第四話「彼女のいない世界」
夢を見た。とても悲しく辛い夢。
仮想現実で一緒に暮らしていた音羽が突然消えてしまったのだ。
彼女とはもう既に仮想現実上で結婚していて、毎日が楽しく、幸せに一緒の家で暮らしていた。
そんなある日のことだった。
朝起きたら、隣で寝ているはずの彼女がいない。
最初は彼女の悪戯かとも思ったが違った。
家の中や近所をくまなく探したが一向に見当たらない。
それから自分は一時も休まず彼女と一緒に行った事がある場所すべてに行って探した。
見当たらない。
ネット上での知り合いにも全員に声をかけた。
誰もが見ていないし知らないと言う。
そういう夢だった。
「はっ」と言って目が覚めた自分は全身汗塗れだった。
そしてホッとした。よかった、あれは夢だったのだと。
そう安心した自分は自分が涙ぐんでいることに気づいた。
それから自分は彼女のことを考えた。もちろん音羽のことだ。
もしあの夢が現実になったらどうなるのだろう。
もちろん彼女のことは信頼しているので自ら居なくなることはないと信じている。
逆の立場だとしたら自分は絶対に彼女を置いて消えない。それだけは誓える。
でもあんなリアルな夢を見てしまったら不安にならずにはいられない。
自分って重いのかな。まだプロポーズすらしていないのにそんな事を考えてしまうなんて。
それでも自分は思ってしまったのだ。
現実でも彼女に会いたいと。現実での彼女のことを知りたいと。
もうこんな己の無力さを思い知らされるのは嫌だと。
今日は彼女が仮想現実に来ていないことを確認してから、少しこの世界を見て回ることにした。
そういえば自分は彼女の隣でしか、この世界を楽しいと思ったことがないなとふと思った。
違うな、ただ彼女の隣にいることが楽しいだけなのだと、すぐに自分は自分の思ったことを訂正した。
彼女と出会う以前の自分はほとんど仮想現実を利用していなかった。
しかし、ネットをしていなかったという訳ではない。
今の時代、ネットといえば主に仮想現実の事を指すのだが、それを利用しない昔ながらの端末を使ったネット利用も存在する。
自分は主にそっちを使ってネットをしていた。
できることは仮想現実より圧倒的に少ないのだが、自分の用途ではそれで十分だったからだ。
この時代には現実主義という言葉がある。
昔にもあった言葉らしいのだが今では全く意味が異なっている。
仮想現実での生活を好まず、肉体を持って生まれてきたのだから現実で生活を営むべきであるという思想のことだ。
今思うとあの頃の自分はまさにこの思想を抱いていたのかもしれない。
しかし今はどうだ。
彼女と出会って何か仮想現実への考え方が変わったか。
確かに彼女と出会ってから、仮想現実で過ごすことへの抵抗は無くなっていた。
しかしそれは仮想現実には彼女がいるということが分かっているからだ。
つまり自分はあの頃から何も変わっていない。
彼女を好きになった事以外は。
そんなことを考えながら仮想世界を散歩し終わった自分は現実世界に戻った。
その後、妹の事が気になっていた自分は静音さんに妹の様態を聞いた。
「昨日よりは大分良くなりましたよ」と静音さんは優しく答えてくれた。
そう聞いて自分は安心した。
それからその日は特に何もせずに終えた。