伴侶決定戦
紫依は朝食を食べながら屋敷内に人の気配が少ないことを気にしていた。
姿が見えなくても他の部屋や廊下に人の気配を感じるのだが、今日はその人数が少ない。
しかも、いつもなら一緒に食事を食べる憲護も姿を現さない。
「みなさん、どうされたのでしょう?」
朝食を食べ終えた紫依は人の気配を辿って、足を動かしだした。
少し歩くと、ある一か所から活気と熱気があふれていることを感じて、紫依は軽く首を傾げた。屋敷の人間のほとんどがここに集まっているのだろうと予測できるのだが、その理由が思いつかない。
「……みなさん、朝稽古をされているのでしょうか?」
紫依は稽古をしている人の邪魔にならないように気配を消すと、音もなく道場に入った。
そこで紫依に目に飛び込んできたのは、汗だくの風真が道場の真ん中で木刀を片手に試合をしている姿だった。
風真は最低限の動きで相手から一本を取ると、負けた対戦相手を見ることなく座っている男達に向けて叫んだ。
「次!」
その声に呼応するように次の対戦相手が出てきて試合を始める。そして小気味良く風真が一本を取った。
紫依は風真の気を散らさないように気配を消したまま道場内を移動して、憲護の隣に腰を下ろした。
「兄様はどうして試合をしているのですか?」
突然、現れた紫依に驚いた憲護は言葉を詰まらせたが、どうにか答えた。
「し、紫依?いつの間に……って、それより、どうしてって、この試合の意味を聞いていないのか?」
「何も聞いていませんが。何かあったのですか?」
「あった……と、いうか……確かにあったんだけど……」
言いづらそうな憲護に紫依が無表情のまま軽く首を傾げる。
その無垢な深紅の瞳を見て憲護は何か言おうとしたが、結局は何も言えずに視線を逸らしてポツリと言った。
「み、見ていれば分かる」
「そうですか」
簡単に納得して前を向いた紫依に憲護が視線を向ける。無表情ながらも整った紫依の顔を見て、憲護は少し顔を赤くしたが、慌てて首を左右に振ると前を見た。
風真が鮮やかに次々と一本を取っていく。そして、いつの間にかこの場にいる半数以上の人間が風真に負けていた。
「次!」
風真の声に応える人はおらず周囲の大人たちがざわつき始める。まだ試合をしていない人は想像以上の風真の強さに尻込みをして前に出ていかない。
対戦相手がいないかと思われたその時、そこに一人の青年が立ち上がった。
「お相手、お願いします」
切れ長の黒い瞳に真っ直ぐ伸びた黒髪を一つに結び、背中に流している姿は時代劇に出てくる美剣士のような青年だった。
風真が青年を見て軽く笑う。
「ようやく出てきたか、政繁」
汗を拭って木刀を持ち直す風真に、政繁と呼ばれた青年が鋭い眼差しを風真に向ける。
「相手が弱ったところを叩く。兵法の基本です」
疲労が見える風真に対して政繁が隙なく木刀を構える。
その光景に憲護は歯ぎしりをしたが、隣に座っている紫依は無表情のままその様子を見ていた。
「始め!」
審判の掛け声で二人が打ち合いを始める。
木刀がぶつかり合う音と二人の鋭い足さばきの音が道場内に響く。同等の技量のため試合は長引くかと思われたが、やはり疲労している風真のほうが分は悪かった。
政繁が放った渾身の一撃を風真は受け止めたが、汗で持っていた木刀が滑ったのだ。
手から木刀が滑り落ちた一瞬に政繁が胴を決める。木刀であるため寸止めはしたが勝負はついた。
「一本!」
審判の無情な声が響く。
「……くそっ」
悪態をつきながら睨む風真を政繁が余裕の笑みで見返す。
「これ以上の無理はお体に障りますよ、お兄様」
「お前に兄などと呼ばれる筋合いはない」
風真が落とした木刀を拾いあげる。そこで初めて紫依が道場内にいたことに気が付き、声を掛けようとして悔しそうに視線を逸らした。
「兄様?」
普段と違う風真の様子に紫依が立ち上がろうとしたが、憲護に肩を掴まれて止められた。
「憲護さん?」
振り返る紫依を見ずに憲護が立ち上がる。
「少し、待っていて」
憲護に言われるまま紫依は再びその場に腰を下ろした。
一方の憲護は木刀を掴むとそのまま政繁の前に立った。




