帰郷した兄と裏事情
紫依は集会が終わった後、憲護と共に夕食を食べていた。
これは紫依が隠れ里にいた時からの習慣で、いつもなら憲護の母親である紬もいるのだが、今は病床で臥せっている長の世話をしているため不在だった。
憲護は何か言いたそうにしながらも、紫依と目が合うと速攻で逸らすという不審な態度を夕食中とっていた。
しかし、そんな憲護の態度を紫依は気にすることなく平然と夕食を食べている。二人っきりのため無言が続く。
そんな気まずい雰囲気をどうしようかと憲護が考えていると、慌ただしい足音が響いた。
二人が顔を上げると廊下と部屋を仕切っている障子が勢いよく開けられた。
「紫依!無事か!?」
突然のことに憲護が目を丸くする。一方の紫依は食べ終えた食器をお膳の上に置いて平然と答えた。
「はい。兄様はそんなに慌てて、どうされたのですか?」
いつもと変わらない紫依の態度を確認した風真が盛大に息を吐いた。
「良かった。突然、連れて行かれたと聞いたから心配していたんだ」
「私はなんともありませんよ。ところで、お一人ですか?」
紫依の問いに風真は走ってきたために流れている汗とは別の汗が噴き出してきた。
だが風真は平常心、平常心、と心の中で念じながら、表情を一切変えずに紫依の頭を撫でた。
「今日はいろいろあって疲れただろう?早く休んだらいい。僕は紬叔母様と話をしてくる」
そう言って微笑んだ風真に紫依が軽く頷く。
「わかりました。これを片づけたら休ませてもらいます。憲護さん、先に失礼しますね」
紫依は食器を重ねるとお膳を持って素直に部屋から出て行った。
その後ろ姿を見ながら風真がほっと一息つく。そして、ここに来る前のことを思い出した。
****************
紫依が食事をしていた部屋に入る前、正確には隠れ里に入る前。
風真はオーブと蘭雪とともに森の中にある獣道を歩いて来ていた。
隠れ里には一族の者以外や客人以外の人物による不法な侵入を防ぐために、屋敷を中心に結界が張ってある。力を持つ者が結界に触れた場合は弾かれる上に屋敷に情報が伝達される。
力がない者の場合は遭難者という可能性も考えて弾かれることはない。
本人は結界に触れたということさえ気づかずに山の中を歩き続けるが、その途中で屋敷の人間が偶然を装って声をかける。そして身元調査を行い、近くの人里へ案内するのだ。
以前は相手の力を奪い、動けなくする結界であったが、とある事件があってから変更されたのだ。
そんな結界が張ってある手前まで来たところでオーブが声を出した。
「ここからは別行動をしよう」
「何故だい?」
このまま隠れ里まで一緒に来るものだと思っていた風真は、オーブからの提案に驚いて振り返った。
最後尾を歩いていたオーブが眼下に見える日本家屋を指さす。
「オレは一度、あそこに入って顔が知られているからな。一緒に行ったら余計に警戒される。でも風真だけが行くのは、そこまで警戒されないと思う。あいつらも風真が来ることは予想範囲内だろうし。とりあえず内情を探ってきて欲しい」
「頑張ってね」
そう言うと蘭雪が風真の襟の裏に小さな金属をつけた。
「これは、何だい?」
「盗聴器。服を着替えるときは付け替えてよ。付け外しは簡単に出来るから」
蘭雪が至極当然のように説明をする。それを聞きながら風真は額を押さえた。
「これだと全て筒抜けということだろ?僕のプライバシーはないのかい?」
「そんなもの、あるわけないじゃない」
「ありもしないのか!?」
風真のツッコミに蘭雪が爽やかに笑う。
「あら、普段の生活も盗聴してほしい?お望みとあれば、いたるところに付けてあげるわよ。学校、仕事場、寝室はもちろん、お風呂からトイレまでね」
「笑顔で言うことじゃないだろう。表情と言葉が全然合っていない。それに、そんなことをして何が楽しいんだ?」
「盗聴した内容を本人に聞かせてあげるの。これが意外と恥ずかしい上に、盗聴されているかも、と常に思うと神経がいい感じで磨り減っていくのよ」
「嫌がらせか!?いや、嫌がらせレベルを超えているぞ!」
「で、その嫌がらせをしましょうか?」
蘭雪の良い笑顔に風真が高速で首を横に振る。
「丁重にお断りする。君なら本当に実行出来そうで怖い」
オーブが苦笑いをしながら風真に声をかけた。
「ま、今だけの我慢だ。オレたちは適当に動いているから気にしないでくれ」
「それが一番気になる」
「なら、適当に気にしといてくれ。じゃあな」
オーブは手を振ると蘭雪とともに森の中に姿を消した。
一人残された風真はしばらく呆然としていたが、目的を思い出して両手で頬を叩いた。
「とにかく、紫依に会わないと」
そして風真は一直線に隠れ里へと走り出した。
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嘘を見破れる紫依の反応で、オーブと蘭雪という里に関係のない人間が近くに来ていることを里の人間に知られることを警戒していた風真は、とりあえず第一関門を突破したことに安堵した。
このまま紫依が自室で一晩を過ごせば、少なくとも明日の朝まではオーブと蘭雪の存在には気付かれない。あの二人が里の人間に見つかるという失敗をするとも考えられない。
風真は心の中で小さく気合いを入れた。
「さて、これからが重要だ」
そう呟くと風真は目を丸くしたままこちらを見ている憲護に声をかけた。
「紬叔母様はどこにいる?」
「母様ならお婆様の世話をしているけど……何があったんだ?」
「君には関係ない。食事中に失礼した」
「はい、はい。今日は突然、紫依が帰ってきたかと思うと、風真が駆け込んでくるし騒がしい一日だな」
部屋を出ようとした風真が憲護の言葉に足を止める。
「帰ってきた?」
眉間にしわを寄せて振り返った風真に憲護が頷く。
「そうじゃないのか?大人たちは、みんな帰ってきたって言っていたぞ」
「紫依は?紫依もそう言ったのか?」
「……そういえば紫依は何も言わなかったな。おかえりって言っても無言だったし」
「その意味、もう少し真面目に考えろ」
そう言うと風真は満足そうに部屋から出た。
「紫依と一緒に帰るか」
風真は気合いを入れ直すと、連絡をくれた叔母がいる部屋へと移動した。




