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井上達也 短編集4 (ちょっと上手になってきた編)

先輩カップルは、茶色と黒白。

作者: 井上達也

「ずっと前から君の事が好きでした」

 わたしは、目の前にいる男の子から告白を受けている。

 現実として、それは正しい。

 身長が高くて、たしかサッカー部に所属している。筋肉質というよりも細身で、スポーツカット。『さわやか』という四文字がとてもよく似合う男のだ。

 ちなみに、わたしが高校に入ってから告白を受けた男子の数は10人を超えた。わたしが、どうしてこんなに告白されるのかはさっぱりわからない。

 わたしが、ものしずかに朝早くから窓際の席に座って本を読んでいるからだろうか。

 わたしが、黒髪だからだろうか。

 わたしが、ブラウスの胸のボタンをしっかりしめて綺麗に制服を着て、礼儀正しくしているからだろうか。

 理由ではなく、もはや『原因』という域に達していた。わたしとしてはあまり好ましく無い状況なのである。

「ごめんなさい」

 わたしは、丁重に目の前の男の子の申し出を断った。彼は「そうだよね。変な事言ってごめんね」と言って、走って体育館の裏あたりに走って消えていった。あまりに早かったから、後日クラスの友達に彼のサッカー部で試合に出るときのポジションを聞いた。『サイドバック』というポジションで、吉永中のダイナモという異名を取ると聞いた。

 わたしは真っ先に、中学校か小学校の頃に工作の授業で作ったダイナモラジオのことを思い出した。ダイナモと速さとなんの関係があるのか私にはさっぱりわからなかったが、違った方向で彼に興味を持ちそうだったのでこれ以上の詮索はやめることにした。


 

 彼の告白を断ってからしばらくして、わたしは下校した。

 帰り道にある一軒家を囲む塀の上を、綺麗な白と茶色の猫がスタスタと優雅に歩いていた。

「にゃあ」

 子猫とは言い難いサイズではあったものの、可愛らしい声でわたしの気をひいてきた。

 わたしは、「にゃあ」と猫の鳴き真似をして猫の気をひいた。

 すると、その子は塀を一気に降りてわたしが歩いている道の方を尻尾を立てて優雅に再び歩き始めた。

 わたしは、なんだか楽しそうだから、猫を追いかけることにした。


 しばらく歩いていると、猫は公園のドラム缶広場の穴の開いてる遊具の中に入っていた。

 わたしは、制服のスカートが外から見てしまうことを気にしつつも、猫の後を追ってドラム缶の中に入っていた。

 すると、彼よりもひとまわり小さいねこが現れた。黒と白の猫で、いわゆる「美人さん」であった。たぶん、茶色い猫がオスで、白と黒の猫がメスであろうとわたしは推測した。

 黒い猫のあたまをなでなでしてあげると、綺麗に目をつぶって気持ちよさそうにしていた。

「おまえは、いい子だねぇ〜」とおばあちゃんみたいな言葉をわたしは発していた。

 気がつくとわたしは、茶色い猫と黒い猫を交互になでなでしてあげていた。そして、わたしは彼らに日頃の悩みを相談し始めた。

「わたしはね、高校に入ってから1年が過ぎて、今2年生なんだけどさ。もう10人の男子に告白されたんだ。でもね、みんな断ったの。わたし、そういうのよくわかんないからさ。それにさ、今日告白してきた男子なんてちょっと変だったの。わたしにね、『ずっと前から好きでした』って告白してきたんだ。でも彼は、高校3年生だったし、話した事も見かけたこともなかったの。それなのに、『ずっと前から』っていうフレーズってなんかおかしいよね。きっと彼は、漫画とかドラマの見過ぎだったのかなって思うんだ」

 猫たちは、ふにゃふにゃになってドラム缶の中でお腹をだしてごろごろとしていた。彼らは、『お腹をさすりなさい』ということを真剣な眼差しで私に訴えかけていた。わたしは、仕方なくかれらのお腹をさすってあげることにした。

「君たちは、カップルなのかな。見たところそんなに年をとっているようにも見えないし、きっと若い猫さんたちだよね。これからたのしいことがあるのかな。あ、でも人間見たく子育てとか長いことやらないんだっけ」

