴゴロドの騎士に、三人がじりじりとにじり寄る。
「おおっと、足元気を付けな!」
そう言ってノヴゴロドの騎士がパチリと指を鳴らすと、フェリクスのホルスターに収めたピストルが突然火を噴いた。
―どういうことだ!?
―ピストルはナーシャによって撃鉄が破壊されたはずじゃ・・・!?
それに三人が気を取られた隙に、ナーシャを小脇に抱えてノヴゴロドの騎士が廊下に飛び出し、そのまま窓を突き破って通りへと逃げた。
「フェリ!?」
「大丈夫だ!!追うぞ!」
心配そうにこちらを見る二人にそう叫んで、フェリクスたちも割れた窓から外に飛び出したが、ごった返す人の波の中に、二人は既に溶け込んでいた。
訳あって今週から日曜に投稿しようと思います。
少々間の話がもたつきましたが、お付き合いいただければ幸いです。




