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ユートピア  作者: 吉田 要
第一部 家族の行方
12/70

1-12 新たなる任務

 比較的安全だったはずの防衛線が、激戦となってしまったことで、従者たちの訓練も切り上げ終了となった。

 ヴィーランは戦いの興奮が無くなっていくと同時に、しばらく人を撃ち殺したという感覚に引きずられていたが、どこまでも飄々としたウィチタとジェーンの励ましもあって、だいぶ落ち着きを取り戻していた。

 帝都ビュザスに帰投すると、旗騎士ティサ・カーマインがいつも通り厳しそうな顔で各地から帰ってきた従者たちを迎えた。

「皆、ご苦労様でした。戦線の激化によって、例年とは異なる訓練、いえ実戦となった者も多いでしょう。中には実際に銃で応戦した者や、ノヴゴロド軍と交戦した者も。実地訓練は切り上げ終了となりましたが、ここに残っている者は途中で落伍することも無く、騎士としての知識・素養を併せ持ち、また十分な鍛錬を積んだ者であると確信しています。明日、騎士叙任式を行います。騎士になる意思のある者は、騎士団本部へ当日午前10時までに集合すること」

 ―遂に・・・

 ティサの言葉を嚙みしめたジェーンの横で、ヴィーランとウィチタも満足そうに頷いていた。


 解散後、馬に揺られて股関節が痛いとぼやきながら繫華街を三人でブラブラと歩いた。

「ジェーンはなんで騎士になりたいんだ?」

 露店で買ったペンダントを弄びながら、ヴィーランがなんとなしに聞いてきた。

 そういえば、身の上話などは彼らにしていなかった。

 「俺もキョーミあるなぁ」とウィチタも言うし、また時間もあったので、軽食店でいろいろと話をした。

 特にメルセン・コッカと交戦したことは彼らを驚かせたようだった。よく聞いてみると、処理上、メインデルト・アンナ・ラフェンテが捕縛したことになっているようである。

 続いてヴィーランに話の矛先が向くと、彼は「親が騎士なんだ」と答えた。

「うちは代々騎士やってるんだ。なぜか子孫全員に騎士術の素質があってな。まぁ旗騎士って程でもないんだけど」

 「だから必然的に騎士になるのが運命だったんだ」と言葉を続けた。どこか寂し気に投げられたその言葉に、

「騎士になりたいわけじゃなかったの?」

と、ジェーンが聞くと、ヴィーランは少し笑って答えた。

「グイグイ来るなぁ・・・。僕は別に騎士になりたくないわけじゃない。親を誇りに思ってるし、騎士になれることも誇り思う。まぁでも、どこかであったかもしれない自分を思い浮かべることが多くて、まっすぐに騎士になろうとする君たちが正直うらやましいんだ。だからその、きつく当たったりしてごめん。あれは僕の醜い嫉妬さ」

「なーに、全部知ってたさ。君は真面目だからさ、顔に出るんだよ顔に」

 萎れた様子のヴィーランを、場が暗くならないよう上手くウィチタがからかった。

 日も暮れたので、明日に備えて解散しようとしたその去り際、ヴィーランがウィチタに騎士を目指した理由を尋ねると、彼はそっと人差し指を唇に押し当てて、

「秘密」

とだけ答えた。




  ◇  ◇  ◇




 翌日、寮から騎士団本部へ着くと、先に部屋を出て行ったカーラが新品の制服を持って待っていた。

「お、来たな新人チャン!ちゃんと仕上がってるぞ」

 ニッと笑ってカーラが儀仗の剣やピストルを机の上に並べる。あらかじめサイズを測ってあったので、装備はピッタリのようだ。

 正装の為、あちらこちらを引っ張ったり捩じったり結んだりと、カーラにいじくりまわされて、何とか装備を着込む。盲目のジェーンにとって、一人でこれを着るのはかなり難しそうだ。

 「制服や剣といった装備、『器仗』は、皇室の警護に当たる際や式典などで使用する『儀仗』と、平時の任務で使用する『兵仗』によって構成されている。兵仗はともかく、儀仗は構成物を紛失することの無いよう、常に注意せよ」

 ティサの言葉を思い出して、ジェーンは盲目ゆえに普段使用しないピストルを、ホルスターから落としはしないかと気が気ではなかった。

 着替えを終えて中庭に向かうと、既に多くの従者や見送りの騎士でごった返していた。ヴィーランたちはどこだろうかとと探すが、こう人が多くては匂いも音も辿れない。

 ウロウロとしていると、ちょんちょんと肩を叩かれた。

「ジェーンちゃん、こっちこっち」

 ウィチタに手を引かれるままに移動すると、既に従者たちが整列しているようだった。

「従者、三列縦隊!」

 今年は珍しく数の多い、全21人の騎士叙任予定の従者がティサの声に素早く列を作る。

 ティサと騎士団旗を持った騎士数人を先頭に列が進み、騎士団本部を出発する。一番街にある本部から、後ろに聳え立つ荘厳なビュザス城へと向かう。

 皇室近衛はジェーンたちの所属する騎士団通称『アルピーニ』と、砲兵団『ベルサリエリ』、銃士団『カラビニエリ』の三つ計1,500人程度から構成されている。議会によって兵力を持つことを禁じられた皇帝にとって、唯一の戦力ともいえる精鋭である。その中でも騎士団は、議会軍は騎士を保有できないという掟があるため、今でもその騎士術の関係上、貴重な戦力として前線へと派遣される。

 古めかしくも巨大で計算されたアーチの美しい城門をくぐり、騎士団本部とは比べ物にならないほど大きく、そして美しい中庭でその歩みを止める。既に砲兵団と銃士団の新隊員たちが整列・待機していた。

