第1章 4
カイリア村は、「不戦の約定」が結ばれている地だと、村の子どもたちに長老が何度も言ってきかせる。通常なら、アデンタにも、ナラールにも何ら介入を受けないということだ。それは同時に、両方からの物資も入らないことを示す。食糧、衣料は勿論、薬も村の外からはなかなか手に入らない。
トーマの母親が病で床に伏したのは、トーマが三歳の時だった。トーマの家には父親はいない。その時から、一家の収入源は長姉のハンナが仕立てる服、次姉のターシャが作るジャムになった。トーマも何かしようとするが、その度にハンナに、
「いいのよ、トーマは何もしなくて」
と言われる。自分だけ働かなくて良い理由を尋ねても、困ったように微笑むだけだ。ハンナは、トーマが父親について尋ねても同じような反応をする。そのうちトーマは、自分の仕事は母親を元気づけること、父親は気になるがいずれ自分で調べれば良い、と考え、幼馴染のリリーと遊び回るようになった。
薬が手に入らないカイリア村では治る病も治り難い。トーマの母親は日に日に弱っていき、始めは気分が悪い時に寝ているだけだったのが最近では常に横になっている。子猫を撫で、そのまま眠ってしまった母親の上から子猫をそっと抱き寄せ静かに部屋から出た。