学校生活~保健室編~(前編)
一人の少女が早足で廊下を歩いていた。
廊下で談笑している生徒たちが、その足音を聞いて自然と道を開ける。そして、そこを通り過ぎる少女の姿を確認すると同時に瞳は羨望の眼差しとなり、口からは無意識に感嘆の溜息が漏れていた。
だが、当の少女は生徒たちの態度に興味を示すことなく、ただひたすら目的地を目指していた。
「シツレイ、します」
片言の日本語で目的地のドアを開けた少女は後ろ手でドアを閉めると、この部屋の主に飛びかかった。
「お前は学校で何をしているんだ?!」
先ほどのたどたどしい日本語が嘘のように流暢な日本語で叫ぶ。
一方の叫ばれた相手は足を組んで、ゆったりと椅子に座ったまま小首を傾げた。
「なんのこと?」
ウェーブがかかった黒髪が艶めかしく首筋にかかる。銀縁の眼鏡の下にある黒い瞳が妖艶に輝き、魅惑的な赤い唇から色香が漂う。
同性でも顔を赤くしてしまいそうなほどの艶めかしい姿に、飛び込んできた少女はガックリと項垂れた。
「学校で無駄に色気を振りまくな」
「別に振りまいてないわ、普通よ。それより、何かあったの?」
蘭雪の問いにオーブはガバッと起き上がった。
「お前が何かしたんだろ!なんだ、あの噂は!?」
「噂?」
本当に知らない様子の蘭雪にオーブが大きな瞳をますます大きくする。
「知らないのか?」
「だから、なにがあったのよ?」
「お前が保健室で男子学生を襲ったっていう噂」
突拍子のない言葉の内容に、蘭雪がかけていた銀縁の眼鏡がずれた。
「は?何が、どうなって、そういう話しになったのよ?」
「それは、こっちが聞きたい」
そう言うとオーブは近くにあった椅子に座って質問を始めた。
「数日前、ここに太った男子生徒が足を怪我して来なかったか?」
「来たわ」
「その時、お前は何て言った?」
「上着を脱いで寝ろって言ったわ」
「それだー!」
オーブが立ち上がって蘭雪を指さす。
「そう言った後、そいつの付き添いで来ていた奴らを保険室から、さっさと追い出しただろ」
「えぇ。邪魔だから出て行けって追い出したわ」
「それで余計に変な憶測までついて噂が流れたんだよ」
全てを悟ったオーブは力が抜けたように椅子に座った。
「で、どういう噂が流れているのかしら?」
質問が終わったと判断した蘭雪が訊ねると、オーブはため息を吐きながら説明をした。
「足の怪我なのに上着を脱いでベッドに寝ろなんて、どう考えてもおかしいだろ?しかも、その太った男子学生は、保健室から出た後、誰にも会わずにひっそりと家に帰ってから、一度も学校に来ていない。そこで、その太った男子生徒は保険医に襲われて傷心したため不登校になったという噂が流れているんだよ」
オーブの説明に蘭雪が納得したように両手を叩いた。
「あぁ、それで最近、鼻息を荒くした男子生徒が来るようになったのね。自分も襲ってもらおうと考えて」
「納得するな!」
「まったく。現実であるわけないことを夢見てやってくるなんて、これも若気のいたりって言うのかしら」
論点がずれている蘭雪にオーブが再びため息を吐く。
「で、実際は何があったんだ?」
「一目見て血流がおかしいのが分かったから、診察して病院に行くように勧めただけよ。あ、足の怪我はひねっただけだったから固定したけど」
「水が操れるお前なら、体の血流が悪いのも分かるだろうけど、それを学校でするなよ」
「あの時に処置しておかないと、学校で倒れられたら面倒だと思ったのよ。救急車なんか呼んだら、私が一緒に病院に行かないといけなくなるじゃない」
「救急車を呼ばないといけない事態になるような病気だったのか?」
「そうよ。すぐ処置しないと、いつ心臓が止まるか分からなかったもの。次の日から学校に来ていないのは処置のために病院に入院したからでしょうね」
蘭雪の言葉にオーブは額を押さえて俯いた。
「えっと……どうして心臓が止まるような事態になるんだ?」
「心臓の血管が狭窄を起こしていたの。実際に何回か狭心症発作を起こしていたみたいだし。ただ、本人は食べ過ぎで胃が痛くなっていると思っていたみたい。能天気な頭よね」
「何で心臓なのに胃と勘違いするんだ?そもそも狭心症って高校生がなるような病気じゃないだろ」
「あら、心臓の痛みを胃の痛みと勘違いする症例は少なくないわよ。狭心症も、あの男子生徒の場合は生まれつき心臓の血管が細かった上に、あの体型になるような食生活をしていたんだから血管の中もゴミだらけよ」
オーブは真相を聞きだして深く三度目のため息を吐いた。
「さて、この噂をどう揉み消すかなぁ……」
「あら、簡単よ。こうすれば、いいわ」
そう言うと蘭雪は妖艶な微笑みを浮かべて、オーブに手を伸ばした。




