表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/8

第一話「彼女との日常」

  仮想現実にはゲーム以外にも色々あるのだが、彼女とは主にゲームをして過ごしていた。

 そして今日は彼女と初めて出会った思い出のゲームで会うことになっていた。

 学校から帰ったのですぐ仮想現実に飛び込む。そしてこのゲームにログインした。

 この世界も久々だなと思いながら、彼女との待ち合わせの場所へ向かって走る。

 そして彼女を見つけた。


「今日も遅かったのですね」

と彼女が皮肉そうに言う。


「いつも音羽が早すぎるんだよ」

と自分は慣れた口調で少し息を切らしながら返す。


 というのも彼女はいつも待ち合わせ場所には自分より先にいる。

 自分はいつも学校から帰ったら直ぐにログインしているが絶対に彼女には敵わないのだ。

 平常授業の日なら単に自分より学校が家から近い、またはネット上の学校に通っているとすれば説明が付く。

 しかし短縮授業や午前授業の日でも自分より早いなんてあり得るのだろうか。

 そこで疑問に思う事がある。彼女は学校に行っているのかと。

 仮想現実で現実の事聞くことは禁忌とされているのだが、彼女のことなのでどうしても気になる。


「そういえば前々から気になっていたんだけど」

と一拍あけてから、

「どうしてあの時、自分に声を掛けてくれたんだ」

と彼女に質問した。


「あの時って私達が初めて会った時のことですか」

と彼女が質問を返す。


「そうだよ。

 それにこのゲームって自分たちが初めて出会った世界だろ。

 折角のいい機会だから聞いてみたくなったんだ」

と自分は理由を付け加えて答えた。


 すると彼女は思い出し笑いをしながら

「だってあなたの名前があまりにも面白かったんですもの。

それに何だか可愛そうに思えたので」と答えた。


 自分は「えっ、名前」と驚き、そんな事だったのかよと思う。


「そうです。なんなんですか田中太郎って適当な名前は」

と彼女が笑い涙を手で拭い去りながら言う。


 自分は全国の田中太郎さんに謝れと思ったが、適当に付けたのは事実である。


「現実には田中太郎さんはいるでしょうけど、ネット名でその名を名乗る人は中々いないと思います」

と彼女は理由をつけた。


「いや結構いると思うぞ。

 ネット名を考えるのが面倒な人とか、仮想現実を軽く考えている人とかが付けそうだ。

 それに現実の自分を想起させるような名前は駄目だろ」

と自分は反論する。


「それって完全にあなたのことですよね」

と直ぐに彼女は呆れながら言う。


 その後少し間を開けて

「でも最後の意見には同意します。

 ネット名は絶対に現実と結びつけては駄目なのですから」

と少し顔を強張らせて彼女はそう言う。



 彼女の顔が少し怖くなったのには訳がある。

 ネット名とはインターネット個人名のことであり、インターネット個人名制度に基づくネット上での名だ。

 ネット名は義務教育終了時以降に利用することが出来る。

 ネット名と現実の個人との関係は自ら明かさない限り、憲法の通信の秘密により国家やプロバイダ、家族にも知られない。

 これはそもそもそういう目的のために作られた制度なのだから当然といえば当然なのだが。

 つまりどういう事なのかというと、ネット名制度というものは現実とは完全に独立した社会生活を仮想現実上で営むために制定された制度のことなのだ。

 難しい事は置いといて、とりあえずネット名と現実を結びづけてはいけないということだけを理解できていればいい。


 今でこそそう思うが、自分は彼女と出会う前まで、実はこの事をあまり理解できていなかった。

 それというのも実は彼女と初めて出会ったあの日、クラスメイトに約束をすっぽかされたと思ったのは勘違いだったのだ。


 ネット名制度が制定された後も従来の匿名によるネット使用は可能なのだが、ネット名と匿名は同じサーバー内に同居できないため、同一ゲームでもサーバーが異なってしまうのだ。

 現実の友達とネット上で会う場合は常識的に考えて匿名でのはずなのに、あの日の自分は間違えてネット名でこのゲームにログインしてしまったため、彼らと会えなかったという訳なのだ。

