バニックとレンダ 羊背負い
29XX、砂漠の民が移動するのを横目に、ゴールド・バニックは口元の布を鼻まで持ち上げた。
今日は砂嵐が酷い。遠く景色がかすんで見えないのもその理由だった。
ゴーグルをしっかりと装着してバニックは一歩進む。通常ならば、どこか避難できる場所へ進み休憩をとるのがいいだろう。けれど見渡す限り建物はない。
「ちっ」
小さく舌打ちをしてバニックは唇を噛んだ。数日前に立ち寄った町でラク・ダを買えばよかった。
ラク・ダは機械生物で、水を原料に動くらしい。砂漠を一週間はすいすい進むらしく、水さえ常備していれば問題はないと露店主が話していた。有金でラク・ダは買えたのだ。高い買い物ではない、しかし高い買い物な気がしてしまったのかもしれない。それにバニックは機械生物自体よくは知らなかった。
昔、本で読んだことがある生物のラクダは知っていた。それによく似ているが、外見が筋骨隆々の頭に目玉一つの機械生物はどうにも好きになれそうになかったのだ。
その変わりと言ってはなんだが、キルケの実を買った。キルケの実は噛めば噛むほどに水が出る。
不思議な実だ。神の遺物だと言われてはいるが、これも人工物であることには違いない。
バニックはキルケの実を袋から取り出すと口に一つ含んだ。プチっと嚙み潰すと甘みのある水が噴き出す。
バニックが相当の体力自慢だとしても疲労を感じないわけではないから、ほんの少し眉を下げた。
バニックは東にあるセントモールに向かっていた。セントモールは人が多く暮らす町だ。
そこにはバニックのかつての恋人セレシアの祖母が住んでいる。セレシアとは随分前に別れてしまっていたが、彼女の祖母マリアはバニックを気に入っており、文通をしていた。手紙はセントモールからバニックの元まで届くのに大体三日ほどだ。手紙などの紙類に関しては機械鳥が多く飛んで運んでいる。機械鳥は宛て主がどこにいようとも必ず届けてくれるものだ。
先日、機械鳥がマリアからの手紙を一通よこした。手紙には、マリアの具合が良くないと書いてある。だから来てほしい、とも。
バニックは苦笑して手紙を読み終えると重い腰を上げた。マリアが元気なのは明らかだ。しかし、来てほしいという文言は初めてだったから、何かあるのだろうと出発を決めたのだ。
砂漠を歩くバニックは程なくして、東のセントモールに足を踏み入れた。
フラフラした足で町の入口を抜け、広間の噴水に腰を下ろす。噴水は楕円で小さな石が積み上げられているが、そこには多くの旅人がバニックと同じく、目をしょぼつかせて座っていた。
噴水は時間になると時計回りに水が噴き出す。そこに風が吹き込むと旅人たちの体から砂を取り除いてくれる。
小さな砂ぼこりは水に巻き込まれて、噴水の下へと落ちる。不思議な設計だ。
旅人たちは数度それを待ってから、身綺麗になると立ち上がり各々が進むべき場所へ向かう。
バニックも立ち上がるとマリアの家へと向かった。
マリアの家は町の中心にある。四角い家が並び、町はほとんど直線が続いている。道には大きな木が複数立っており、砂漠よりも随分と涼しかった。
「マリア、来たよ?」
バニックは家のドアを叩いてから開く。
「おや、バニックじゃないか」
しゃがれた声が響くと、大柄な老婆が笑顔で現れた。
「よく来たね」
マリアはバニックを引き寄せると背中をポンポンと叩いた。バニックよりも体躯の良い老婆は、体には異変はなさそうだった。
「マリア、元気そうだな?何かあったかい?」
バニックは荷物を下すとすぐ傍の椅子に腰かけた。
「ああ、元気は元気さ。あんたも元気そうだ、少し待ってな、何か持ってこよう」
