帰路
紫依はヘリコプターに乗り込むと、窓際に座って空から隠れ里を見下ろしていた。
ところどころ紅葉した山々の中にポツンと日本家屋がある光景は、玩具で作られたミニチュアのようで、どこか現実感がなかった。
無表情で窓の外を眺めている紫依に朱羅が声をかける。
「祖母と話はしてきたか?」
隣に座っている朱羅の問いに、紫依は深紅の瞳を閉じた。瞼の裏に自力では起き上がれず、臥せっている祖母の姿が浮かぶ。
「はい。もう、生きて会うことはないと言われました」
紫依はゆっくりと深紅の瞳を開けると、少しだけうつむいて呟いた。
「長い時間を生きる以上、こういうことにも慣れないといけないのですよね……」
覚悟を決めたような、それでいて、どこか諦めたような雰囲気が紫依を包む。
いつもより小さく見える紫依を朱羅が抱き寄せた。
「俺は君より先に死なない」
紫依が驚いたように顔を上げると、翡翠の瞳が穏やかに微笑んでいた。
「約束しよう。俺は君より先に死なない」
不意の言葉に紫依は胸がしめつけられた。その理由が前世でただ一人生き残ったことが原因であると気づかずに。
紫依は胸を押さえながら嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
深紅の瞳には薄っすらと涙が溜まっている。朱羅がそっとその涙を拭うと、背後から大声で声をかけられた。
「そういえば、朱羅君!綺羅に会いに行くかい?それとも日本に呼び出すかい?」
その言葉にそれまで穏やかだった朱羅の雰囲気が一変する。綺羅という名前が出ただけで、不機嫌オーラがヘリコプター内を満たした。
だが、その不機嫌オーラを出している朱羅は表情には一切出さず、良い笑顔で振り返ってクリストファーに視線を向ける。
「わざわざ、こちらから足を運ぶ必要もないでしょう。日本に呼び出しますよ」
「じゃあ私が呼び出してあげよう。場所は何処がいい?」
「そうですね。少々、騒いでも問題にならない場所がいいです」
「じゃあ、北海道にしようか?あそこにシェアード家関連の広大な敷地があるから。あ、それとも富士の樹海のほうがいいかな?あそこなら、行方不明になる人が年間に何人もいるから人が一人消えても問題ないよ」
「では、富士の樹海でお願いします」
「了解。最高の場所に呼び出すよ」
二人とも良い笑顔で爽やかに会話を終わらしたが内容が酷かった。しかし、それを止める人間はこの中にはいない。
伊織は体力の限界からクリストファーの膝の上で眠っていたし、止める役割を持つ風真は今までの騒ぎで溜まりに溜まった疲労によって爆睡していた。
オーブはそんな物騒な話を二人を見ながら、どこに持っていたのかスナック菓子を取り出して食べ始めた。まるで映画館で映画を観ているように他人事の姿勢になっている。
「朱羅が殺る気満々だな」
「紫依のお父様もね。朱羅のお父様って何をして、こんな恨みを買ったのかしら?」
「さあ?とりあえず、頃合いをみて紫依を投入するのは忘れないようにしないとな」
「頑張ってね」
そう言って蘭雪はオーブが食べているスナック菓子を隣から失敬する。
「え?手伝ってくれないの?」
「面倒だもの。あら、意外と美味しいのね」
「そう。地域限定味なんだけど、結構美味しいんだよ」
蘭雪のお菓子評価に同意しながらオーブが首を横に振る。
「いや、そうじゃなくて。オレだって面倒だよ。蘭雪が手伝ってくれないなら放置しようかな」
「それもいいんじゃない?」
「そうだな」
こうして理不尽にも、綺羅本人の与り知らぬところで生きるか死ぬかの運命が決められようとしていた。
ちなみに、この会話を聞いていた紫依は……
「最高の場所で父様と久しぶりにお会いになるなんて素敵ですね」
と、朱羅に賛辞を送ったため、綺羅の運命はほぼ確定した。




