5-2 離間の計
前回のあらすじ!
なんか重要な事を忘れているような気がするけど、今はそれどころじゃないよね!
さあ、戦いだー!でもあの数相手だと無理だー!
なんとかしましょう! ← イマココ!
エレメント魔人国に侵攻したネイル国と「邪国」の合同軍は初戦でエレメント魔人国の3000を追い払い、そのまま速度を落とす事なく侵攻を続けた。対するエレメント魔人国は本軍を帝都エレメント付近まで撤退させる作戦に出る。このままでは東から侵攻中のトバン王国軍とに挟撃される恐れがあったからだ。しかし、ネイル国と「邪国」、そしてトバン王国軍を全て合わせると総勢5万を超える大軍となり、2万しかいないエレメント魔人国にとって反撃の可能性を捨てる選択肢となると思われていた。
「何かやらかすつもりか?」
サイド=ネイル12世はここにきて進軍速度を緩める。特に慎重になったのは、自分がエレメント魔人国の立場であれば各個撃破を急ぐと思っていたからだ。明らかに下策と思われる選択肢をとったエレメント魔人国に対して、自分が想定していない作戦を警戒したのは仕方がない。そして、もしこれが単純に下策であった場合には何の支障もなく、しかもトバン王国軍をも利用してエレメント魔人国を滅ぼすことができる。そう考えた結果であった。
「ミランダ、注意しろ。これは何かを仕掛けてくる可能性が高い。リゼ=バイオレットは求心力こそいまいちであるが、戦局を間違えるほどに無能な将軍ではなかったからな。」
その堅実さで将軍職をもぎ取ったとも評価されている魔王代理が何の策もなくこのような事をするわけが無いと感じている。しかし、その内容に関しては予想できない。
「斥候をさらに増やせ。」
あまりにも慎重すぎる王の選択であったが、これは間違いではなかった。但し、作戦の内容を予測できなかったのが彼の運の尽きであり、皮肉にもここで失敗したがために彼の統率者としての評価が上がった事は運命のいたずらであろうか。
「エレメント魔人国が退いた?んな馬鹿な。」
トバン王国軍を率いていたのはホーリー将軍である。彼は戦死したジェイド将軍の旗下であった第1軍をも掌握し、現在は旧第1軍と旧第2軍を合わせた新第1軍、総勢2万を率いて帝都エレメントへと向かっていた。奇しくもネイル国が「邪国」と同盟を組み、合同でエレメント魔人国を攻めているという知らせを聞き、先を越されないように最大戦速で行軍中である。確実にエレメント魔人国は先にネイル国との戦闘に入っているために各個撃破を狙ってくる。いまから急げはちょうどいいタイミングで戦闘に介入できるはずだと考えていた。場合によっては3国を一気に押しつぶす事ができる。特に精鋭を連れてきているためにトバン王国は負けるはずがないとも思っていた。
「仕方ねえ、ここはネイル国と「邪国」とやらと共闘して無難に戦うとするか。」
漁夫の利はできそうもなくなった。そうなれば正攻法でネイル国「邪国」同盟軍と折半だ。あまり欲をかき過ぎてもいけないし、エレメント魔人国は広大であるため半分でも十分にお釣りがくる。ホーリー将軍の思考は何も間違えていない。
「ホーリー将軍、このまま行くとおそらくエレメント平原の北で3勢力が交わるのではないかと思われます。」
折半と決まったからには遅れるとその分だけ取り分がなくなる。エレメント魔人国の背後を尽く事ができなくなった以上、戦場である程度の功績を出しておく必要があった。
「よし、お前ら急ぐぞ。」
トバン王国軍は戦場へと向かう。その先に悲劇が待ち構えているのにも気づかずに。
「予想どおり、奴らは結託して数の力でこちらを押しつぶそうという作戦のようだ。」
エレメント魔人国本陣はエレメント平原の南に据えられていた。本来であればこのような開けた場所に本陣を置くというのは愚の骨頂である。だが、今回の作戦においてはその愚かな振る舞いが期待されていた。
「リゼ=バイオレット魔王代理。作戦通りであればこの平原でどちらか勝った方と戦う事になる。おそらくはネイル国と「邪国」の同盟軍だ。突破力が違う。」
「邪国」の騎兵部隊は頭一つ抜きんでて攻撃力が高い。レイクサイド召喚騎士団の第5部隊と比較しても遜色ないほどだ。そして、その数は第5部隊を大きく上回る。ハルキ=レイクサイドの情報分析ではトバン王国に勝機があるとすれば地の利を活用してその機動力を封じた時のみである。ただし、交戦する意思のない指揮官が戦闘を予測して準備しているかと言われると、無理難題というものだ。懸念があるとすればホーリー将軍の統率力である。突撃を敢行する前であれば戦闘そのものを収束させるだけの指揮能力を持っているために、対抗策を講じておく必要を感じていた。
「使者の接触の前にいろいろ準備がある。任せてもらえるか?」
「我らとしてはヴァレンタイン軍にすがる他ない。異論はない。好きにやってくれ。」
「分かった。最悪は総勢5万との決戦だ。その際には帝都を捨てねばならん。準備をしておけ。」
だが、レイクサイド領主は帝都を捨てるという選択肢などとるつもりは毛頭なかった。自分の育てた第2部隊がしくじるというイメージを抱いていない。しかし、準備だけはする所が彼らしい所である。
「ウォルター、任せたぞ。」
「はい、かしこまりました。」
そして離間の計は進む。
