とあるモブの悲劇 その2(モブ……モブキャラクターの略。個々の名前が明かされない群衆のこと)
夕方になり少年が父親とともに来た部屋は縦長に広い和室だった。途中の襖も全て外され、大勢の人が座っている。
「スゲー。時代劇みたいだ」
例えるなら殿様が出てくる部屋。
少年がそう思ったのは、部屋の一番奥に一段高い場所があり、そこに豪華な座布団が置いてあるからだ。そして、そこにたどり着くまでに見えない道があるかのごとく、和室の中央には誰も座っておらず、自然と通路が出来ていた。そして、全員が着物を着ている。
「おい、立っていないで座れ」
「あ、あぁ」
父親に促されて少年が畳の上に座る。そこは部屋全体でも後方で、だいぶん人で埋まっていた。
少年は人がほとんど座っていない前方を指さして父親に訊ねた。
「あそこは誰が座るんだ?」
「指さすな。あそこは本家の方々の場所だ」
「本家……ねぇ」
少年が呆れ半分で呟く。すると、どこからともなく若い女の子の囁き声が聞こえてきた。
「政繁様はまだかしら?」
「あら、私は憲護様に早くお会いしたいわ」
ここはアイドルのコンサート会場か?
少年はそう思いながら周囲を見回すと、声の主は簡単に見つかった。部屋にいる大半は男だったため若い女の子の姿は目立つからだ。
少年の斜め後ろの二列目に、少年と同い年か少し年上ぐらいの少女だった。服装は巫女装束で長い黒髪を結ばずに垂らしており、なかなか可愛らしく見える。
「巫女服って、あまり見ることないよな。それにしても不思議だよなぁ。顔は普通なんだけど服装マジックなのか、巫女ってだけで数倍可愛く見えるもんな」
そう呟きながら少年は前を向いた。
実はもう少し見ていたかったが、あまり長く眺めていると痴漢や変態と言われる可能性があるので止めたのだ。決して隣に座っている父親の睨みに負けたからではない。
「それにしても男が多いな」
少年は改めて周囲を見ながら呟いた。男と言っても年配や子どもは少なく、少年から上の二十~四十歳ぐらいの年代が多く集まっている。
そこに新しい人たちが現れた。
和室の後ろから入ってきた人たちは中央の道を通って前側に座っていく。その人たちを見ながら後方にいた少女が嬉しそうに囁いた。
「政繁様がいらしたわ」
その言葉に少年が顔を上げると、先ほど父親が挨拶をした部屋にいた青年が道を歩いていた。確かにあの顔立ちならファンの一人や二人いてもおかしくはない。
政繁と呼ばれた青年は堂々と歩いて和室の後方から見て右側の最前列に座った。
「あ、憲護様よ」
次に聞こえた囁き声に少年が視線を通路側に向ける。すると、大きな目をした中性的な顔立ちをした少年が歩いていた。
政繁が静なら、こちらは動。活発な雰囲気がやんちゃな子どもという印象を与える。母性本能をくすぐる弟キャラとしてファンがつきそうである。
憲護と呼ばれた少年は和室の後方から見て左側の最前列に腰を下ろした。偶然か、それとも意図的か、ちょうど政繁と対になる場所だ。
そして父親が挨拶をした寛鐘が通り過ぎた後、最後に女性が歩いてきた。
年齢は三十歳後半ぐらいだろうか。だが、良く見るともっと若くも見えるし、落ち着いた雰囲気はもっと女性を年上のように感じさせる。
少年が女性の年齢を推察していると、寛鐘は右側に、女性は左側に座った。そして誰もいない上座に二人が揃って一礼をした後、全員の方へ向いた。
「みなさん。急な呼び出しにも関わらず、ここまで集まって頂き、ありがとうございます。この度は新しい長の決定について話をしようと思うのですが、その前に紹介したい人がいます」
その声に呼応するように後方の襖が開く音がした。その音に全員の視線が集まる。
そして、全員が絶句した。
そこにいたのは一人の少女だった。その少女も巫女装束を着ているが服装マジックなどではなく、本物の美少女だ。
汚れをしらないかのように清らかな姿はこの地に舞い降りた天女のように輝いている。艶やかな漆黒の髪が歩くたびに揺れて残像を残し、大きな深紅の瞳は一度見たら逸らすことが出来ないほど惹きつけられる。
ただ歩いているだけなのに凛としており所作の一つ一つが心に深く残る。
少女が茫然としている人々の前をまっすぐ歩いていく。
少年は少女が通り過ぎて後ろ姿となったところで我に返り、隣にいる父親を見た。
「なあ、今のは誰……」
そこまで言って少年は信じられない光景を見た。




