私のための私による私会議
「はい、それでは『私会議』を始めます」
私の言葉とともに、真っ暗だった室内に明かりが点く。
小屋くらいのドアがないその空間に置かれているのは、大きめの円卓。
ぐるりと囲むように座っているのは、私を入れて5人の女性。
年齢も背格好もバラバラだけど、共通している事がひとつ。
それは、全部『私』だという事。
「あら、若いわね、私。前も会ったかしら? お隣世界の『私』よ」
ひらひらと手を振る、お姉さんの私。
「うえー、23とかおばさんじゃん。てか、いくら会うのが自分だからってすっぴんはどうよ。てか何その格好? ゲームとか漫画みたいな・・・・・・いい年してオタクでコスプレ?」
制服を着て片手には携帯。多分パラレルの『私』・・・・・・確か、あの格好は『女子高生』だったかな?
「ちょっとアンタ! 若いからって調子乗ってるんじゃないわよ! 親と年長者は大事にしないとダメでしょ本当にもうこの子は! ね、アンタ! 服ならしまむら行き
なさい、しまむら! 安いし格好良いわよ!」
あんまり見たくはないが、50代位のおばさんな『私』
「ケンカ、ダメ、ヤメル。ヨクナイ」
胸と腰に布を張り付け、お手製らしき槍と、鮮やかな色の鳥の羽で出来た頭飾りをつけたわた・・・・・・『私』?
「・・・・・・えー、はい。召集に応じてくれた皆、ありがとうね。初めての人はいない様だから早速本題に入ってもいいかな?」
「えー、あたしこの前彼氏といるところから急に呼び出されて、ぜんっぜん説明もないまま多数決で終わりだったんだけどー」
携帯から視線は逸らさぬまま、生意気な『私』が言う。
ああ、殴りてえ・・・・・・。
「えーっと、じゃあ簡単に説明するね? 『私』は相談役として、色んな世界と時代の自分自身を呼び出す事が出来るの。何でも、昔巫女だったご先祖様の名残という事で」
この説明も、他の『私』からの受け売りだが。
初めて呼ばれた時の『私』からの。
ああ、そういえばその子から学校の事や、制服、携帯とか色々教えてもらったなあ。
「えー、何それ超めんどい。自分の事くらい自分で解決しなさいよ」
こ、この小娘・・・・・・いやいや抑えろ私。
「良いじゃないの! 困ったときはお互い様でしょアンタ!」
「ナカマ、タスケル。ダイジ」
と、おばちゃんな『私』と部族っぽい『私』が助け舟を出してくれる。
「ふふ、その通りよ? それに、ここに呼ばれたあなたも、これからは使える力なんだから。今協力しておいて損はないと思うけどね?」
とは言え、制限はあるんだけど。とお姉さんの『私』が付け加えた。
「制限? 何それ」
やっと携帯から視線を上げる小娘の『私』
「ええっとね。『自分の過去世界の私がいた場合、未来を明かしてはならない』っていうのと、『直接解決じゃなくて、参考意見しか聞けない』っていう事かな」
思い出しながら、説明する。
「はあ、何それ? 何か意味なくない? てか、2つ目が意味わかんないし」
「まあ、本質が自問自答だからなのよねえ。ぼんやりとしか話せないというか。たとえば恋愛の悩みとかだと、『アタックの仕方』くらいしか相談できないのよ。
相手が妻子持ちとかバツ2だとかギャンブル好きで破産寸前だけど好きとかは、言いたくても言えないの」
何かさらっと色々聞こえた気がするけど、聞いてない聞いてない。
「ふーん、まあいいや。んじゃちゃっちゃと終わらせてよね。友達待たせてるんだから」
「言われなくてもそのつもりよ。私だって緊急事態なんですからね」
軽くにらんで深呼吸をひとつ。
「ええとね・・・・・・まあ、恋愛の悩みなんだけど・・・・・・」
「あらやだ、当たっちゃった」
「あらそーなの!? 若いっていいわねぇ~!」
「ふーん、何だコイバナなら早く言いなさいよね!」