 猫の子育てについて考えた時、人間はどうして子供を生むんだろうって気になったことがあったことを思い出した。

 おかあさんに聞いてみると「なんでだろうね」といってしばらく考えていた。わたしは、おかあさんでもすぐにわからないことがあるんだなと思った。

「なんで子孫を残すのかは正直わからないなぁ。でも、本能なんだよきっと。子供を残さないとだめですよってってきっと誰かに言われてるんだと思う。頭の中の妖精とかにさ。おかあさんは、あなたに会えて本当に嬉しかったよ。それは間違いない」

 お母さんはそういって、私を抱きしめては、髪の毛をくしゃくしゃにしたりし始めた。私は、おもわず笑いながら「やめてよ〜」と言いながら、お母さんとじゃれあったのだった。


「わたしもいつか、子供が欲しいとおもうのかな。男の子を好きになることがあるのかな」

 わたしの目の間でお腹をだしてごろんとしている二匹の先輩カップルに率直に聞いてみたが、帰って来た返事は「にゃあ」であった。私は、返事が返ってくるだけましだと自分の中で納得をした。

 私は、携帯の時間を確かめると門限の18時まであとわずかな時間である事に気がついた。夏場だったからまだまだ外が明るくて全く気がつかなかった。

 そろそろお別れの時間である事を猫たちは気がついたのか、お腹を出して寝るのをやめ、私のほうにむかって礼儀正しく座った。

 威風堂々としている茶色の猫と美人な黒と白の猫。とても絵になる二人だった。

 わたしは小さな声で「またね」といって、ドラム缶を一人で抜け出した。


 わたしは、人がやってるからやらなければならないという感情があまり芽生えない。

 悪く言えば、自己中とかマイペースというが、よく言えば自分をしっかりもっているブレない人間だ。

 わたしは、小さく息を吸い込み、吐いた。そして「よし」と声を出して歩き出した。


 


 だいたい20年後

 わたしは、『アラサー』と呼ばれる時期を超えて、『アラフォー』と呼ばれる存在に近づきつつあった。

 会社では、おつぼねと言われるようになり、上司からはなぜだかマンションの買い方を、聞いてもいないのに飲みの席でレクチャーされるようになったし、女と見られていないのか平気でセクハラ発言も繰り返された。

 高校生の時にであったドラム缶の先輩カップルのことはたまに思い出す。本当にあの頃のわたしは、人生というものをなめていたんだなと今では猛省している。

 なにが、わからないだ。

 なにが、振っただ。

 今では、男の人はわたしによりつかない。見向きもされない。モテキという言葉が一時期はやったが、あの時期はその類だったのかもしれないと思ったし、時すでに遅しと思った。

 わたしは、ドラム缶広場の方に会社帰りに寄ってみたが、そこにはすでに一軒家が多く建てられていた。

 わたしは「残念」と小さく呟いた。

 冬の住宅街にコツコツとヒールの音がこだました。なんだかわたしのこころの虚しさを表している情景だと思った。


 丁字路の角を曲がろうとした瞬間だった。わたしは男の人とぶつかってしまった。

 茶色いダウンを着て、ジーンズを履いた男の人だった。

「ごめんなさい、怪我とかないですか?」

 男の人は、やさしく声をかけてくれた。

「だ、だ、大丈夫です」

 わたしは、あまりの恥ずかしさにその場をそそくさと立ち去ろうとした。

「あ、ちょっと……!コート破れてますし、ストッキングも……」

「え」

 わたしは、思わず大きな声で「え」と叫んでしまった。30を超えると、声に年も出るのか。

 わたしは、着ている白いコートを確認すると、コートの隅っこがちいさく破れていた。黒のストッキングも伝線してしまっていた。

 さらに恥ずかしくなって、私は走り去りたくなった。30にもなってこれは恥ずかしい。

「ごめんなさい。コートとストッキング弁償します!」

 男の人は深々と頭をさげて、私に謝っていた。私は、彼の根気のようなものにどうやら負けてしまったようだった。

「まぁ、こんなところでもなんなんで。近くの喫茶店にいきましょうか」

 私は、突然ぶつかった男の人をなぜか誘った。自分でもびっくりではあったのだが。

「わ、わかりました!」


 わたしの頭の中は、新しいコートを買わないといけないということで頭がいっぱいであったのだった。

 

 

 



 




 


 

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