「王よ、前方にトバン王国軍が見えてきました。まだ、こちらが送った使者は帰ってきませんね。」
サイド=ネイル12世は自身の背中にべったりとした汗が伝うのを感じた。嫌な予感というものか。杞憂であってくれれば良い。そればかりを願う。ここからエレメント平原までは約半日の距離だ。本日は付近で野営をして明日の朝に開戦になるだろう。できればもう少し行軍しておきたい所であるが、トバン王国軍を無視するわけにもいかない。
「念のためにもう一度使者を送れ。本日はこの辺りで野営だ。」
しかし、その使者は生きて帰る事はなかった。
「王よ!使者の遺体が送りつけられました!」
「なにぃ!何を考えてる!」
トバン王国軍へと向かった使者2名の遺体が送りつけられたのはほどなくしての事だった。トバン王国はこちらと共闘するつもりはないという旨のメッセージとともに。
「おいおい、あいつら一緒に戦うんじゃなかったのか?つまり敵か?」
「邪国」の四騎将である「魔卒者」ローレが顔を出す。手に持った大斧の威圧感が半端ない。
「それじゃ、獲物の取り合いってわけだ。」
「待て!ここで戦えばエレメント魔人国の思うつぼである・・・。」
「じゃあ、どうすんだ?」
サイド=ネイル12世の願いもむなしく、トバン王国軍からの攻撃が始まった。
「くっ、仕方ない!全軍一旦は後退せよ、しかる後に反転攻撃に移る!」
瞬時に地形を把握して作戦を組み立てる事ができるのは血筋がなせる業だったのであろう。彼の選択肢に誤りはない。
「急げ!!」
「おう、俺たちはどうするよ?」
「貴殿らは反転攻撃が開始するまでは後方待機、攻撃が開始されると同時に左から迂回して敵本陣を突いてくれ。」
「おう、分かったぜ。行くぞぉ!野郎ども!!」
「邪国」の部隊が迅速に動き出す。こういう行動一つとってもネイル国軍はまだまだ洗練されているとは言えなかったが、サイド=ネイル12世の頭の中ではそれも織り込み済みだった。
「落ち着いて後退せよ!ミランダ、殿を頼む。攻撃開始後は先頭と言うがな!」
「はっ!行ってまいります!」
「くそぉ!!サイド=ネイルめぇ!!使者を殺すとは!しかもこんな所で俺たちが戦ってもエレメント魔人国が喜ぶだけじゃねえかよ!!」
トバン王国軍ホーリー将軍はネイル国軍へ送った使者を殺され、さらに先行部隊による攻撃を受けたとの知らせに苛立っていた。明らかにお互いにとってよくない選択肢である。
「お前ら、落ち着いて陣形を組めよ!」
「ホーリー将軍、奴らの先行部隊が退いていきます!」
「あーくそ、仕方ねえ!こうなりゃネイル国と「邪国」を叩きのめしてからエレメントに攻め入る事にすっぞ!今なら奴らも浮足立ってる!突撃だ!!陣形は保ったまま攻撃しろ!」
相手の軍のいる位置が明らかに悪い。あそこで戦いを始めたという事はサイド=ネイル12世は戦いを知らないやつではないか?しかし、ネイル国軍は陣形を立て直すために後退を始めた。
「お、意外に分かってるじゃねえか。おい、いったんぶち当てたら深追いはやめろ。あいつら反転して攻撃しかけてくるぞ。遊撃隊に気を付けるんだ。」
まずは一撃だ。しかる後に深追いは避けて、遊撃隊が襲ってくるのを返り討ちにする。ホーリーの描いた作戦は悪いものではなかったが、この戦場には不確定要素が溢れており、そしてそれに気づいている者はほんのひと握りであった。無論、両軍の中には誰もいない。
「悪いな、お前にきちんとした指揮を執られると困るんだ。」
「ぶふっ・・・。」
背後から聞こえる声と背中に走る激痛。それがレイクサイド召喚騎士団第2部隊隊長「闇を纏う物」ウォルターによるものだと気付いた者はいない。足から崩れ落ちるトバン王国の将軍。周囲のものが倒れた将軍と広がる血溜まりに気づいた時にはウォルターは視界の外である。
「トバン王国の将軍様は脇が甘いな。」
これで戦場は混沌とする。記録には「邪国」の遊撃隊の突撃のあとにホーリー将軍の死体が見つかった事になっており、その後混乱したトバン王国軍はサイド=ネイル12世の用兵により散々に打ち破られた。だが、いくら混乱したとは言え2万もの精鋭を打ち破ったネイル国の損害も少なかったわけではなく、当初の計画の予想通りにお互いの軍に深手を負わす事に成功した。
「エレメント魔人国がこの状況で攻めてこないで助かったな。」
勝ったネイル国サイド=ネイル12世は大きくため息をつく。「邪国」の部隊の損害はそこまででもなく、この突破力があれば平原での戦いはこちらに有利に進むはずだ。トバン王国の残党は撤退していったが、それを追うつもりはない。目的はあくまでも帝都エレメントの陥落である。そしてそのためにはエレメント平原に陣を張っているエレメント軍2万を打ち破る必要がある。
「トバン王国のせいで余計な労力を使う羽目になったが、十分エレメント魔人国に勝てる兵力が残った。そして勝った後には国を折半する必要もない。結果論であるが、これで良かったな。」
最強のテンペストウルフを有する「邪国」の援軍があり、現状でエレメント魔人国に負ける要素は見当たらなかった。奴らが純人の国に援助を求めていたとしても打ち破る自信がある。祖先の成し遂げられなかった栄光の目の前にして、サイド=ネイル12世は気を引き締め直すのであった。
オーバー〇ード11巻面白かった。仕事の帰りに書店で買って、寝るまでの3時間で読み切っちゃった。