「オトコ、シトメル! シトメル!」
ニヤニヤしながらの、それぞれの反応が返る。
うう、いくら自分とは言え、話すのは照れる・・・・・・。
「んで、んで? 相手どんな男? 格好良い?」
「こらこら、詳しくは話せないのよ。それで、アタックの仕方、で良いのかしら?」
ひとつ頷く。
「何ていうか、幼馴染でずっと一緒に色々してきたんだけど、今やってる事が終わったら離れ離れになっちゃうかもしれなくて・・・・・・」
そうなのだ。
結果がどうあれ、今やっていることが終われば、関係性は変わる。
彼も私も変わってしまって、今のようにはもう戻れないだろう。
その出来事が過ぎて、変わるのを待つだけは嫌だ。
でも、一歩を踏み出す勇気なんてない。
・・・・・・彼の隣にいる私に、『勇気』が無いなんて、笑い話にすらならないけれど。
「や~だもう! 甘酸っぱいじゃないの可愛いわねえ! アタシとお父さんの時を思い出すわ!」
「オトメ! オトメ!」
はしゃぐ『私』と、槍を構えて上下に飛ぶ『私』。
「あー、分かるマジ分かる。てかこないだユウコもそれで悩んでたわ」
「うーん、分かっちゃう辺りはやっぱり『私』なのねえ」
深く頷く二人の『私』。
ああ、こういう所は、この『私会議』をして良かったなと思う。
「・・・・・・ま、でもさ。だったらあたしら言う事もう分かってんじゃないの?」
笑いながら、小娘の『私』。
「え?」
「そうね。そこだけは多分変わらないわ」
微笑みながら、お姉さんの『私』。
「当たってみなさいな! 大丈夫砕けやしないわよ! きっと向こうもアンタが好きよ? うちのお父さんがそうだったんだからね!」
からから笑いながら、おばさんの『私』。
「で、でもそんな急に・・・・・・」
・・・・・・正直言うと、自分でもそうは思ってたけど!
怖いながらも、実際はそれしかない。
「・・・・・・オマエ、ワタシ、オナジ! タタカウヤツ! ワカル! ワカル!」
その言葉に、はっと顔を上げる。
槍を構えて不適に笑う『私』が、ゆっくり頷いた。
・・・・・・そうだ。
彼の役に立ちたくてついてきたけど、隣にいるには、『勇気』が必要なんだ。
彼に見合うだけの、『勇気』。
ついさっきまでの自分は、ただ怖がっていたけど・・・・・・。
今、なら。
「・・・・・・皆、ありがとう」
『私』達に一礼する。
「あらあらそんな。あなたは、うまくやりなさいよね?」
「まー、大丈夫だって。すっぴんでオタク趣味でも、『アタシ』だしね!」
「まずは料理よ! 胃袋掴んじゃえばね、男は簡単なんだから!」
「シトメル! シトメル! シアワセ! シアワセ!」
「ちょ、もう、分かったって!」
今度は顔を上げて、『私』達と笑いあう。
と、
「あら・・・・・・今回はここまでかしら」
部屋の明かりが、ゆっくりと暗くなっていく。
退出の合図だ。
明かりが完全に消えた時、皆元の世界に戻る。
「・・・・・・皆。本当にありがとう。次会えるかは分からないけど・・・・・・」
「生きてりゃそのうち会えるわよ! じゃあね、野菜を食べるのよ!」
「ま、頑張りなよ、『アタシ』!」
「お幸せにね~」
「ガンバレ!」
明るくて大きい声の『私』、
最後まで生意気な『私』、
色々背負った『私』、
別世界の、でも同じ戦う『私』。
「うん…・・・ありがとう、さよなら!」
『私』達に見送られて、部屋の明かりが完全に消え、て、
・
・
・
・
「――っおい! 大丈夫か!?」
彼の声で、目が覚めた。
どうやら、立ったまま『会議』の世界に飛んでいたらしい。
「ん、大丈夫・・・・・・」
夢から覚めたような感覚を振り払い、周りを確認する。
激しい戦闘の爪痕で荒れきっているここは、飛ぶ前と変わらない。
魔王城の、玉座の間。
心配そうにこちらを見ている傷だらけの彼は『勇者』。