机のエプロンをさっとかけてマリアはキッチンへと向かった。バニックはその背中を見ながら、元気そうだな……と頷く。
少ししてマリアはグラスと皿を手にやってきた。テーブルの上にポンと置き、バニックの傍に腰かける。
「悪かったね、心配したかい?」
「いいや」
バニックは皿の上のサンドイッチをつかむと一口噛み、首を横に振る。グラスには並々と果実ジュースが揺れている。
「あんたにね、渡したいものがあったんだ、あんたさえよければだけどね」
サンドイッチをほおばるバニックを横目にマリアは部屋の奥を見る。そして指笛を吹いた。
バニックたちの前に現れたのは羊だった。それは本物の羊でマリアの傍に来ると彼女の腕にすり寄った。
「羊?」
「ああ、羊」
口の中を飲み込んでからバニックはマリアと羊を交互に見る。
「……羊?」
「ああ、羊」
マリアは当たり前のように頷く。
バニックは眉を顰めると、持っていたサンドイッチにかじりつく。
「すまん……話が見えん」
「そうだろうね、まだ説明もしてないからね。これは羊だ」
「ああ」
マリアは羊の頭をなでるとその目を覗き込んだ。
「うちの前に倒れていたんだ、それで介抱してやったんだ。今やこれだけ元気なんだよ」
「……ああ」
「ただ、こいつは喋れない。あたしには何をしてやれるかわからないってことだ」
マリアの言葉にバニックはしかめっ面をすると羊を見た。
「……マリア、食えばいいんじゃないか?羊だし」
「それがなあ……お前食っていいのか?と聞いたら首を横に振るんだよ、言葉がわかっているのかよくわからんが、色々聞いてみると、首は振るんだ。縦と横にね」
「なるほど」
「んで、バニック、あんたに手紙を書いてる時に羊が傍に来てそれをじっと見てる。バニックに会いたいのか?って聞いたら首を振るんだよ」
マリアの言葉を聞いて羊は二度首を縦に振った。
「……おう」
「それであんたに任せたほうがいいのかもって思ってね」
バニックはサンドイッチを食べ終えると、とりあえず咀嚼して飲み込んだ。
羊はじっとバニックを見つめている。何か言いたげだが、羊と会話することはかなわない。
「俺に?」
マリアは破顔する。
「ああ、バニック。あんたにまかせるよ」
そんなこんなでバニックと羊はマリアの家の前にいた。二人とも無言で立ち尽くしていた。
数分前、マリアは「じゃあ、頼むね」とバニックと羊を追い出したのだ。
荷物を背負いバニックは羊を見る。羊はきょろきょろと辺りを見回すと歩き出した。
バニックは何も言わず羊の後を追う。このまま放置してもよさそうだが、マリアの手前それもできずにいる。
羊は町の入口前の噴水に近づくとそこに腰かけた。
バニックもまた少し離れた場所に座り羊を見守る。さて……どうするべきか。
町にはブッチャーもいる。羊を売れば金になるし食料にもなるが……。
噴水がすうっと上がり時計回りに動き出す。風が吹き込んで空気が爽やかになると羊がバニックを見た。
「おい、お前」
どこかから何か言われた気がして、バニックは辺りを見回した。噴水には誰もおらず幻聴かとうつむいた。しかしもう一度声がした。
「おい、バニック、ゴールド・バニック」
名前を呼ばれて、まさかと羊を見る。羊は歯を見せながら、舌をべろりと出した。
「お前だよ、お前。お前、俺のこと売ろうとしてるだろ?」
「……は?」
「は?じゃねえよ、お前、俺のこと売ろうとしてただろ?俺にはわかるんだよ」
羊は前足で体を起こすと人のように座った。
「俺はレンダってんだ。お前、暇なんだろ?」
