笑わぬ子供は生を受ける
いきなり主人公の父親視点です。
ここはアガルタ。人間、モグラとネズミの獣人、ドワーフが住む地。このアガルタは地下にある。なぜ地下にアガルタが在るかと言えば外敵から身を守る為である。地上には、さまざまなモンスターがいる。平穏こそ理想とするこの地にとっては地獄と言っても過言では無いだろう。
そんなこの地の中心にある一つの区画の大きな屋敷に新たな命が誕生した。
「やったついに生まれたぞ」
「ついに生まれましたね、主様」
「主様、かわいらしい男の子でございます」
「そうか男か。よく生んでくれた。エレナよ」
「はぁ…はぁ……良かったです。あなた様」
「あぁ、良くやってくれた。とりあえず今は休むがよい」
「はい」
「それで主様、お子様のお名前は決まっておられるのですか?」
「うむ、ラクーンと名付ける事にした」
「素晴らしいお名前だと思います」
「そうであろう。エレナと考えた名前だからな。それと俺は今から君主に子が生まれたことを報告しに行ってくる」
「了解いたしました」
「その間エレナとラクーンの事を任せたぞ。セイデン」
「お任せください」
「では、行ってくる」
「いってらっしゃいませ」
アガルタ・君主の館……
「我が主、アガン様。ブリューデン大事な報告があり、参りました。貴重なお時間を頂戴し申し訳ありません」
「かまわんブリューデンよ。貴殿達一族は、アガルタでも重要な人物だ。このくらいは問題ない」
「ありがとうございます」
「それで報告とはなんだ」
「はい。今回は我が子が生まれたと言う報告に参りました」
「……!そうかついにうまれたか」
「はい。男の子でございます」
「そうか。これでアガルタも当分は安泰であろう。それで、なんと名付けたのだ」
「ラクーンと」
十年後………
ドカンとそんな音がする。
「ラクーンよ、さすがだな。この年で魔法を使えるようになるとは」
「…………」
「その年で魔法が使えるのだもっと喜んだらどうだ」
「…………」
「……はぁ」
この年で魔法が使えるのに何故まったく喜ばんのだ。魔法と言う物は非常に高度な技術だ。
魔法の三工程をこうも素早く行えるというのは、才能と言っていいだろう。魔力量は平均以上あるから魔法の三工程、魔力を集めるのも早い。術式展開速度は平均程度だが、非常に綺麗で、乱れのない術式をあの速度で展開できるのなら十分だと言っていい。そしてなにより、術式解放回転速度が非常に早い。
しかし、それだけの才能がありながら、何故属性魔法が使えないのだ。
確かに属性魔法はその人物の、性格や経験に左右される。だが、家庭環境に問題があるとは思えない。多少厳しくはしたが暴力の類はしていない。家庭も会話が多いとは言えないが決して冷たく対応してきたつもりはない。
ラクーンはいろいろな物に興味を何故か持たない。その年頃なら、興味のあるだろうさまざまなオモチャや英雄譚。その一切にラクーンは興味を示さなかった。
しかし、ラクーンには一族が継承してきた<血の魔法>を覚えてもらわねばならん。そのためにも、属性魔法も覚えていてほしいのだが、今はしかたあるまい。
「まあいい。とりあえず俺は屋敷に戻ってる」
「………」
一か月後……
ラクーンはまだ属性魔法は使えない。毎日魔法の練習はしているようだが、属性魔法は使えない。今も庭で練習しているだろう。
ドカンと魔法が的に命中した音が聞こえてくる。しかしその音に混ざって鳥の鳴き声が、それも苦しそうなそんな鳴き声が。
何かあったのかと庭に出ると、そこには血を流し倒れている鳥と、その鳥をわずかな笑みと共に眺めているラクーンの姿があった。その姿を見て一瞬、幻覚かと思った。苦しそうにしている鳥を見て笑っている、そんなはずは無いと、そう思い一度目を閉じ、数秒して目を開く。そこには先ほどと同じく笑っているラクーンの姿があった。
「何を……笑っている」
ラクーンがこちらに振り向く。その眼が輝いているよう見えた。いや、輝いているように見えたのではなく、輝いている。
確かに我が一族の<血の魔法>を継承する者達は、血に興味を惹かれる事はある。だが、あのように目を輝かせるのは異常と言っていい。そんなラクーンの姿が怖くなってくる。自分の息子だと思いたくない。得体のしれない恐怖がある。
いままで何度も怖いと思ったことはある。初めてモンスターの前に立った時、その迫力で動けなかった。自分の腕に自信はあった。しかし、訓練と実践の差を理解した。初めて君主にあった時もそうだ。その存在感に圧倒された。これがアガルタを治める者の存在感かと、畏怖したおぼえがある。
しかしラクーンから感じる恐怖はそのどれとも違う、未知の恐怖。得体のしれないそんな恐怖。
この者にアガルタの安全を任せていいのかと、そう思ってしまうほどに。
それからラクーンは毎日のように鳥を狩ってくるようになった。
(それにしても何故毎日鳥を狩ってこれるのだ?)
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