そして『私』は、彼の仲間で、『賢者』。
うん、大丈夫だ。変わりはない。
こちらの世界では一瞬にも満たない時間だったようだ。
「魔王・・・・・・は?」
世界樹の杖を支えに、瓦礫の山の向こうを見る。
「さっきの一撃で吹き飛ばしてから動かないが・・・・・・やったか?」
と、
「ククク・・・・・・」
その言葉を待っていたかのように、瓦礫が動き出した。
しっかりとした足取りで立ち上がった巨大な異形――魔王だ。
「馬鹿どもめが・・・・・・神の廃棄物と、精霊の忘れ形見程度でこの我が葬られるとでも思うたか!」
「くそっ・・・・・・あれだけやって傷ひとつなしかよ・・・・・・!」
彼の表情に、焦りが浮かぶ。
でも、目に灯り続けているそれは、『勇気』
彼は『勇者』。
神の意思と精霊の加護をその身に受け、肩に世界平和、腹に魔王からの刃が向けられる、世界でたった一人の『勇者』。
私は『賢者』。
人の知恵と星の知識を持って、世界樹の根元まで勇者を導き、彼を後ろから支えるもの。
私、は。
・・・・・・必要なのは勇気、勇気だ。
彼の隣に立つのは、預言の賢者じゃない。
『私』。
「・・・・・・回復するから、もう一度叩き込んで。その間に、星雷を呼ぶ。純粋な星のエネルギーなら、利くかも知れない」
彼の肉体を回復しながら、周囲の大気を練りこむ。
「・・・・・・分かった。でも、危なくなったら、お前だけでも」
「後それから」
弱気な彼を遮り、精一杯平静を装って。
「私、あなたの事大好きだから」
「ああ・・・・・・・・・・・・え?」
間抜けな声。
頬が熱くてそっちを見れないので、表情はわからないのが少し残念だけど。
「だから、魔王を倒して帰ったら、返事を聞かせて。それまで絶対、死なせない」
言い切った。
ああああああ、断られたらどうしよう。
というか、こんな最終決戦中に告白とか、とか!
人に知られた日にはもう、外歩けないじゃないか!
でも、でも、ここで言わないと『私』達に申し訳ないし、何よりタイミングがあっちゃったっていうか。
「・・・・・・お前、何かこの数秒で変わった? まさか、新しいお告げでもあった?」
「魔王戦中に告白しろと告げる精霊様がどこに居るのよ! まあ、でも、変わったのは否定しないわ・・・・・・」
精霊様のお告げより、何ていうか、庶民的だけど。
でも間違いなく、私の背中を押してくれた。
「はい、回復終わり! 戦闘に集中してよね!」
星雷も集まりつつある。
攻める体制は整った。
「かき乱した本人がそれ言うか! でもまあ、俺も好きだぞ?」
「・・・・・・え?」
「よし、じゃああいつの体勢が崩れたら、頼んだぞ」
言うや否や、魔王の元へ走り出す。
え、あれ、今のって返事で、という事はえ、良いの? え?
追いつかない思考をよそに、彼が魔王と対峙する。
「待たせたな! 魔王!」
「来たか、愚かなる人間め! 戦場で愛を囁くなど片腹痛いわ! 場違いすぎて待ってしまったではないか!」
「悪い悪い。でもな、しらねえの? 精霊様や神様なんざより、よっぽど俺には効果的なんだぜ?」
なあ、と。
にやつく彼と目が合う。
こ、この・・・・・・人の、一世一代の勇気を何だと思って・・・・・・。
「・・・・・・・・・・・・ああ、もおおおおおお! この馬鹿二人いいい!」
最大級に集まっていた星雷を魔王周辺めがけて投げつける。
「おい、作戦とちが――」
見た事のない程の白い光に目を細める。
巨体は影がだんだんと薄くなっていく。
小さい方の影は多分、精霊様の加護があるので大丈夫だろう。
拝啓、『私』達。
三人の言っていた通り、当たってみて良かったです。
ありがとう。
それから、部族っぽい『私』。
やっぱり、合ってたよ。
手応えから2つのようですが。
シアワセは仕留める物ですね。
END