第五話「始まりの決断」
次の日も彼女は仮想現実には現れなかった。
もし彼女と現実で知り合っていたなら、こういう時に側にいてやれるのにと思う。
本心がただ自分が彼女に会いたいだけではと囁いた気がした。
ネット名で知り合った者同士が現実で会うと言うケースは絶対にない訳ではない。
しかしそれは相手との信頼と片方での生活を潰す覚悟があって初めて成り立つものだ。
幸い自分たちはまだ若いので潰れたとしてもそれほど損害はない。
なら何をそんなに悩んでいるのかと思って、自分は自問する。
怖いのか彼女に拒絶されるのが。怖いのか彼女との関係が崩れるのが。
「黙れ、自分はただ彼女の悩みを聞いてあげたいだけなんだ。」
心のなかでそう叫び自問をやめさせた。
「なんだ、分かってるじゃないか」
自問していた自分がそう呟いた気がした。
彼女は現実のことで何かを悩んでいる。それは自分の中ではすでに確定事項だった。
しかし封をしていた。
それは彼女があんなに賢いにも関わらず高校へ行っていない事や、自分中心の生活をしている事から明らかだった。
しかしそれを聞くには今の自分では駄目だ、現実の自分ではないと。
そうした葛藤の中で自分は彼女の悩みと向き合う決心を固めた。
その次の日。自分は仮想現実に入り、立って元気そうにこちらを見ている彼女を見つける。
内心は元気になってくれて嬉しいと思う気持ちでいっぱいだったが、会ったらすぐに話を切り出すと決心を固めていたので、自分は真剣な顔で彼女に向かう。
「どうしたんですか、そんな顔して」と彼女は不安いっぱいな顔で言う。
「今日は真面目な事を話そうと思って来た」と言ってから少し間を開けて
「音羽と現実で会いたい」と自分は躊躇せず言う。
すると彼女は理解出来ないというような感じで「へっ」と言った後、
「じっ自分が何を言っているか分かってるんですか」
と調子を乱し困ったように言った。
そして落ち着きをとり戻してから自分の顔をじっと見た彼女は
「理由を聞かせてもらえますか」と真剣に言ってきた。
「音羽の悩みを聞かせて欲しいんだ、もちろん現実のことで」
と自分は表情を崩さないまま答えた。
それを聞いた彼女は図星を突かれて戸惑った様子で
「えっ、そんなのありませんよ」と惚けながら隠そうとする。
しかし相変わらず変わらない自分の真剣な眼差しに観念したのか
「流石は太郎さんです。お見通しだったのですね」と言った。
「なら」
と言って更に話を切り出そうとする自分を押さえるようにして
「でも絶対に嫌です」と彼女は言った。
「えっ」と言い、やっぱり拒まれたかと自分は思った。
しかしここで食い下がらないわけにはいかない。
「理由を聞いてもいい」と彼女に聞く。
「だってあきらめたんですから。だから現実のことはもういいんです」
と不貞腐って彼女は答えた。
それからなんとかして彼女を説得しようとしたが、駄々をこねるようにしてそれらを拒み続けた。
仕方がないので自分は最後の手段を使うことにした。
こういうこともあろうかと事前に用意していたのだ。
しかしこれはあまりにも強引なので使いたくはなかったが。
「ここでずっと待っているから」
と言って現実の地図のデータを彼女に一方的に送りつけ、速攻でログアウトした。
テレビ番組といった、地域により違いがある話題でも自分と話が合う事から、彼女は自分と同じ関東地区ではないかと予想していたのだ。
もし違っていたらどうしようとも考えたが、その時は謝って別の手段を考えればいい。
現実に戻った自分はため息を付いて、「ついにやってしまった」と呟いた。
しかし後悔は全くしていない、少なくとも今のところはそう思っていた。