襲撃
見晴らしの良い草原の中に建つ小さな家。
それは周囲から近づく人や物があればすぐに分かる立地でもあった。周囲に人工の建造物は見られず、隣の家に行くにしても車で三十分はかかる。
それだけ人里から離れ、隔絶された空間であったのにも関わらず、その時は前触れなく突然訪れた。
いつものように草原を散歩していた紫依の目の前に突如、白髪で白い服を着た青年が現れたのだ。
白一色で染まった姿は天使のように汚れなく凛としており、絵本で見た聖騎士を連想させる。
青年は紫依を見ると微笑みを浮かべて手を伸ばしてきた。
「探しましたよ」
青年の表情は天使のように優しそうなのだが、紫依の足は自然と後ろに下がっていた。初めて会う青年なのだが、本能が危険だと告げている。
後ずさる紫依に青年は微笑んだまま和やかに言った。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。痛くないように殺してあげますから」
穏やかな表情ゆえに、言葉の意味が重く圧し掛かる。
紫依は逃げようとしたが体が固まったように動かなかった。
青年がいつの間にか右手に持っていた大剣を振り上げる。
「……いや」
紫依がかろうじて声を出すが小さすぎて風にかき消される。大剣が太陽の光を弾いて紫依の目前に迫った時、伊織が飛び出してきた。
「母様!」
目の前で伊織が斬られた姿を見て、紫依の力が巨大な竜巻となって爆発した。
突然、草原に現れた竜巻で異常事態を悟ったクリストファーと風真は、すぐに伊織と紫依の元へと駆け付けた。だが、そこには伊織と紫依が倒れているだけで、犯人につながるような痕跡は一切なかった。
「守り……きれなかったか」
意を決したクリストファーは約束通り紫依を伊織の故郷である隠れ里へと連れて行った。
日本の山奥にある隠れ里は、里と名乗っているが一軒の大きな日本家屋があるだけで、周囲には舗装された道さえない場所にあった。
そんな辺鄙な場所にある隠れ里には、普通の人とは違う力を持った人間、その中でも選りすぐりの人間が集まり、日々鍛錬を積んで自分の能力を伸ばしていた。
隠れ里にある屋敷に連れて来られる間、ずっと紫依は眠っていた。まるで起きることを現実を知ることを拒否するかのように。
そして紫依が目を覚ました時には、立派な大木で作られた柱と天井と、四方を松と孔雀が描かれた襖で囲まれていた部屋にいた。
「父様?母様?兄様?」
自分の発した声が小さく響いたが返事はない。重厚感がある和室は幼い紫依をより一層不安にさせる。
誰もいない心細さから紫依は布団からそっと出て近くの襖に手を伸ばした。
すると、その先から微かな声が聞こえてきた。
「すみません。私では守りきれませんでした」
「……父様?」
いつもの穏やかな姿からは想像できないクリストファーの切迫した声を聞いて、紫依は襖を開けようとしていた手を止めた。
そこに老齢の女性の声が響く。
「こうなることは分かっていたことです。あの子の母親、伊織が先見の力で予見していた通りになっただけのこと。ですが、大事なのはこれからです。来るべき時がくるまで、あの子を……神の依り代である紫依を守りぬく。それが、この世界の命運を握ることになります」
「はい。そのために私は二度とこの地に足を踏み入れません。私がここに来れば紫依が生きて、ここにいることが知られてしまう可能性があります。伊織が自分の命と引き換えに紫依を守り抜いたのです。私は私が出来る方法で紫依を守り抜きます」
クリストファーの言葉に紫依は腰が抜けたように、その場に座り込んだ。
「命……母様……」
現実に直面した紫依は気を失ってその場に倒れた。




