ツンデレの神様
喧騒が広がる道場内に、ふわりと一陣の風吹いた。
とても軽く爽やかな風なのだが、騒いでいた人たちは言い知れぬ気配を感じて自然と口を閉じていく。
道場内が不気味な静寂に包まれるが、紫依だけは平然と紬に向けて声をかけた。
「土地神様、どうかなされましたか?」
紫依の問いに、紬が人をからかうような軽い笑顔を見せる。決して紬が見せる表情ではない。
ゆっくりと紬の口が動いた。
『なかなか面白そうことをしているから覗いておったのじゃ。だが、このままでは面白くないことになりそうだったから、ちょっと口出ししたのじゃが……わらわの決め事に不満がある輩がおるようじゃ。さて、それは一体、誰かのう?』
顔も声も紬なのだが、表情と話し方、そして何より威圧感が違う。
人のものとは圧倒的に違う圧力に、それまで騒いでいた人たちが一斉に視線を伏せた。本能で格の違いを感じ取り、土地神が憑依した紬と視線を合わすことを避けている。
それでも、どうにかできないかと、うつむいたままお互いに目配せをし合うが誰も意見を言えない。
周囲が沈黙したことを確認すると、土地神はオーブと蘭雪を見た。
『そなたたちも、なかなかに強いのう。土と水。良い組み合せの上に良い瞳をしておる……が』
土地神は言葉を切ると、音もなくスッと朱羅に近づいた。
『お主が一番強いのう。火を操る性質と、その髪と瞳。あの時の童たちの子かえ?』
突然、眼前に来た土地神に対して朱羅は驚くことなく平然と言葉を返した。
「なんのことだ?」
疑問符が頭上を飛んでいる朱羅に代わって伊織が答える。
「その子は綺羅さんとアクセリナさんの息子です」
『やはりのう。顔は母親似だが、瞳は父親そっくりじゃ』
納得している土地神に、朱羅が少しだけ翡翠の瞳を大きくする。
「二人を知っているのか?」
『知っておるぞ。あの童たちも、なかなか面白かった。まあ、一番面白いのは茶色の髪をした童、そちじゃがのう。今回の戯言もなかなか楽しめたぞ』
話を振られたクリストファーが軽く笑う。
「お気に召していただけたなら幸いです」
『そちは、いつもわらわの意表を突いてくる。あの時もそうじゃったがの。あの童たちは、どうなった?』
土地神が綺羅とアクセリナのことを訊ねていると理解したクリストファーは、当然のように答えた。
「二人とも生きていますよ」
思わぬ回答に土地神が目を大きくして一瞬固まる。そして盛大に笑った。
『そうか!あの童たちも未来を変えたか。それは傑作じゃ!愉快じゃ、愉快!』
そう言いながら土地神は満足そうに大声で笑った。
話の内容がさっぱり見えない人たちは、その理由を聞くこともできず呆然とその様子を眺めている。
しばらくして笑いをどうにか収めた土地神が朱羅に視線を向けた。
『あの童たち……特に男の方はなかなかに面白い人間じゃ。そのうえ自分たちの未来まで変えた稀有な存在じゃからの。大事にせいよ』
その言葉に朱羅の片眉がピクリと跳ねる。
「……そうだな。ちょっと大事にしにいくか」
大事とかいて大事と読む。朱羅から放たれる物騒な気配が嫌でも、そう感じさせる。
そんな朱羅を見てオーブが肩をすくめた。
「朱羅の親父さん、隠れ里に来たことがあったんだな。それなのに、朱羅に全然話していなかったとは……」
「何か理由があったのかもしれないけど、朱羅の逆鱗に触れるには十分ね。半殺しですめばいいけど」
「うーん……それで済むような気がしないな。あ、紫依を一緒に行かせよう。紫依の前でなら、そこまで酷いことはしないだろうから」
「そうね」
二人が結論を出した一方で、土地神は紫依に視線を移して話を戻した。
『なかなか面白い童たちじゃ。ところで紫依、長になる話はどうじゃ?たまに顔を見せるだけでよいのであれば、そんなに悪くない話だと思うのじゃが』
「本当に、それだけでよいのでしょうか?私には私が必要とされる理由がわからないのです。むしろ私が関わることで、隠れ里に迷惑がかかりそうで……」
『迷惑がかかるなどは考えなくてよい。それより、ここの者が迷惑をかけることの方が多くなるからの。あとは必要とされる理由じゃが…』
土地神は少しだけ顔を伏せると、ぽつりと悲しげに呟いた。
『そなたの顔が見られなくなると、わらわが寂しいのじゃが……それでは、いけぬか?』
そう言うと、土地神は遠慮がちに上目使いで紫依に視線を向けた。頬が少し赤くなっており、恥じらっているようにも見える。
それは今までの尊大な態度はどこにもなく、むしろギャップ萌えしてしまうレベルの落差であった。
アクセリナや綺羅が隠れ里に来た時の話に興味をもたれた方は「ロリコンのレッテルを貼られるに至った経緯について」をお読み下さい。