バニックは口をぽかんと開けたまま、事態を飲み込めずにいる。しかし羊の口は動き続ける。
「聞いてんのか?お前が暇だって聞いたから、マリアに来るように言ったんだ」
「……」
羊はさらに声を張り上げて言った。
「バニック!お前に言ってんだ!」
ビリビリと空気が揺れてバニックは小さく頷いた。
「……おう」
「聞こえてんなら、ちゃんと返事しろ?ママから教わってきただろうが、馬鹿野郎。そんでな俺は南のアイランドに行きてえんだよ、お前連れていけ」
羊の言葉にバニックは「はあ?」と呆れた。
「いやいや、待て。お前が喋れるのはわかった。だからってなんでお前を俺が連れて行かなくちゃならん?報酬もないのに、仕事じゃねえんだろ?お前、羊じゃねえか!」
羊は口を閉じると、少ししおらしい顔を見せた。
「仕方ないだろ、羊なんだし」
「いやいやいやいや、意味がわからんだろ。つーか、なんでお前マリアには話さなかったんだ?話せるなら、マリアが何とかしれくれただろ?」
「ねえよ、あの婆さんに食われちまう。お前、あいつは二言目には食っちまうよ?が口癖だぜ?そんな奴と旅ができるかよ」
羊の言葉にバニックは妙に納得して頷いた。
「まあ、そうか」
「そうだよ、だからお前と南のアイランドに行こうってなわけだ」
突如決まった南のアイランド行き。バニックは微妙な顔をして羊を見下ろした。
砂漠の真ん中でちょくちょく羊が足を止める。しかも文句つきだ。
「疲れた~。ちょっと休もうぜ?」
「おい、まだ少しも歩いてねえだろ?砂漠で日が暮れちまうだろ、歩けよ」
「バニック、頼むよ、ちょっとだけ」
羊は目をきゅるんとさせてバニックを見る。しかしバニックにそれは通用しない。
「俺は動物にキュンとなんてしねえよ!さっさと歩け、羊野郎が」
売り言葉に買い言葉、羊の口元が歪み、歯がむき出しになる。
「おい!バニック!言っていいことと悪いことがあるんだぜ!羊野郎は俺には悪口だ!」
「いや、お前羊だろ!」
「俺は羊のレンダだ!レ・ン・ダ!名前で呼べ!ボケナス!」
「なあ、羊のお前がなんでそんなに口悪いんだよ?どこで覚えてきたんだ?それ?」
バニックが呆れると羊はもう一度叫んだ。
「レ・ン・ダ!!」
羊のレンダの声にバニックは両手を上げた。
「わかったから、大声出すな。レンダ、少し歩けよ、足はあるだろうが」
「繊細な羊の足じゃ疲れるんだよ。お前みたいにマッチョじゃねえし」
バニックは自分の体を見下ろした、まあ確かにバニックの体はでかい方だが、マリアほどではない。
「やっぱりマリアのほうが良かったんじゃないか?レンダ?」
「バニック……お前はアホなのか……マリアは俺を食おうとしてたんだぞ?」
「言葉の綾だろうが。そんな簡単に食わねえだろ?肉にしたら重いし」
レンダは舌をベロっと出すと首を振った。
「人間ってのは勝手だな。家畜だなんだって言って食いやがって。俺らが話せるってわかったらこれだもんな、いいか?神は生物を等しく作ってんだよ、お前が信心深いかは知らんが俺は神のみ使いよ」
バニックは鼻で笑うと頷いた。
「で、レンダさんよ。歩くのか歩かないのか、どっちだ?」
「うーん、じゃあ勝負しようぜ?ジャ・ン・ケーンだ」
レンダは口早に説明をするがバニックには聞き取れなかった。どうにも舌がベロベロしている時は言葉が羊なまりになるからだ。
仕方ないとバニックは言われたとおりに、合図が出たら手を出すということだけを確認した。
レンダはシシシと笑い「俺が勝ったら、バニック、お前は俺を背負う」
砂漠に響くレンダの「じゃんけんぽーん」に二人の手が出た。
砂漠を歩くバニック、その肩にはレンダが気持ちよさそうに乗っている。
