2-5 ネイル国精鋭部隊の行く末
大量投下第3弾!
ネイル国は魔人族の国にしては一風変わった所がある。一般的な魔人族とは考え方が違い、「強い者が上に来る」という原則は同じであるが、それが分かりやすいレベルだけの問題ではないという所だ。
魔王サイド=ネイル12世、この魔大陸には珍しく世襲制の魔王である。そしてそのレベルもいまだ31と低い。この国が世襲制となってからかなりの年月が過ぎているが、それでも反乱が起きないのにはわけがあった。
ネイル国は用兵に優れている。
つまり、単純なレベルの問題ではなく、集団戦を得意とする魔人族部隊を排出するためにレベルの高い将軍につくよりも用兵が上手い将軍についた方が生き残れる可能性が高くなる。そしてその用兵が上手い将軍はレベルに関係なく「強い者」として認められるのだ。しかし実際は用兵もレベルも高い者が将軍として任命されることが多かった。
ここに生まれつき病弱な魔人族がいた。彼の名前はイレクト。父はネイル国屈指の将軍といわれた男であり、その父について用兵を学んだ。もともと病弱な体ではあったが、父親の遺伝があってか人並みには動けるようになる。しかし、他の将軍に比べるとレベルは低い。そしてそのレベルほどに動けるわけでもない。彼には常に護衛が必要だった。
しかし、そんな彼には用兵の才能があった。それも、父親を含めたどの将軍よりも。
練兵場で繰り広げられる模擬戦。彼に勝てるものは皆無であり、イレクトはいつの間にかレベル40代にもかかわらず、戦死した父親に代わって将軍を任命される事になった。
「イレクト将軍は天才だ!」
魔王アルキメデスが戦死したのを皮切りに弱体化をたどるエレメント魔人国を標的にイレクトはまずトバン王国との同盟を提言した。かの国は国境すら接していなかったが、イレクトを信頼していた魔王サイド=ネイル12世はこれを承諾し、かくしてトバン王国との同盟がなされた。それからは両国でエレメント魔人国を搾取するだけだった。快進撃を続けるネイル国。イレクト将軍がいる限り敗北を考える国民はいなかった。
「イレクト将軍が戦死!!?」
帝都エレメント包囲戦において、トバン王国との連絡のために陣を訪れていたイレクト将軍が何者かに暗殺されたというのだ。その暗殺者は舞うような剣でイレクト将軍の護衛を次々に倒し、最後に無数の傷をイレクト将軍に与えた。唯一生き残った護衛の証言ではその剣撃が飛ぶという信じられない話だった。護衛の少ない時期を狙った暗殺は完璧な物だった。トバン王国から派遣されていた護衛もその多くが殺されていたが、向こうの陣内でおこった事件に責任を追及しないわけにもいかなかった。それが両国間の同盟にひびを入れるきっかけにもなった。
かくしてトバン王国との合同での帝都包囲戦は指揮官の暗殺という形で撤退を余儀なくされた。その暗殺者はトバン王国の食糧庫にも火を放ち、長期間の包囲戦を不可能としていたのだ。指揮官として代わりミランダ将軍が派遣されたが、その頃にはネイル国の中継地点である砦が謎の集団によって壊滅させられ、補給を絶たれる形になっていた。
「これでどうしろと言うのよ!!」
着任早々、ミランダ将軍の怒号が陣に鳴り響く。
「食糧をトバン王国に渡そうにもこっちも余分がないじゃない!!」
そうしている内にトバン王国の撤退が決定した。包囲陣が解かれる。これではネイル国もここにとどまるわけにはいかない。しかし、ミランダはこの包囲陣を解く事を強固に反対した。
「冷静になって欲しいのよ。今回のこの包囲戦はもう二度とできないかもしれないのよ?」
しかし、トバン王国の返答は冷たいものだった。
「申し訳ないが、一刻もはやく食糧がある地へと移りたいのだ。この対話の時間さえ惜しい。そなたらが食糧を分けてくれるというのなら提案にも乗るが、無理なのだろう?」
実際、ネイル国にも食糧は届いていない。そしてトバン王国の方が兵力が多いためにその切実さはネイル国どころではなかった。
「イレクト・・・ごめんね。」
死した同僚への謝罪は誰にも聞かれなかったが、行動は起こさねばならない。
「撤退よ!その前に一撃加えておきなさい!!」
追撃させないためにも、この一撃は重要である。
ネイル国はトバン王国とは違って、整然と帰還した。
「このような時期に北が騒がしい。」
ミランダが軍を連れて帰還すると、将軍ヨシュアが出迎えた。その眉間にはしわが寄っており、今回の帝都包囲戦以外にも悩みのタネがあるようである。彼はネイル国最強とも呼び声が高く、そして用兵も上手い。そんな彼にも手におえない事態となっているらしい。
「いままで北には我らネイル国を攻める事のできる勢力は存在しなかった。」
ほとんどが少数部族であり、彼らがまとまる事はなかった。資源の少ない土地という事もあり、手を出してこなかった場所だ。やたら魔物ばかりが強い。
「まとめたのは「邪国」とよばれる国だ。いまの所、どこから来たのかは不明だが、俺は西の大陸ではないかと思っている。」
西の大陸にはほとんど文明が存在しなかったはずだ。あの大陸の魔物は強すぎて生活するだけで精いっぱいだという。最盛期のエレメント魔人国が南側を占領していたが、途中の荒野を超える事ができなかったと聞いた。
