鬼ごっこ
オーブと蘭雪が保健室に入ると、朱羅が紫依を抱きかかえたままベッドに座っていた。
「調子はどうだ?」
オーブの問いに朱羅が首を横に振る。
「母親がルシファーに殺された時の記憶を突然思い出したせいで、現在と過去の記憶が混同したようだ。とりあえずは眠ったが……離さないんだ」
そう言った朱羅の視線の先では、紫依が朱羅の制服をしっかりと掴んでいた。
その姿を見て蘭雪が軽く吹き出す。
「可愛いじゃない。紫依が起きるまで、そのままでいなさい」
「朝まで起きなかったら?」
「朝まで、そのままよ」
当然のように言う蘭雪に朱羅が頭を抱える。
「せめて、この服をどうにかしてほしいのだが」
そう言って朱羅は紫依を包んでいる真っ赤なドレスを見た。
豪華に作られた真っ赤なドレスはその形を維持するためにワイヤーが入っており、休むにはとても邪魔になる。
「じゃあ、脱がせば?」
これまた当然のように言う蘭雪に朱羅はため息を吐いた。
「分かっていてワザと言っているだろう?」
睨んできた翡翠の瞳を蘭雪が軽くかわす。
「なんのことかしら?朱羅が出来ないなら、オーブがすれば?こういうドレスの構造はよく知っているでしょ?」
話を振られたオーブが盛大に吠える。
「こんな恰好しているけど、オレは男だ!ドレスの構造は知っているが、オレが紫依の服を脱がせたら犯罪だろ!」
「あら、その外見なら問題ないわよ」
そう言いながら蘭雪がオーブの頭から足の先まで見る。
長い金髪のカツラを着用して女子生徒の制服を着ているオーブはどう見ても可憐な美少女だ。
「そういう問題じゃねぇ!」
外見には似合わない口調で怒りを表すオーブに、蘭雪が残念そうに首を横に振る。
「それじゃあ、せっかくの美少女が台無しじゃない」
「誰がそうさせているんだ!」
止まらない二人の会話に朱羅がふと口を挟んだ。
「蘭雪が脱がせばいいのではないか?」
その言葉に言い合いをしていた二人の視線が同時に朱羅に向けられる。だが、二人が持つ視線の意味はまったく違うものだった。
「……お前、本当にそれでいいのか?」
気の毒そうな、どこか憐みが入ったオーブの視線に対して、蘭雪の瞳が嬉々と輝く。
「そうよね。そうすれば、良かったのよ。どうして、もっと早く気が付かなかったのかしら」
軽い足取りで蘭雪が紫依に近づいていく。紫依と同性であるはずなのに、オーブや朱羅より紫依を見る目が怪しい。
朱羅は反射的に紫依の体を蘭雪から遠ざけた。
「いや、やはりこのままでいい」
「遠慮しなくていいわよ」
「遠慮はしていない」
真っ直ぐ伸びてくる蘭雪の手を避けるように、朱羅が紫依を抱きかかえたまま立ち上がる。
「このままでいいと言っているだろ」
「いいから、脱がさせなさい」
滑らかに指を動かす蘭雪に朱羅の表情が固まる。
「絶対にさせない」
「出来るかしら?」
不敵に笑う蘭雪と真剣な表情の朱羅がにらみ合う。ちなみに紫依は朱羅の腕の中で熟睡中だ。
そんな異様な光景をオーブは湯呑に淹れたお茶の飲みながら観戦していた。
「だから、オレはあえて言わなかったのに」
そう言ってお茶をすするオーブの目の前では、狭い保健室の中で朱羅と蘭雪の鬼ごっこが始まっていた。
「同性なんだから、私が服を脱がせても紫依は傷つかないわよ」
蘭雪が紫依を奪おうと攻撃をするが、朱羅が素早い動きでかわす。
「同性でも紫依の精神衛生に悪い」
「少しぐらい良いじゃない」
「少しも良くない」
「心が狭い男は嫌われるわよ」
「これは、そういう問題ではない」
言葉の応酬と並行して鬼ごっこも過熱していく。
本来であれば朱羅の方が実力は上なのだが、紫依を抱えているというハンデがあるため力は拮抗していた。
蘭雪が素早く繰り出す技を朱羅が全て寸前で避けきっている。薬品棚やベッド、身長計や体重計を見事に避けながら逃げ回る朱羅を蘭雪が容赦なく追いつめていく。
「これだけ激しく動いているのに起きない紫依もすごいよなぁ。それとも朱羅が振動を与えないようにしているのか?」
オーブは感心しながら湯呑に二杯目のお茶を淹れた。




