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四文字と文化祭

謎解きのハラハラ少しと恋のドキドキを加味して

 

 圭子(けいこ)が中一だったのだから、学校にコンピューターは一台も無く、まだ誰もケータイを持っていなかった頃だ。図書館の蔵書目録でさえカード方式だった。

 先生は毎日、前の黒板にチョークで説明を書き、生徒はノートに板書する。教室の後ろにも黒板があって、そこにはその月の行事や連絡事項が書いてあったと思う。

 

 文化祭の前だったから二学期だったんだろう。ある朝、後ろの黒板の片隅に


  相反志有


と書かれていた。

「何だ、これ?」

 男子も女子も教室の後ろでワイワイと謎の四文字を眺めた。登校してくる生徒が次々とその輪に加わり、朝の(ホーム)(ルーム)が始まる時間にはクラス中騒然としていた。担任の倉本先生が入ってきて、お決まりの「起立・礼・おはようございます」をしても空気は落ち着かない。


「どうした、何かあったかー?」

 社会科担当で、三十才過ぎていても兄のように話しやすいと人気の先生は、クラスを見廻した。前日の学級会で文化祭の出し物を話し合ったが案は三つ、賛否両論紛糾し、結論は出なかった。のん気そうに見せてはいても、クラモトも内心気にしていると圭子には感じられた。

 

 提案のあった出し物のそれぞれは


 反町(そりまち)(すみ)()案: 馬場君のピアノ伴奏で合唱

 富田(とみた)誠一(せいいち)案: クラス全員でディスコダンスを踊る

 植村(うえむら)健史(たけし)案: ひとりひとつずつ短歌を作り、大きな紙に墨で書いて展示


というものだ。

 反町案にある馬場君とは、馬場(ばば)(れい)()という名で帰国子女、皆より一つ年上で背が高く、ハーフかクォーターかと言われるほどの茶髪。どこか小学生っぽさが抜けきらない他の男子の中でひとりぐっと大人に見える。ピアノもかなりの腕前だが他の勉強もできるという点で女子の憧れの的だ。合唱案に女子の殆どが賛成したが、男子が大反対だった。

「声変わりに歌なんかうたえるかよ」というのが大半の理由だ。


 富田誠一は子供っぽくはないが、急いで大人になりたがっているようで不良っぽく、暴走族の先輩に憧れているとのウワサだ。何でもカッコ良く決めたい、らしい。


 植村健史は優等生を絵に描いたような男子で、秀才だから一応彼の意見は聞いておいたほうがいいかなという雰囲気がクラス中にある。

「教室発表にしようよ、書いて張っとけばいいんだからさ。歌や踊りの練習したくない人多いんじゃない?」

 と無気力発言だ。家庭教師か塾にでも行っているのか、忙しいのだろうと圭子は危ぶんでしまう。


 クラモトが後ろの黒板の四文字を見つけ近づいて行った。

相原(あいはら)珠代(たまよ)、反町澄香、志村(しむら)圭子(けいこ)有本(ありもと)輝美(てるみ)

 先生がふと四人の女子の名を呼んだ。

「うーん、みんな可愛いよな。うちのクラスは美人揃いだ」

「何それ?」

「ダセェ、オヤジ発言」

 教室のあちこちに声がする。

 名前を呼ばれた女子は圭子も含めて真っ赤になった。


「何だ、クラスの女子の人気投票でもしたんじゃないのか? その頭文字だろ」

「バカー!」

 女子が騒ぐ中、植村が

「うわぁ、それ問題発言。教師がそんなこと言っちゃあ」

 と突っ込んだ。

「そうか? みんな美人だと言って悪いか? じゃあ植村はこの四文字、何だと思うんだ?」

相反(あいはん)する(こころざし)有り、『論語』か何か、そんなものだと思ったんだけど?」

「おう、それはカッコいいな、取りあえずそういうことにしとくか」

 皆は

「てきとー」

 と笑いながら植村の説明に「さすがだな」と頷いたりしていた。

「消しとくぞー」

 四文字を黒板消しが(ぬぐ)った。

 

「それで、出し物のほうはどうなんだ? 先生なりに各案考えてみたんだけどな、それぞれクリアしなきゃならない問題点があると思う。まずは反町案、馬場は頼めばピアノ弾いてくれるのか?」

「弾ける曲なら。歌うよりいい」

 馬場君はぼそっと呟いた。日本語の読み書きは一通りできるのに、海外で同年代の話し相手がいなかったらしく、会話はひどく苦手なようだ。王子様キャラとのギャップに、女の子たちは母性本能をくすぐられる。「萌え〜」という言葉が無かった時代だから、「カワイイ♡」というしかなかったが。


「そうか。富田案、おまえたちはまだ中一でディスコには入れない。誰が振り付けするんだ? 富田が教えてくれるのか?」

 皆がどっと笑った。硬派で通している彼が、クラス全体に「おゆうぎ」の指導をする場面を想像して可笑しかったのだ。

「映画とか参考にして兄や友人に見てもらう。オレが三人に教えてそれぞれが次の三人に教えればいいだろ?」

 ムスッとしたまま富田は答えた。


「では植村案、おまえら短歌作れるのかー?」

 またどっと笑いが起こった。

「五七五七七で風流に学校生活を詠う。国語の松田先生に全員一度は添削してもらう。だがそれだけじゃ、誰も見に来てはくれんぞ? 張り出した短歌のどれが好きか人気投票、票を投じてくれた人には何か景品を出すとでも宣伝しないと。ただ景品には学校からお金は出せない。自分たちで作るか、うちから要らないものを持ち寄るしかないな。それから、おまえたちがいい加減な歌作ると先生が恥ずかしい。本気を出してもらうために、人気投票で一位になった者は掃除当番を一週間先生が代わってやろう。これでどうだ?」

「先生、人気投票好きだね」

 そんな声が上がった。

「いや、これを考えてたから黒板の字もそうかなと思っただけだ。では帰りの学活で意見聞くから今日一日考えておけ。多数決で決めてしまうからな」


 昼休憩に圭子が親友とお弁当を食べていると、馬場君が植村の机の前に立った。植村は訝しげに昼食から顔を上げた。初めてみるツーショットだ。

「手伝う? 探すの」

 緊張しているのか馬場君はいつもより片言だ。

「何を?」

 植村はぶっきらぼう。

「誰が書いたか」

「手伝わない。キョーミない」

「キョーミ? Not interested?」


 馬場君が敬遠されるひとつの理由はこんな風に英語で聞き返されるからだ。本人は誤解してないか確認が欲しいだけでも、英語で話しかけられて焦らない中一はいない。まだその頃、小学校で英語は習っていない。

 植村は英語ではノーというべきところを、

「うん、キョーミない。Not interested」

 と言った。

 馬場君は理解できたのか、自分の席に戻った。


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