混沌の世界
さっさとリビングから出て行った朱羅の行動に対して、オーブが呆れたように肩をすくめた。
「まったく。協調性っていうものはないのかよ? でも、結婚なんて紫依が拒否するだろ。それに、紫依が本気で嫌がったら隠れ里なんて消滅するぞ」
「そこは口八丁で上手くやるつもりなんだよ。約十年、紫依を育てているからな。丸め込めると思っているんだ。紫依は恋愛感情に疎いから、そういうことに対応できるか分からないし」
「疎いどころか、皆無に等しいけどな」
遠くを見て呟くオーブを風真が希望を持って否定する。
「そんなことはないだろう。今までは隠れ里の生活だったから感情が希薄だったけど、こうして普通に生活していれば……」
そこでオーブが風真の首を絞めた。
「普通って、どの口が言うんだ!?お前が余計なことをしすぎたせいで普通の学校生活さえ出来なかったんだぞ!」
かろうじて息が出来るぐらいに首を絞められているため、風真はどうにか声を出した。
「な……なんのことだ?」
「紫依の学力が高すぎて普通に学校生活が送れなかったんだよ!お前は一体どれだけの教材を隠れ里に持っていって、紫依に勉強させていたんだ!」
「た、高すぎって……あれぐらい普通だろ?」
オーブは風真から手を放して床に両手をついた。
「ダメだ。こいつも普通じゃなかった」
風真は朱羅と同じレベルの大学に通えるぐらい学力が高い上に、学生生活をしながら父親の仕事の手伝いもこなしている。普通なら、どちらか一つで手一杯になるところを平然と二つともこなしているのだ。
そのことに気が付いたオーブは風真が座っているソファーの影に隠れるように座り込んだ。
「……オレ、普通が分からなくなってきた」
そう言ってオーブが落ち込む。
言葉使いで忘れがちだが、今のオーブは長い金髪に女子生徒の制服を着ており、外見だけは美少女だ。そんなオーブが両手で顔を覆って嘆いている姿は、中身が少年と分かっていても可憐な少女を泣かせてしまったような罪悪感に苛まれる。
風真は焦りを感じながら助けを求めて蘭雪を見た。
「何、僕が悪いの?蘭雪、どうしたら……」
と、風真が視線を移した先には平穏なリビングの風景はなく、暗い闇の世界へと変貌しかけていた。
「……水責めと氷責め、どちらが良いかしら?あ、炎で炙るのも良いわね。どちらにしても意識は失わせずに、生かさず殺さずで……あ、でも手足は封じておく必要があるから最初に切り落として……ふっふっふっ……」
闇を放出しながら猟奇殺人を構想している蘭雪に風真の声は届かない。一直線に自分の思考に浸っている。
美少女の姿をした少年がジメジメとした空気を纏っている一方で、美女が闇を放出するという、混沌を極めたリビング。
そんな中で一人だけ正常な状態でいる風真は思わず頭を抱えた。
「これ、どう収拾つけたらいいんだ?」
そこにリビングのドアノブが動いた。
「!?」
風真は天の助けとばかりにドアに注目する。この状況を打破してくれる者の登場を待っていると、髪を茶色から元の銀髪に戻した朱羅が顔を出した。
「出かけてくる」
混沌とした室内を見ても平然と言うことだけを言って出て行こうとする朱羅を風真が慌てて止める。
「待ってくれ!これをどうしかしてくれ!」
風真の懇願も朱羅があっさりと切り捨てる。
「ほっといて自分のするべきことをしたらいい」
「な!?おい!」
風真の叫びを無視して朱羅が立ち去る。
「自分のするべきことって……この状況で出来るわけないだろ」
額を押さえて俯く風真の後ろから平然とした声が響いた。
「あら、珍しい。朱羅がちょっと焦っていたわよ」
「あぁ。あまり余裕がなかったな。とりあえず、こっちも動くか」
「えぇ。じゃあ、十分後に隠れ里に向けて出発ね」
「了解」
混沌としていた雰囲気が嘘のように、二人が爽やかに打ち合わせをしてリビングから出て行く。その、あまりの変わりように風真は声さえかけられずに茫然と立ちすくんでいた。
「……あれは、なんだったんだ?」
風真が幻を見たのかと自問自答しながらも、どうにか立ち直りかけた頃。服を着替えて少年の姿となったオーブと、特に変わった様子のない蘭雪がピッタリ十分後にリビングに現れた。
「じゃあ、一緒に行こうか」
オーブが良い笑顔で風真の肩に手を置く。だが風真は素早くその手から逃れた。
「嫌な予感しかしないから拒否する」
断言する風真の背後から闇が触手のように伸びてくる。今まで感じたことのない悪寒が背中を走った。
三度目の石化をした風真を妖艶な声が包む。
「一緒に行くわよね?」
動きを封じられた風真はそのままオーブに引きずられて隠れ里へと連行された。