 これくらいのことは義務教育でも重点的に教えられているはずなのに、それまでは興味がなかったとはいえ分からなかったとは我ながら恥ずかしい。


 何故今はこんなにも理解できているのかというと、これらのことは全て彼女の受け売りなのだ。

 彼女は本当に人に物事を教えるのがうまいなとつくづく思う。


「そんなことより早く遊びましょう。

 そんなに思い出にふけりたいのでしたら今日は思い出の場所巡りなんてどうですか」

と彼女は自分が真剣なことを考えていることを察したのか明るい口調で言う。



  それからはというもの、自分たちは昔の事を思い出しながら熱中して遊んだ。

 自分はこのゲームで遊ぶのが久しぶりだったため少しやり方を忘れていたけど、彼女というお手本がいたので思い出すのにそう苦労はしなかった。




  それから少しして晩飯を食べるために一旦仮想現実から戻ってきた。

 自分だけかどうかは分からないが仮想現実から戻ってくるといつも数分間、頭がぼうっとしてしまう。

 なので少ししてから部屋を出た。すると足音が聞こえた。

 今日もなのかと自分は自室のドアを閉めながら思う。


 自分は朝飯は毎日決まった時間に食べるが、晩飯は日によって違う。

 ついつい時間を忘れて仮想世界にふけってしまうからだ。

 それにも関わらずいつも妹と鉢合わせしてしまう。

 そう思いながら、妹が晩飯を自室に運んでいる所と廊下ですれ違う。

 お互い無言だ。

 目線が少し合ったような気がしたがいつものことなのであまり気にしない。


 階段を降り、リビングへ向かうとそこには静音(しずね)さんが居て、暖められたばかりの晩飯がテーブルの上に用意されていた。


「来ると思っていましたよ」

と静音さんが僅かな微笑みと共に言う。


 自分には静音さんの言葉の意味が理解できたが、

「今日の夕飯も美味しそうですね」

と聞かなかったようにして言う。


 そしてテーブルに着いて晩飯をいただく。

 晩飯はいつも静音さんと話しながらとることにしている。

 会話の内容は主に仮想現実での彼女とのことだ。

 友達には話せるものではないが静音さんには話すことが出来る。

 話すとはいっても、自分が一方にしゃっべているだけのような気もするが、静音さんはちゃんと適切なポイントで相槌を打ってくれる。


 静音さんは我が家の人工知能のメイドロボットだ。

 両親は共働きでほとんど家に帰ってこないので、代わりに家事を任されている。


「坊っちゃまはいつも彼女さんのことを楽しそうに話されますね」

と静音さんは言う。


「だって彼女は本当に可愛くて面白くて、一緒に居て楽しいのだから仕方ないよ」

と自分は自慢げに言う。


 すると静音さんは

「そんなに良い方なのならば一度お会いしたいものだわ」

と冗談めいた口調で言う。


「会えば絶対静音さんも気にいると思うよ。

 少し似ているところもあるし」

と自分は確信を持って言う。


 実際の所、仮想現実上の彼女を静音さんと会わせることは不可能なのだが。


 そして早々と晩飯を完食した自分は

「ごちそうさま。とても美味しかったよ」

と静音さんに言って、リビングを後にした。



  自室に戻った自分は再び仮想現実の世界に入った。

 すでに彼女はそこに戻っていて、その後は日付が変わるくらいまで彼女と過ごした。

この時代のインターネット通信について

  このあとがきはある程度インターネットに関するの知識を持っている人のために書いています。

 本文を読んでいて特に気にならなかった方はスルーして頂いても全く問題はありません。


  この作品での匿名とは現行のIPアドレスを使った通信全ての事を指しています。

 IPアドレスなら匿名ではないじゃないかと思うかもしれません。

 しかし現在でも個人によるネット接続は実質匿名みたいなものです。

 なぜなら余程の事をしない限り、個人のIPアドレスが開示されることはないからです。

 しかもIPアドレスなら簡単に偽装できてしまいますしね。

 しかし逆を言えば、調べようと思えば調べることもできてしまうということになります。

 それだと本文の「国家やプロバイダにも知られない」というのはおかしいです。

 すなわち何が言いたいのかというと、ネット名によるネット接続にはIPアドレスを使用しません。

 そこで、なら一体どういう仕組みなんだと思った方は是非続きを読んでみて下さい。

 それではまたお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