そう、バニックは勝負に負けたのだ。
「微妙に重いな、お前」
バニックがぼやくとレンダが舌を出す。
「まあな、このちっさなボディには色々な秘密が詰まってるからよ。まあ、バニックお前の役にも立つさ」
「へえ」
しかし先ほどまでよりは進みが早い。重さはあれど、ぶつくさ言うレンダを抱えて歩いたほうがよっぽど早かったから、勝負のことはどうでもよくなっていた。
「んで、南になんの用があるんだよ?」
「南はさ、いい所なんだぜ。羊もたくさんいるしな」
「へえ、行ったことあんのか?」
「ねえよ」
バニックは一瞬肩の荷物を下ろそうかと考えたが、リュックのひもをレンダが噛んだのに気づいて、それを辞めた。
なんなんだ、本当にこの羊は……そんなことを考えつつも歩を進めていく。
ふと遠くにバギーの走るのが見えてバニックは眉をしかめた。
「おい、レンダ。お前、振り回されても文句言うなよ?」
「お?」
砂漠でもよく走るバギーはいかにも悪そうな連中が乗っていた。運転席の男がバニックに声をかける。
「おう、兄ちゃん。いいもん持ってんじゃん」
「まあな」
すると助手席の男がバギーを下りてきた。それに続くほかの連中も下りてくる。
「へえ、羊じゃん」
「なあ、悪いこと言わねえからさ、羊だけ置いていけよ?」
「怪我したくなかったらな」
ゲラゲラ笑う男たちよりもバニックは少し早く動いて、手前の男の顔に靴底をめり込ませた。
顔をけられた男が後ろに倒れこむと、バニックはレンダを両手で持ち隣の男にぶちかます。その時、レンダもまた体をひねり、蹄で男の隣にいた奴の側頭部を打撃した。
わずか数秒で三人倒し、レンダがバニックの肩に戻る。
「バギーは盗らねえから、さっさと行きなよ、坊ちゃんたち」
あと数人いたが、バニックの肩で怒り狂っている羊を見て、顔を蒼くし倒れた連中をバギーに詰め込むと去って行った。
砂ぼこりが舞う中、バニックはレンダを見上げる。
「やるじゃねえか」
「まあな、血の気は多いんでね」
バニックは片手をあげると、その手の平にレンダは足を打ち込んだ。
「それにしても、なんでお前そんな強いんだ?」
肩の上のレンダはバニックの問いに笑う。
「まあな、羊の世界でも格闘技ってのがあるわけだ」
「ねえだろ……」
「まあ、きけよ。相棒。俺は羊殺法の使い手なんだ。いつかお前にも見せてやるよ、俺の切れ味の良い羊毛アタックをよ」
レンダは舌を出して、またバニックにもたれかかった。
多分……嘘だな。バニックはそう思いつつも、くだらない話に笑った。
「んで、もう一つ聞きたいんだが。お前なんで喋れるんだ?」
レンダは一瞬動きを止めたが、まただらりと体をバニックに預けた。
「そうだな……お前にだけは言ってもいいか。俺はな、羊の王なんだよ、だから話せる」
「へえへえ、それで王様以外にも喋れる羊はいるんですかい?」
「いーや、居ない。俺は羊を統率するためにいるからな。本当はさ、南のアイランドで羊と合流してって感じだったけど、なんでかあのセントモールにたどり着いちまってな」
「ああ、そういやなんであそこに一人で?だれかに連れてこられたのか?」
「いいや、バニック。お前が知ってるかは知らんが、時々砂嵐で大きな竜巻が起きるんだ。あれに乗ってきたってわけだが、どうしてだか進路が変わってしまってな」
「ああ、時嵐とかいうやつか?」
「そう、でも自然現象なもんで、うまくは使えないんだよ、まったく」
ふうんとバニックは遠くを見る。少しだけ砂が渦を巻いて動いている。あれも時嵐だ。どういう原理で動いているかはよくわかっていない。
