とあるモブの悲劇 その3(モブ……モブキャラクターの略。個々の名前が明かされない群衆のこと)
少年は隣にいる父親の顔を見て絶句した。
厳格で頑固親父と呼ばれている父親が薄らと目に涙をためているのだ。しかも顔は歓喜で震えている。
「お、親父?」
息子がドン引いていることにも気づいていない父親は、涙を堪えるように上を向いた。良く見れば周囲でも年配の男性を中心に同じようなことが起きている。
「なんだ?どうしたんだ?」
周囲の突然の変化に少年だけではなく、若い人たちが戸惑いを見せる。
「伊織様にご息女がおられたとは……」
「え?伊織様?誰?」
少年の疑問に父親はしっかりと前を向いて思い出すように語りだした。
「長の長女にあたる方だ。それは麗しいお方で誰にでも優しく、そして誰よりも先見の力……予知能力に長けておられた。この隠れ里で一生を過ごされると思っていたのに、あの異邦人が……」
最後は怒りで声が震え、両手には握りこぶしが作られている。
「お、親父。ここで怒鳴るなよ。ここはさすがに不味いぞ」
「わかっておる。だが、ご息女がおられたとは。しかも立派に育たれたようで……」
呟くように言って再び涙ぐむ。父親の相手が面倒になった少年はこれ以上の詮索を止めて遠い先にいる少女を見た。
少女はゆっくり振り返ると、寛鐘と女性の中間となる場所に腰を下ろした。
女性がよく響く声で説明を始める。
「ご覧になってお気づきになられた方もいるとは思いますが、彼女は我が姉、伊織の娘です。訳あって分家の方々には存在を明かしておりませんでしたが、この度、晴れてみなさまに紹介することが出来るようになりました」
女性の紹介の後、少女は凛とした姿勢のまま全員の顔を見渡して口を開いた。
「紫依・シェアード・龍神と申します。お見知りおきを」
そう言って優雅に頭を下げる。少年は関心したように呟いた。
「へぇ、ハーフか」
確かに赤い目を見れば日本人以外の血が入っていることは容易に分かる。だが、その名乗りを聞いて周囲がざわついた。
「いまどきハーフなんて珍しくないだろ」
少年が怪訝な顔をしていると、不機嫌な声が前から響いた。
「紫依。おまえは長の直系なのだぞ。そのことを考えての名乗りか?」
声の主は寛鐘だった。自分より二回りは年下の少女に圧力をかける姿は見ていて気持ちいいものではない。少年の中で寛鐘の評価は地に落ちた。
負けるな、美少女!
少年が心の中で応援をしていると、少女はゆっくりと体を寛鐘に向けた。
「私は父様と母様がつけて下さった名前に誇りを持っております。それと同時に自身に流れる血にも誇りを持っております。名を大事にしないということは、自身を疎かにするということ。私は、命懸けで私を救って下さった方々に感謝を表すためにも、自身を大切にすると決めました。ですが、寛鐘おじさまはそんな私に自身を、そして名を疎かにしろと申されるのですか?」
言葉は感情がなく淡々としていたが、強い意思と力が感じとれる。
そのまま少女と寛鐘のにらみ合いに突入するかと思われたか、女性の声が間に入った。
「寛鐘。いくら、あなたが本家の中での年長者とはいえ、紫依は直系なのですよ。出過ぎた意見は控えなさい」
女性の言葉に寛鐘が何かを言おうとして口を閉じる。その姿に少年はほくそ笑んだ。
「生時代劇だな」
スカッと気分が晴れた少年は心の中で女性に拍手喝采を送っていると、女性は少女に微笑んだ。
「紫依、あなたも突然の呼び出しに疲れたでしょう?今日はここまででいいですよ。部屋で休みなさい」
「はい」
少女は軽く一礼をすると、音もなく歩いて和室から出ていった。
姿はないのに、美少女が通ったあとに残り香が漂っているように感じる。そう思ったのは少年だけではなかったようで、周囲の同年代の少年たちが同じような表情をしている。
「綺麗だったなぁ……」
夢見心地で少年が呟いていると、低い声が響いた。
「皆の衆。今回集まって頂いたのは、次の長を決定するためなのだが、一つ問題が発生した。本来であれば長の長女である伊織が次の長になるのだが、不慮の事故にて亡くなっている」
衝撃発言に分家を中心とした後方にいる人々がざわついた。
少年がそっと隣にいる父親に視線を向けると、顔を真っ青にして今にも倒れそうな顔をしている。
寛鐘はざわつきを消すかのように声を大きくした。
「このことについては先見にて予見されていたことだ。誰の責任でもないし、分かっていたことだ。だが、次の長候補となると異邦人の血が混ざった長男ということになる。しかし、この長男は異邦人の父親の仕事を継いで外の世界を頻繁に飛び回っており、里の長としては相応しくない」
その言葉に前方に座っている本家の人たちが強く頷いた。
「そのため、長女である紫依に白羽の矢が立った。だが、紫依も異邦人の血を継いでいる。したがって長は直系である紫依の伴侶となった者になってもらうことに決まった」
この言葉にはさすがに本家の人たちも驚いたようでヒソヒソと会話を始めている。
「あの年で結婚かよ……」
少年は少女が同い年ぐらいに見えた。この年で未来を決められたことに少年が同情していると、前に座っている女性も同じ心境なのか複雑そうな顔をしている。
だが、そんな心境など察する様子もなく寛鐘は演説するように説明を続けた。
「そこで、紫依の伴侶決定戦を明日の朝、行うこととする。決闘方法は簡単だ。未婚の男が剣道で試合を行い、最後まで勝ち残った者が紫依の伴侶となり、長となる」
「つまり勝ち抜き戦か」
少年が他人事のように頷いていると、最後の爆弾が落とされた。
「ちなみに参加権は明日の朝、道場に集まった全員にある」
二十~四十歳の男が多かった理由は少女の伴侶候補として集められた結果だったのだ。
「……マジか?」
少年が思わず自分の頬をつねる。
「痛い。夢じゃない」
明日の朝、道場に行けば自分にも勝ち抜き戦への参加権があることになる。そして勝ち抜けば、あの美少女と結婚できるということだ。
少年は剣道には少し自信があった。と、いうか少しどころではない自信があった。何故なら少年は幼少より剣道をしており、去年は全国大会で三位となった実力者である。
少年は慌てて周囲を見渡した。剣道で実力がある人の顔は知っているが、この中に知った顔はない。
「よっしゃ」
小さくガッツポーズをする少年に父親は憐みの視線を向けていた。
少年の父親が言っていた
「あの異邦人が……」
については「ロリコンのレッテルを貼られるに至った経緯」を読んで頂ければ詳しい状況がわかると思います。




