とあるモブの悲劇 その1(モブ……モブキャラクターの略。個々の名前が明かされない群衆のこと)
タイトルの通りモブ視点です。
モブですので名前は出てきません。
あと途中で視点が変わります。
周囲には山と木しかない山奥にある日本家屋の前で、少年は父親と二人で立っていた。
今年、高校二年生になった少年は、至って普通のどこにでもいるような外見をしていた。しいて特徴を上げるなら、運動部のため髪を短く切っているところぐらいだろう。
それぐらい普通であった。
その少年は今年四十五歳となった厳格な父親に連れられて来ていた。この場所には初めてきたのだが、道中が大変だった。
先進国と言われている日本で、まともな交通手段がないのだ。電車とバスを乗り継ぎ、最後は舗装さえされていない獣道を歩いて山を越えてきた。
「親父。なんでこんな場所にこんな立派な家があるんだ?」
ロクな道もないのに、どうやって資材を運んだのか不思議になるぐらい立派な屋敷が少年の目の前に建っている。
「龍神家の本家だからな。そこは深く考えるな」
「へい、へい」
少年は慣れた様子で相槌を打つと父親の後ろについて屋敷の中に入っていった。
少年の家は歴史ある神社の家系だ。そして、ここはその神社を収めている総本家らしい。らしい、というのは父親からまともな説明をされていないからである。
朝というか日もまだ出ていない時間から少年は父親に
「本家からの呼び出しだ!」
と、起こされて強制連行されたのだ。あまりに突然のことだったので朝食はおろか顔さえ洗えなかった。
ここに来るまでの道中で何度も父親に質問をしたのだが、当の本人はどこか夢見がちで浮かれており、まともな返事はなかった。普段は威厳をそなえた絶滅危惧種に指定してもおかしくないぐらいの頑固親父なのだが。
そうして訳のわからないまま現在に至っている。ちなみに時間は午後のおやつ時だ。
親子が屋敷に入ると年配の女性が現れて八畳ほどの和室に案内された。
荷物を下ろして少年が座ろうとしたら父親が腕を引っ張った。
「これに着替えろ。休むのは寛鐘様に挨拶をしてからだ」
「ひろかね?誰だよ、そいつ」
「呼び捨てにするな。様を付けろ。あと、早く着替えろ」
「へい、へい」
「返事は、はい、だ。ここではシャキっとしろ」
「……はい」
少年は渋々返事をして渡された服を見た。それは着物だった。
「本当にこれを着るのか?」
「ここでは和装で過ごすことが決まりだ」
「江戸時代かよ」
「いいから早くしろ」
父親は文句を言っている少年を一喝すると自分も素早く着物に着替えた。
「ほら、行くぞ」
「はい」
こうして着替えた少年は父親に連れられて長い廊下を歩いて別の建物まで来ていた。
父親が障子の前に座り、声をかける。
「失礼します。寛鐘様はおられますか?」
「いますよ、どうぞ」
返事をしたのが若い青年ぐらいの声だったことに父親は少し戸惑ったが、意を決したように障子を開けると、そのまま頭を下げた。
「火急の呼び出しにて急ぎ参上いたしました。こちらは不肖の息子です」
まるで時代劇のような展開に少年はとりあえず父親に倣って頭を下げた。その姿に室内にいた青年が声をかける。
「遠いところを、わざわざご足労頂き、ありがとうございます。突然のこと申し訳ないのですが、今回はより多くの方に見届けて頂きたく、急集をかけました。夕刻に集会がありますので、それまで休んで下さい」
「はい」
返事とともに父親が頭を上げる。その様子に少年も頭を上げた。すると部屋の中には二人の人間がいた。
一人は父親より少し年上ぐらいで渋みに溢れた男だった。だが、そこから発せられる威厳というか威圧感が半端ない。絶滅危惧種指定してもおかしくない父親が小さく見えるほどだ。
そして、もう一人は自分より少し年上の青年だった。年齢からして父親と話していたのは、この青年だろう。切れ長の目をしているが端整な顔立ちのため、俳優としてテレビに出ていてもおかしくないほどの美形だ。
そんな二人は、顔立ちと雰囲気がどことなく似ているため、見ただけで親子だということが分かる。
男が無言でいるため父親はこれ以上の話はないと判断して頭を下げた。
「では、失礼します」
そう言うと少年の父親は障子を閉めて、その場から去っていった。
***************
挨拶に来た親子の気配が消えると男は苦々しそうに呟いた。
「権守の若造が失敗しなければ、このような召集も必要なかったのにな」
「まあ、よいではないですか。一族の前で我々の地位を確固たるものにする、お披露目会だと思えば」
青年の言葉に男が頷く。
「そうだな。秘密裏に紫依を隠れ里に連れてこさせ、お前の伴侶にしてから長に報告する予定だったが仕方ない。この計画でも問題はないからな」
「はい。紫依は昔からこういうことには無頓着でしたから、計画は順調に進むでしょう。ただ一つ、兄の風真が気になりますが」
「その対策も考えておる。あいつは自分の力に自信を持っているからな。そこを突けば誘いに簡単にのる。あとは、お前の力次第だがの」
男の視線に応えるように青年が冷めた笑みを浮かべる。
「大丈夫ですよ。計画通り紫依を手に入れて見せましょう」
「うむ」
男は満足そうに頷いた。
****************
和室に帰って、今度こそゆっくりと腰を下ろした少年は父親を睨みながら言った。
「で、さっきのは誰?ここに来た理由をちゃんと教えてくれよ」
父親は少年と同じように畳の上に座ると、重大なことをこっそりと教えるように声を低くして言った。
「先ほどの方は長の弟君のご子息で寛鐘様だ。ここに来た理由は……」
「理由は?」
父親はたっぷり時間を空けて断言した。
「知らん」
少年はこけた。それは吉〇新喜劇並みにこけた。
「知らん、で、こんな山奥に来るな!」
怒りで興奮している息子を父親がなだめる。
「まあ、話は最後まで聞け。確かに理由は知らないが、火急の呼び出しがあった。しかも、そこには長選定に関わること、という一言がそえられていた。つまり、今晩か明日、龍神家の新しい長が決まる、ということだ」
神妙な顔をしている父親に対して少年は興味なさそうに言った。
「ふーん。それで?」
「それで!?おまえ、この歴史的瞬間に立ち会えることを、それで?で、済ますというのか!?」
突然、怒り出した父親に少年は地雷を踏んでしまったのだと理解した。
そこまで怒る理由も、歴史的瞬間という意味もよく分からないが、少年は慌てて頭を下げた。
「悪かった!おれが悪かった!だから、そんな大声で怒鳴るな。ここは他人の家……本家なんだろ?」
少年の本家という言葉に怒りで赤くなっていた父親の顔が正常に戻る。普段なら、このあと二、三回は怒鳴らないと怒りが静まらないのだが、この変化には少年も驚いた。
「そうだな。本家で怒鳴るとは、私もまだまだ、だな」
父親が一人で納得する。その前では少年が脱力していた。
「助かった……」
こうして少年は意味が分からないまま時間を過ごし、夕方に行われる集会とやらに参加させられた。