「とにかく、併合の速度が半端ない。おそらく、強い武力を見せびらかして降伏を呼びかけているんだろう。つまり、損害もあまり出ていないどころか勢力が拡大していく一方だ。」
「これ以上拡大する前に叩いた方が良いと?」
「そうだ、帰ってきて早々で悪いが残っていた部隊を率いて来週にでも出陣する。留守は任せていいか?」
「もちろんです。」
こうしてヨシュアは一軍を率いて北へむかった。
ヨシュアが率いたのは精鋭1万。下手すると北部の人口並の軍勢である。彼ほどの将軍が慎重に慎重を重ねて導き出したのがこの数字であった。
「用心し過ぎなのかもしれん。」
だが、伝わってくる情報からは違和感がある。特に本来であれば真っ先に吹聴するであろう魔王の名前が出てこないのがおかしい。そして「邪国」というのも正式名称ではないのではないかと思われる。
「もし、西の大陸からであれば今のうちに叩いておかねばならん。」
西の大陸は未知数だ。人口から文明の発達具合までほとんど情報がない。未知の物と戦う事ほど怖いものはなかった。
「ヨシュア将軍!見えました!約4千の部隊です!」
敵がいたらしい。ヨシュアは戦闘態勢を指示する。降伏を呼びかけるつもりではあるが、おそらくこの野蛮な土地で降伏の概念はないだろう。場合によっては皆殺しだ。今、北に時間をかけている場合ではない。とって返してエレメントとの戦いに備える必要がある。
「部隊の約半数が魔物です!」
4000のうち、約2000が魔物で構成されているなどと聞いたことがない。魔物の種類によっては同数以上の戦力の可能性がある。
「防御陣を敷け、魔物相手であれば最初の突撃を耐えれば堅牢な陣を敷いている方が有利だ。」
用兵が使いにくい魔物は直線的な突撃をする。最初の突撃が終われば次の命令は届かない。乱戦にならないように陣を固めればこちらが主導権を握れるのだ。
「さあ、破壊魔法で攻撃だ。」
整然とそろった陣形、命令の行き届いた軍。ヨシュアが思い描いた戦場だった。ただ一つ、相手の力を除いては。
「第一陣、突破されましたぁ!!」
「テンペストウルフが!!うわぁぁぁぁ!!!」
「将軍!お逃げくださ・・・ぐはぁ!!」
完璧な防御陣を打ち破る敵と魔物たち。最強の狼テンペストウルフにまたがる敵将、想像を絶する破壊力には想像通りの陣形は役に立たなかった。
「な、なんだと!!?」
そして死の足音がヨシュアへと近づく。
「お前が大将か?」
巨大なオオカミにまたがり巨大な斧を振りかざす魔人族。
「俺は「魔卒者」。ネイル国の将軍さんよ、諦めて軍門に降れや。」
「くっ、断る!」
ネイル国最強を自負するプライドが降伏を拒絶させた。
「仕方ない、被害をすくなくするためにお前だけコロスゾ!!」
一瞬の跳躍でテンペストウルフがヨシュアを突き飛ばす。意識が朦朧とする中、起き上がろうとしたヨシュアの右手に巨大な斧が振り下ろされた。
「ぐあぁぁぁぁぁああああ!!」
利き手を切断されて、もがくが、胸倉をつかまれて立ち上がらせられるヨシュアに「魔卒者」は冷たく言い放つ。
「うちの大将があんまり人を殺すのを良しとしないからこうしてやってる。だが、抵抗するなら容赦しない。」
ヨシュアの側近もテンペストウルフの部隊に阻まれて全く近寄れない。
「降伏しろや。」
「・・・分かった。」
こうしてネイル国最強の部隊は「邪国」に敗北した。
部下に右手を回復魔法で繋いでもらいながらヨシュアはこの征服者に聞く。
「お前が、・・・「邪国」の魔王なのか?」
しかし「魔卒者」は笑って答える。
「あぁ?んなワケあるか!大将までにまだ3人もいるわ!!俺は5番目だ!ここでは一番偉いけどな!」
「おい、ローレ!あの方は我ら4人が同列とおっしゃった!その言葉をないがしろにするのならば斬り捨てるぞ!!」
「おいおい、喧嘩するな。テンペストウルフの調教具合はどうだったんだ?」
「あ、それは完璧だったぜ、フェルディの旦那!・・・まあ、ライレルの言うとおり、ババアも含めて4人とも一番偉いでいいじゃねえか。」
「ふむ、それならばあの方の言葉に沿っている。」
「しっかし、こっちの大陸は歯ごたえがねえな!」
「あの方に再会するまでには研鑽あるのみ!あの方の理想の国家を作るのだ!」
「しかし、「魔卒者」ってなんて意味なんだ?「「卒」はもっとも低い身分という事だ。つまり、お前は魔人族の中でも最も低い身分でいいのか?」
「あー、聞くんじゃなかった。そんな意味なのかよ。言葉の響きだけで決めるんじゃなかったな。」
「もしかして大将の「邪王」とか「邪国」とかも意味分からずつけたのか!!?「邪」は「よこしま」って意味だ!ものすごく悪い意味だぞ!」
「貴様!あの方の二つ名をそんな名前に変えて吹聴したのかぁぁ!!??しかも「邪国」だと!?リヒテンブルグ王国はどこへ行ったぁぁぁ!!!!!」
「げぇ!!まじか!!?」
「あーあ、再会したら殺されるぞ、お前。」
「今ここで斬り捨ててくれるわ!!」
「ちょ、ちょっと待ってー!!」




