2-7 母の執念
大量投下第5弾!今日はここまで!
フラット領メノウ島。以前エレメント魔人国の侵攻で激戦の地となった場所であるが、北部には堅牢な要塞が築かれていた。魔王アルキメデスに吹き飛ばされる前と同様の堅牢さが維持されている。
「まさか、本当に来るとは思わなかった。」
ヴァレンタイン軍の中でも精鋭中の精鋭が詰めている状況で、臆することなくテーブルについているのはリゼ=バイオレット魔王代理である。
「私もあなたが話を聞いてくれるとは思ってなかった。」
応えた相手はアイオライ=ヴァレンタイン。両国のトップの会談が極秘裏に行われていた。リゼ=バイオレット側は側近が10名ほどしかおらず、対するヴァレンタイン軍は300名を超す。中には護衛隊長のダガー=ローレンスだけでなく宰相ジギル=シルフィードに「マジシャンオブアイス」ロラン=ファブニール、そして「大召喚士」ハルキ=レイクサイドがその召喚騎士団の部隊長5人に「勇者」フラン=オーケストラを連れて参加していた。ついでにフラット領主ローエングラム=フラットもいたりする。自国領地であるために仕方のない事ではあるが、すでに胆力の勝負ではリゼに軍配が上がってしまっていた。
「単刀直入に言わせていただくけど、ヴァレンタイン王国軍にネイル国とトバン王国と戦ってもらえないか?」
「ずいぶん厚かましいな。」
「もう、恥も外聞も捨ててきたのだ。それに私は魔王じゃない。次の世代が育つまでの代理だ。」
「期待され過ぎると息子は圧力につぶされるぞ?」
「うちの子はそんな軟弱な子じゃないから大丈夫だ。」
険悪な雰囲気の中、リゼはある事を提案する。
「私の夫はそこのハルキ=レイクサイドに殺されている。あなた方も私たちに侵攻された過去を持ってますから気持ちは同じだろう。だが、ここは大人になってお互い様という事で改めて手を組めればいいと思ったのだけど?」
「アレクが交渉しにいった時とはずいぶんと考えが変わったんだな?」
「魔人族は子供のためなら親はなんでもするものだ。」
「お前が警戒しているのはトバン王国やネイル国ではないだろう?」
アイオライの返答にリゼの表情が曇る。
「それほどまでに「邪国」の勢いには対抗できないと考えているのか?まあ、こちらが入手した情報を鑑みてもお前らじゃ対処できない勢力にまで拡大してしまっているようだ。」
ネイル国の筆頭ヨシュア将軍が1万の精鋭を打ち破られて降伏したとの情報は世界中に衝撃を与えた。ほとんどの民はこの事実を知らないが、ヴァレンタインやヒノモトにまでもたらされたこの知らせが「邪国」を警戒する国々にとって信じがたい物だったのは間違いない。しかし、何度確かめてもそれは真実であったとの回答しか返ってこなかった。
「ネイル国は今、ミランダ将軍が軍を率いて籠城中だろう。ネイル城を除く他の地域は「邪国」に降るに違いない。つまりはエレメント魔人国と接するわけだ。」
「そこまで情報が来ているなら隠しても無駄か。そうだ。我らは「邪国」を警戒している。そちらと同じようにな。」
「「邪国」の戦力をどのくらい把握している?」
「分かるのは四騎将のうちの3人まで。もう1人は西の大陸にいるというのも掴んでいるけどね。」
「西の大陸か!?」
「奴らの出身はおそらく「魔喰らいの領域」だ。もしかしたら「邪王」もその直属の3人もそこにいるかもしれない。」
「ん?」
いままで沈黙していたレイクサイド領主が反応する。
「どうした?ハルキ=レイクサイド?」
「いや、気のせいだろう。ちなみに魔王の名前は知ってるのか?」
「「邪王」の名前は分からない。二つ名だけが独り歩きしているのだろうな。」
「もしかしてシウバやユーナが西の大陸に行ったときに「邪国」の連中と接触しているかもしれないな。ウォルター、あいつらが帰ってきたら話が聞けるようにしといてくれ。」
「はい、分かりました。」
「しかし、また戦争か・・・。」
ヴァレンタイン王国はエレメント魔人国の支援を決めた。「邪国」がヴァレンタイン大陸をうかがえる位置まで勢力を伸ばさない事が当面の課題である。そのためにも不可侵条約を結んだエレメント魔人国が滅んでもらっては困ると考えていた。
