密計
少し長いです。
穏やかなお茶の時間が終わりかけた頃、クリストファーは時計を見て子どもたちに声をかけた。
「そろそろ勉強の時間になるよ。二人とも今日は何をするんだい?」
その言葉に風真がクッキーを食べていた手を止めて答える。
「数学と歴史をします」
はっきりと言った風真に対してクリストファーが少し顔を曇らす。
「数学と歴史が好きなのは良いけど、そればっかりだと他の勉強が進まないよ。文学や音楽の勉強もしないと」
「……わかりました。今日は数学と文学にします」
外見の年齢には似合わない表情で渋々と了承する風真とは対照的に、紫依が可愛らしい笑顔でクリストファーに話しかける。
「私は本が読みたいです。あと植物の勉強もしたいです」
「それは良いね。二人とも教科書を持ってきて始めなさい」
『はい』
子ども達が軽い足音を響かせながらリビングから出ていく。その後ろ姿を見送った後、伊織は静かにお茶のカップや皿を重ねた。
「手伝うよ」
そう言って手を出してきたクリストファーを伊織が止める。
「それより綺羅さんとお話しがあるのでしょう?そちらを進めて下さい」
伊織の言葉に綺羅が思い出したように翡翠の瞳を丸くする。
「あ、そうだった。すっかり忘れていた」
思い出したようにボストンバックを漁る綺羅の頭をクリストファーが叩く。
「君の頭は鶏か!いや、それだと鶏に失礼だな。ミジンコにしておこう」
「え?おれ、微生物?でも生き物なだけマシか。生きていれば進化できるもんね」
「ミジンコが進化しても所詮はミジンコだからな。君の前向きも、ここまでくると殺意を通り越して呆れるな」
「いやぁ~」
照れたように笑う綺羅にクリストファーが踏みつける。そんな見慣れた光景を眺めながら伊織は食器を洗うためにキッチンへと歩いて行った。
リビングに二人っきりになったところでクリストファーが綺羅から足をどける。
「褒めていないからな。で、何を持ってきたんだい?」
「あ、そうそう。これなんだけど」
綺羅はボストンバックから取り出した書類をクリストファーに渡した。
「とりあえず、ご要望の物を持ってきたよ。軍に採用される前の超最新技術の塊りだから。使用方法や注意事項なんかの詳細はそこに書いてあるよ」
クリストファーは綺羅から書類を受け取ると、パラパラと軽く見た。
「あと、ご要望通りの施設も完成したよ。スタッフもそろったから、来月から稼働開始する予定。施設の内容もそれに書いてあるから」
「もう完成したのか?」
クリストファーが思わず書類をめくっていた手を止める。自分でもかなりの無茶を要求した自覚はあったのだ。
しかし、綺羅は何でもないことのように答えた。
「もともとアクセリナから世界各地に造っておくように言われていたからね。下準備は整えていたんだ。あとはクリフの要望を取り入れて完成させただけ」
綺羅の言葉にクリストファーが呆れたようにため息を吐いた。
「相変わらず仕事となると早いな。その手際と要領の良さを私生活で出そうとは思わないのかい?」
綺羅が抗議するように唇を尖らす。
「えー、だって面倒じゃん」
「そこに殺意を覚えるんだ。それにしても世界各地にとは……全ては子どものためか」
「そう。アクセリナが絶対に必要になるって、朱羅のためにいろいろ動いていたからね。おれは、それを引き継いでいるだけ」
「……アクセリナの容体はどうなんだい?」
クリストファーの質問に綺羅は一呼吸置いて軽く笑った。
「あまり変わりない。目は開けていても、こっちからの呼びかけに反応はない。でもアクセリナが視ていた未来よりずっと良いよ」
「そのことだが……アクセリナはどのような未来を視ていたんだい?」
今更な質問に綺羅が首を傾げる。
「え?アクセリナが死ぬ未来だけど」
「そうではなく、もっと具体的にどのような場面でどのように死ぬのか、ということだ」
「あぁ……あんまり聞きたくなかったから詳しくは聞いていないけど……建物か何かが崩れて、それの下敷きになるって言っていたな。で、血がたくさん流れていたって」
「で、実際は?」
「飛行機が墜落して潰れた機体の中で朱羅に覆いかぶさっていた」
