ダメだしされる悪役
頭上から降ってきた水を全身に浴び、怒鳴っていた寛鐘は声を失った。
突然ずぶ濡れとなった寛鐘は何が起きたのか理解できていない様子で、呆然と全身に視線を移した。
そこに少年の軽い声が響く。
「悪役っぽいことを言ってくれて良かったー。このまま出番無しかと思ったよ」
いきなり現れた少年に道場にいる全員が注目した。すると、紫依を挟んだ左右に男物の服を着た美少女にしか見えない少年と、妖艶な女性がいた。
妖艶な女性が満足そうに紫依の頭を撫でながら微笑む。
「でも紫依が自分で対処していたことには驚いたわ。ちゃんと、これからのことを考えていてくれたのね」
道場にいる全員からの注目を浴びている二人の姿を見て、風真が額を押さえながら俯く。なんとなく胃も痛み出した気もしたが、そこは無視して風真は声を絞り出すように二人に声をかけた。
「蘭雪、オーブ。何故、このタイミングで出てきたんだい?話が余計ややこしくなるとしか思えないのだが」
「あら。私としては絶好のタイミングだと思ったけど」
「そう、そう。家を抜ける紫依に、このおっさんがどういう脅しをしてくるか楽しみだしな」
「脅しを楽しみとか言うな。……脅し?」
風真が自分で言った言葉に疑問を感じて視線を寛鐘に向ける。
すると寛鐘は水にしては粘り気がある液体を剥がそうと孤軍奮闘していた。一見すると透明でただの水のように見えるが、服に吸収されることなく全身にへばりついており、取ろうとしても、どこまでも伸びていく。
その光景を見て風真が顔をひきつらせながら蘭雪に訊ねた。
「あれ、ただの水ではないのかい?」
「まさか。紫依に手を出そうとしたんだから、ただの水を被せるわけないじゃない」
蘭雪は口角だけを上げて美しい笑みを浮かべた。
だが、風真の背中には悪寒を通り越したツンドラが突き刺さり、先ほど痛み出した胃よりも強い痛みを感じた。
そこにすかさずオーブが忠告をする。
「ちなみに成分は聞かないほうがいいぞ」
「あら、知りたいなら詳しく教えてあげるわよ」
昨日から蘭雪が頻繁に放出している黒い闇が顔を覗かす。そんな蘭雪の様子に風真が慌てて首を横に振った。
「教えてくれなくていい」
「そう。で、このネバネバおじさんは紫依が家を抜けるなら、どんなことをする気なのかしら?」
話を進めようとする蘭雪に寛鐘が顔の周りの粘液を取り払って、ようやく口を開いた。
「待て。まずは、この液体を落としてから話を……」
「却下。そんな時間があるなら紫依を連れて帰るわ」
容赦ない蘭雪の決断に、寛鐘が恨みを込めた視線を向ける。
「そんなことを言っていられるのも今のうちだぞ」
「おー、ますます悪役っぽいセリフ。というか、定番すぎるな。もうちょっと捻りを加えてよ」
勝手に人の言葉を評論するオーブを寛鐘が睨む。
「私には高名な政治家や有力な権力者の知り合いが多くいるのだ。君たちを国外退去処分にして二度と日本に入ってこられないようにすることだって出来るのだぞ」
寛鐘の言葉に、蘭雪は心底残念そうな顔をした。
「それだけ?秘密警察が捕まえるとか、暗殺されるとかじゃないの?」
「な?」
蘭雪の予想外の言葉と表情に寛鐘が唖然とする。そこにオーブが苦笑いをして説明をした。
「平和ボケした日本だと、こんなものなんだよ。まあ、日本人なら一族全員離散させるとか脅すのかもしれないけど、オレたちは外人で親しい人もいないから国外退去で精一杯なんだよ」
「でも、国外退去させた先の国で暗殺したり、その国の秘密警察に捕まえさせたりはしないの?」
「このネバネバおっさんにそこまで広い人脈があるわけないだろ」
「なにそれ。その程度なの?それなのに、まるで権力を持っているかのように、あんなに大きなことを言ったの?話にならないわね」
鼻で笑った蘭雪に対して寛鐘が憤慨する。
「何を言う!紫依がいれば日本はまだまだ大きくなる!そうなれば、私の影響力は世界に広がる!」
そこで今まで黙って成り行きを見守っていた紫依が、不思議そうに首を傾げて訊ねた。
「どうして私が必要なのですか?」
その言葉に寛鐘が飛びかかりそうな勢いで紫依を見る。
「龍神家は年々、力を持って生まれてくる者が少なくなっている。それは全国にある土着の信仰が薄れ、土地神様たちの力が弱くなっているからだ。だからマスコミを使って国民を操作して土地神信仰を復活させる。そして、紫依の力を使って全国の土地神様たちの力を充満させる。そうすれば我々の中にも力を持つものが多く生まれてきて、伊織のような先見が出てくる!そこまでくれば、後は簡単だ。先見が見た未来を利用して政治家を動かしていけば日本は世界に負けない国となる」
力説する寛鐘にオーブが冷めた視線を送る。
「そして自分は影の支配者になる、って?なんか、ありきたりだなぁ。もう一回言うけど、もっと捻りを加えてよ。マンネリ過ぎて面白みがなさすぎる」
話を茶化された寛鐘がオーブに不満をぶつける。
「そもそも、これは伊織がいれば、もっと早く実現したことなのだ!それを、あいつが!」
叫ぶ寛鐘に対して涼やかな声が道場内に響いた。
「あいつ……とは、どなたのことですか?」
その声に全員の視線が道場の入り口に集まった。