「こちらから侵攻する気がないからと言って、向こうが来ないとは限らないのがきつい所だな。」
以前のエレメント魔人国のように帝国主義を導入して他領地を次々と浸食していけば、いつかは敵がいなくなるのであろが、現実的には無理が生じる。そして占領した土地に純人はごく少数しかおらず、ほとんどが魔人族だという所もヴァレンタイン王国にとって利点とは言い難い。しかし、放っておいてくれと言っても通用しないのが政治と外交の世界である。
「ならばエレメント魔人国が盾となろうではないか。」
リゼ=バイオレットの主張はこうだった。そしてそれをアイオライ=ヴァレンタインが承諾したという形だ。すでに「邪国」とエレメント魔人国は国境を接している部分があるに違いない。北の地域を次々と併合していく速度は恐るべきものであり、それがいつヴァレンタインに到達するか分からないという所にこちらの弱みがあった。共倒れを回避しようではないかという言葉にうまく乗せられたというよりも、最初からそれしか方法がなかったという方が正しいのだろう。単独で戦うよりもエレメント魔人国の領地で協力して戦ったほうがヴァレンタインにとっては利点しかないのだ。もちろん助けてもらえるエレメント魔人国側にとっても利点だ。プライドさえ邪魔をしなければ。
「弱みをあえてさらけ出して同盟をもぎ取っていくとは、なかなか外交が上手いな。」
息子を魔王にするという執念を垣間見た気がした。
「すぐにネイル国の情勢を調べなさい!「邪国」の軍隊の詳細も報告するように!」
リザ=バイオレットが帝都エレメントへと帰ると北の国境で「邪国」の軍勢を見たとの情報が入った。
「それが、軍を率いていたのはおそらく元ネイル国のヨシュアです。軍勢は東に向かっていました。方角はトバン王国の方面です。」
「ネイル国は滅んだのか・・・?」
「まだ首都ネイルが陥落したとの情報は入ってません。籠城したミランダと交戦したという情報すらありません。」
では、「邪国」は首都ネイルを放っておいてトバン王国へと進軍中との事になる。しかも旧ネイル国筆頭の将軍を引き連れて。
「むちゃくちゃだ!やつらの狙いが分からん!」
しかし、しなければならない事は決まっている。
「国境を固めろ!「邪国」の軍勢がこちらへ来るようならば交戦は禁じる。戦うならばヴァレンタインの軍が合流してからだ。情報を手に入れろ。ヴァレンタイン側にもある程度流してやれ。」
ついに迫ってきた「邪国」。しかし、その行動原理が理解できない。未知の軍勢との交戦に不安感の残るリゼ=バイオレットであったが、決意は固い。
「何が何でも生き残る。我が子が魔王として君臨するその日までは何にすがっても。例えそれが夫の仇だったとしてもだ!」
「おいおい、ネイル国のやつら城に籠っちまったぜ?どうするんだ?」
「魔卒者」ローレが愚痴をこぼす。平野の戦いならば得意であるが、城攻めはほとんどした事がない。ちなみに「魔卒者」の「卒」の字が「率」の間違いだったと判明したのは昨日の事で、ローレはこれをひた隠しにしているが、フェルディにはばれてしまっている。
「ふむ、あの方であればどうしたであろうな?」
「大将だったらか・・・俺たちには想像もできない事やりそうだけどな。」
ライレルとフェルディが頭を悩ます。この2人にとってもネイル国の籠城というのは予想していなかった事であり、城攻めの経験があるわけでもない。
「・・・でも、大将が城を攻めるなんて想像できねえな!」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「「それだ!!」」
降伏しない敵に構っているよりも、他の場所で勢力の拡大をした方がいい。3人の結論はこうなった。かくしてネイル国の籠城は完璧に無視され、その間にその他の地域は蹂躙される事になる。ネイル国からの反撃は考慮にいれていなかった3人であるが、もし反撃が行われたらその時に叩けばいいという単純な考えが世界の裏をかいたという事を気付いていなかった。




