延長戦
道場に入ってきた女性は、どことなく伊織に似ていたが黒髪は腰まで伸びており、黒い瞳は伊織より鋭かった。そして健康的に日に焼けた肌をしており、背も伊織より高い。
まっすぐ目の前まで歩いてきた女性に紫依が声をかける。
「紬叔母様?どうされたのですか?」
紫依の言葉に、クリストファーをどうにか殴ろうとしていた風真が動きを止めて、紬の動きに注目する。
それは他の人間も同じであった。今までひそひそと小声で話していた人も、そわそわと落ち着きがなかった人も、全員が動きを止めて紬に視線を向けた。
道場内にいる人間の視線を一斉に浴びながら、紬は堂々と強い意志を込めた瞳で紫依を見つめたまま宣言した。
「紫依、私は姉さまか姉さまの血を継ぐ者以外を長と認めるつもりはありません。ですが、姉さまはあなたを助け、自分の命を繋ぎ止めた結果、力を失ってしまいました。風真は外の世界とのつながりが強すぎます。そのため二人とも長にはなれません。と、なれば、あとは紫依しかいないのです。紫依、どうか……」
紫依は紬が言いたいことを理解して言葉を遮った。
「紬叔母様、お気持ちはわかります。ですが、私は龍神家を抜けました。それに私は普通の人とは……」
「その話は長から聞いています。ですが……いえ、だからこそ長に相応しいと私は思いました。一族の行く末を見守ってもらいたいのです。あと一族を抜けたことについては問題ありません。あなたが望めば、いつでも龍神家は歓迎します」
「見守ると言いましても……」
少しだけ困ったような顔をする紫依に伊織が助言する。
「相談役のようなものですよ。紫依がこの隠れ里に住む必要はありません。紬たちが困ったときに力を貸したり、相談にのったりするだけでいいのです。それに紫依も長く生きていたら、隠れ里の力が必要になることがあるかもしれませんよ」
伊織の意見を聞いても答えを出せない紫依は、隣にいる蘭雪に視線を向けた。
すると蘭雪は軽く頷いて伊織の意見に同意した。
「それぐらいなら、いいんじゃない?また紫依にちょっかいを出してきたら、私がこの里を壊滅してあげるから」
冗談のように言いながらも黒い瞳は笑っていない。その顔を見て紫依はますます悩んだ。だた、表情と動きがないため一見すると、蘭雪の笑顔を見て固まってしまったような光景だ。
そんな紫依と蘭雪のやりとりと無視して、政繁が紬に声をかける。
「そうなると里には紫依との連絡役として、長の代理が必要となります。それならば、やはり長の代理は紫依の伴侶がなるべきだと思いますが」
政繁の言葉に憲護が立ち上がる。
「お前は長の権力が欲しいだけだろ!そんな奴に紫依の伴侶なんかさせるか!」
「勝負に負けた人間が、いまさら何を言っても負け犬の遠吠えにしか聞こえないな」
「なにを!?」
今にも掴み合いの喧嘩を始めそうな二人を眺めながら、紫依の伴侶決定戦のことを知らないクリストファーが風真に訊ねる。
「勝負とはなんのことだい?」
クリストファーからの質問に、風真が反射的に殺気を込めたが素早くオーブに押さえつけられる。
「だから、紫依が見ている前では止めとけって」
「……わかったよ」
風真は諦めたように力を抜いて渋々、クリストファーに説明を始めた。
「紫依の伴侶を決める勝負をしていたのです。この中で勝ち残った者が紫依の伴侶となり長になる、と」
「ほう。で、その勝負に風真は負けたのかい?」
クリストファーからの容赦ない追撃に、風真は悔しそうに顔を背けてから言った。
「二十人抜きまではしましたが、政繁に負けました」
「そうかい」
クリストファーは風真が負けたことを気にした様子なく、平然としたまま外に向かって叫んだ。
「朱羅君!ちょっと、来てくれ!」
それほど大きな声ではないのだが、透き通った声は意外と響いた。そして、全員の視線が入り口に集中する。
少しして一人の青年が銀髪を揺らしながら道場に入ってきた。
薄暗い道場の中でも光をはじく見事な銀髪に、見覚えがる大人たちが息を飲んだ。紫依が隠れ里を出た時の記憶が強制的に思い出されたのだ。
クリストファーは朱羅を笑顔で迎えながら政繁を指さした。
「この人と勝負をして勝ってほしいのだけど、できるかい?」
「勝負の内容は?」
クリストファーは朱羅の質問に答えずに風真を見た。
勝負の内容も知らずに朱羅に話を振ったクリストファーに呆れながら、風真が代わりに答える。
「剣道です。ただし木刀を使うため、面や胴を決める時は寸止めをしないといけません」
「わかった」
朱羅は簡単に頷くと、近くに落ちていた木刀を手に取った。
「とにかく一本を取ったらいいのだな?」
「そうだけど、大丈夫か?」
「問題ない」
朱羅を見てクリストファーが政繁に声をかける。
「朱羅君に勝てたら私も君を紫依の伴侶として認めよう。さあ、どうする?」
思いがけない提案に政繁は朱羅の全身を見た。華奢ではないが、華がある顔立ちは武芸に秀でているようには見えない。
紫依が里を出る出来事が起きた時、所用で里にはいなかった政繁は朱羅の実力を知らなかった。多少の警戒はしているが、外見だけで実力を推測して簡単に頷いた。
「いいでしょう。紫依の親から認められれば、反対する人間はいなくなりますからね」
そう言って政繁が勝ち誇った表情で憲護を見る。明らかに喧嘩を売られた憲護は悔しそうに歯ぎしりをしながらも、その場にとどまった。この場で自分が騒いでも好転はしないということを理解しているからだ。
熱血に見えて、意外と状況判断ができる憲護に、クリストファーが好意的な視線を向ける。
一方でその時の出来事を知っている大人たちが顔を青くした。政繁に忠告しようと立ち上がる人もいたが、蘭雪が睨みつけて右手を動かす。それだけで寛鐘の二の舞を演じたくない大人たちは静かに腰を下ろした。
水面下での戦いが蘭雪の圧勝で終わった一方で、憲護は立ち上がると朱羅を睨みつけながら迫った。
「あんたの実力は知らないが、絶対に負けるなよ!」
自分が負けたことを棚に上げた言葉だが、朱羅は気にすることなく憲護を一瞥しただけで、そのまま道場の真ん中へ歩いていった。
「感じ悪いな」
無視したような朱羅の態度に憲護が文句を言っていると、風真が後ろから肩を叩いてきた。
「気にするな。本人に悪気はないし実力は申し分ない。と、いうか政繁が不憫なぐらいだ」
「そんなに強いのか?」
予想外の太鼓判に憲護はもう一度、朱羅を見た。
目つきは鋭いが武道に精通しているようには見えない。どちらかと言うとテレビやファッションショーなど華やかな舞台が似合う外見で、政繁に剣道で勝てるだけの実力があるようには思えない。
首を盛大に傾げる憲護の心境を察した風真が声をかける。
「見ていれば分かるよ」
道場中の視線を浴びながら政繁と朱羅が向かいあった。