「その状況だけ見れば、建物か何かが崩れた場面にも見えるな」
「でも血は流れていなかったぞ。アクセリナは無傷だったから」
「他に搭乗していた人は?その人間の血という可能性はないのか?」
クリストファーの指摘に綺羅が顎に手を置く。
「そう言えば朱羅が、レイラが庇ってくれたおかげで助かった、と言っていたな。上から突き刺さった鉄材がレイラの体で止まっていた、と」
「レイラって誰だい?」
「アクセリナの護衛だよ。そういえばアクセリナは彼女の血を浴びていたな」
「その血を自分の血と思ったか、それとも……」
そう言って考え込むクリストファーに綺羅が軽い声で訊ねる。
「そういえば伊織ちゃんは、どんな未来を視ているんだい?」
その言葉にクリストファーの深紅の瞳が鋭くなる。目線だけで相手を射殺すような迫力だが、綺羅は気付くことなくいつもの軽い笑みを浮かべている。
クリストファーは自分が振った話題のため、軽くため息を吐いて答えた。
「紫依を庇って斬られる。その後、私が紫依を隠れ里に連れて行き、伊織が死んだ報告をする。そして、紫依は母親が死んだと言われて隠れ里で育つ。この三つだ」
「それなら、やっぱり今からでも紫依ちゃんは朱羅と行動した方が良いよ!そうしたら未来は大きく変えられるだろ?」
「いや、伊織曰く先見が視た未来は絶対だそうだ。どんなに変えようとしても、何かの力で補正が入り、その未来が訪れる。人が必ず死ぬように、結末は決まっているそうだ」
「つまり、どんなことをしても伊織ちゃんが斬られる未来は決まっているってこと?」
「そうなる」
クリストファーの達観したかのような言い方に綺羅が喰いかかる。
「それで諦めるの!?結末なんて変えればいいだろ!」
「変えられないものを無理に変えようとすれば歪みが生じる。それでは計画が崩れる」
不敵に微笑むクリストファーを見て綺羅が一歩離れる。
「諦めてないんだ」
「当然。でなければ、私が君に頭を下げて要望をすることなど一生なかったことだ」
「そうだね。あの時はクリフが珍しいことを言ったから、その後で天気が荒れに荒れてヒョウまで降る嵐が来たよね」
そう言って綺羅が窓の外を眺める。すると外では大粒の雨と雷が落ちた。
「あー、嵐がきちゃったよ。この天気だとセスナが飛ばせないから、しばらく帰れないな」
「どうせ通り雨だ。それよりバックの中身を貰っていくよ」
「どうぞ。でも、おれ夕方から会議があるんだよなぁ。遅刻したら秘書に怒られるから、それだけは嫌なんだけど」
ブツブツと言いながら外を眺める綺羅を放置して、クリストファーがバックから荷物を取り出す。
そこに教科書を持った風真と紫依がリビングに入って来た。
クリストファーは綺羅を指さしながら子どもたちに言った。
「私は伊織と大切な話をしてくるから、わからないところは綺羅に聞きなさい」
『はい』
「え?ちょっと、なに、それ?」
戸惑う綺羅にクリストファーが満面の笑みを浮かべる。
「どうせ帰れないんだ。雨宿りをさせてあげるから、その間に子どもたちの勉強を見るぐらい良いだろう?あと、変なことを教えたら……」
にっこりと無言になったクリストファーに綺羅が素早く首を縦に振る。
「わかった。ちゃんと家庭教師をするよ」
「じゃあ、任せたよ」
そう言うとクリストファーはキッチンにいる伊織のところへと行った。
その後、勉強会は教え方が意外と上手だった綺羅によって楽しく進み、大雨は夕方には止んだ。
澄み渡る青空とは反対に綺羅は半泣き状態で時計を見ながら
「秘書に怒られる」
と、急いで帰っていった。
それから草原にある小さな家に客人が来ることはなく表面上は平穏な日々が続いていた。
この一年後に紫依の人生を変える事件が起こることなど、まったく感じさせずに。
綺羅とクリストファーは「世界中で鬼ごっこ」「ロリコンのレッテルを貼られるに至った経緯」でも出てきます。
「世界中で鬼ごっこ」は綺羅とアクセリナの出会いがメインでクリストファーは出てきません。
「ロリコン~」はクリストファーと伊織の出会いがメインですが、綺羅も出てきます。
興味を持たれた方は是非、読んでみて下さい。