 目の前にある、館と繋がる階段には赤いカーペットが段にぴったりと敷き詰められており、最後の数段前の広い踊り場には、正装の騎士が二人、ハルバードを持って周りに目を光らせている。

 何となく匂いで分かったが、恐らくあれはフェリクスとスヴェンではないかとジェーンは思った。すると、いつもあんなに適当な二人がキリッとした顔で微動だにせず直立しているのに、笑いをこらえるのに必死だった。

 「休め」の指示と共に、正装がはち切れそうなほどでっぷりとした男が砲兵団の前に、頬のこけた八の字眉毛の男が銃士団の前に、そして長い金髪が美しい、褐色肌の妙齢の女が騎士団の前にそれぞれ立った。さらにその周りにはティサは勿論、メインデルトやラフェンテといった旗騎士が並ぶ。

 暫くして、重苦しい音を立てて館の扉が開いた。

「法王猊下が参られます」

 真っ黒の服に、白い大きなひだ襟を付けた、禿げあがった男が一人、赤いカーペットの端を踊り場まで降りてくる。

 エルトリア十字教会、そしてそれが絶大な影響力をもつこの帝国において、()()()()()()()であるその男、フィオレンツォ7世は長い白眉の下で新たに近衛兵となる若者をねめつけた。

「皇帝、皇后両陛下が参られます」

 その声が中庭に響いた瞬間、ジェーンを含め、全ての近衛兵がひざを折った。

 ゆっくりと靴音を響かせ、豪華な着物を風にはためかせながら、階段を降りてくる。踊り場で止まると、サッと左手を上げた。

「首を上げよ」

 大陸生まれではありえない、小麦色の肌。それに宝石のような黄色の瞳を輝かせながら、皇帝ヴィルフレード・エヴァンジェリスタ2世は威風堂々とした様子で近衛兵を一望した。

「余の為に命すらも捧げる近衛兵を、また今年も迎えることが出来たこと、大変喜ばしく思う」

 そして腰から豪華な装飾が施された剣を鞘から引き抜いた。

 でっぷりとした男が砲兵団の新隊員を、八の字眉毛の男が銃士団の新隊員を、それぞれ順に名前を読んでいき、エヴァンジェリスタ2世がその肩に剣をそっと載せ、一人一人何か声をかけている。

 続いて妙齢の女が、従者の名前を読み上げた。

「ヴィーラン・アウェアーズ」

「はい」

 エヴァンジェリスタ2世の前に歩みでて、膝を折る。その肩に剣を置きながら、エヴァンジェリスタ2世は思い出したように小さな声で言った。

「アウェアーズ家の騎士家系は変わらんようだな。父君と謙遜無い活躍を期待する」

「獅子奮迅、任に就かせて頂きます」

 ヴィーランの言葉にエヴァンジェリスタ2世は満足そうに頷いた。

「ウィチタ・アンダーバイン」

「はい」

 ヴィーランと同じように膝を折ったウィチタに、エヴァンジェリスタ2世は剣を載せる手をふっと止めた。わずかではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()ようである。しかし、それに気づいたのは皇帝自身と、ウィチタだけであった。

「・・・“()()()()”死活せよ」

「ありがたきお言葉」

 列に戻るウィチタの次に呼ばれたのはジェーンだった。

「ジェーン・ファミリアエ」

「はい」

 手汗が尋常では無かった。

 何回も練習したが、自分がちゃんと皇帝陛下の元まで行けているか分からない。

 足が震える。

 なんとか、膝を折ったジェーンに、エヴァンジェリスタ2世は優しく剣を置いた。

「盲目でよくぞ、ここまで上り詰めた。貴様の身の上は聞いている。皇后とともに深く同情しよう」

 エヴァンジェリスタ2世の横で、皇后マリー=フランス・ペトロニーユが小さく頷いた。

「ありがとうございます」

「叔父君の如き、強き騎士になることを切に願う」

 ジェーンはまた震える足で列に戻る。

 ―声は上擦っていなかっただろうか!?

  ―顔は赤くなっていなかっただろうか!?

 そんなことばかり頭の中をグルグルとさせていると、全員の叙任式が終了したようである。

「余の為、皇室の為、そしてこの帝国とその臣民の為に、八面六臂の働きを諸君らに求める」

 そう言い残し、ペトロニーユの手を取って踵を返したエヴァンジェリスタ2世に、近衛兵たちが両手を空へと突き上げた。

「皇帝陛下万歳!!」




  ◇  ◇  ◇




 騎士に、近衛兵に休息はない。いつなんどきでも、その身を任務に投げうてるようでなくてはならない。

 その為、叙任後すぐの一週間の休暇が最後のまとまった休みとなる。その一週間の間に、新たに騎士となった者は任務を言い渡される。ジェーンも最終日に任務を言い渡された。

 本当は颯爽と馬にまたがって本部を飛び出したかったのだが、荷物やら兵仗やらを装備している間にみるみる時間が無くなっていき、抱き着くようにして馬に飛び乗っていると、アンナが十字架のペンダントを渡してきた。

「私が騎士叙任したときに、先生から、ロット卿から頂いた幸運のお守りよ」

「ありがとう」

 首からぶら下げたそれを見て、アンナはウンウンと頷いた。

「主は常にあなたと共にあり。気を付けて」

「行ってきます!」

 軽く蹴って馬を走らせる。ビュザスの街と城壁を抜け、休火山を超えると一路西へと向かう。

 目指す最初の任務の地は、帝国ガリア総督領である。

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