「じゃあ、レンダもそれを使えばよかったんじゃないのか?」
「そりゃあ無理だ。俺は進路は読めても、時嵐までは操作できないからな」
「ふうん」
「それに人と話してみたかったのもある」
レンダは頭の向きを変えると舌をベロッと動かした。
「マリアでよかっただろ?」
「バニック……お前はマリアの恐ろしさを知らんからだ。あいつ、俺が寝てる時に一回毛をむしったんだ。痛みで飛び起きたらマリアが暗闇の中で立ってた。食うつもりだったんだ」
バニックはそれを想像して、ありえるなと声を出して笑った。
食料調達のために、通りがかった町に入る。
砂漠から離れた町はオアシスという名前だ。美しい場所で水が湧き出ている。
レンダはバニックの肩から降りるとうきうきと町を歩く。井戸で水を飲み、木陰に座るとだらしなく寝始めた。バニックが声をかけるとレンダは「休憩する」とだけ言って鼾をかいている。
バニックはレンダを置いて、買い物にいそしんだ。必要なものを幾つか買い、さっきであった男たちからかっぱらった金で払う。バニックの資金はこうして調達されていた。
ちなみにバギーの男たちは同じように身銭を稼いでいる。いわばハンターであるが、バニックのような野良ハンターに出会うと有金を置いて逃げるしかない。
バニックも昔はそうであったが、今や無敵の野良ハンターである。
水と食料を調達し、ふと奥の露店でラク・ダを見つけた。やはり気味の悪い容貌でどうにも好きになれず、店を後にする。しかし、ラク・ダがいればレンダを背負うことはない。少し悩んでいると、いつの間にか来たレンダが足元で言った。
「やめとけよ、すぐに潰れちまう。とくにお前みたいなのを乗せたらな」
「どういう意味だ?」
レンダはラク・ダの足を見るように顎をしゃくった。
「みろよ、細い足だ。あれは機械生物ではあっても体は耐久が落ちてるんだ。大昔のラクダとかいうのとは随分違う。砂漠を歩くときによく見ているとわかるぜ?ラク・ダの骨が落ちてるからな」
「詳しいんだな」
「まあな」
レンダはひょいっとバニックの肩に乗るとまただらりと体を預けた。
「それに俺はお前がいいぜ?」
「そうかよ」
バニックは荷物を背負うとレンダの背中をぽんぽんとつかむ。
「俺はお前を運ぶってわけだ」
「そうだな、お前は羊背負いってなわけだ」
レンダは舌をべろっと出すと前足をくいくいっと動かした。
「悪いことは言わねえ、ラク・ダなんてやめとけ。けどもしお前に女がいたなら買ってやれ」
「女?」
「そん時が来たらわかる」
オアシスを出ると、またバニックはレンダを背負って歩き出す。
どうにもこうにもふしだらな羊でしかないが、実はそんなに重くはないのが不思議だ。
じっさいに荷物のほうがずっしりしているし、レンダは時々体を揺らしてバランスの調整をする。体重が分散されるからだろうか?まあ、どちらにしろレンダは歩く気がないし、バニックはこうして背負うしかない。
「おい、レンダ」
首元で鼾をかいている羊に首を動かして頭突きする。
「ぬおっ!」
あばらに当たったのかレンダはくぐもった声を上げると、息を吐いた。
「なんだよ、バニック」
「なんだよじゃねえ、寝るな、俺は歩いてるんだぞ?」
バニックはレンダの後ろ足をぐいっと引っ張ると羊らしい声が出た。
「お、羊だな」
「羊に決まってんだろ!馬鹿野郎が!おめえだって、無茶されたら人間の声が出んだろうが!」
「まあな……それにしても、お前、毛皮固くないか?」
レンダの腹辺りをバニックが触れる。
「この辺、ゴワゴワというか、カチカチじゃないか?」
レンダは当たり前の顔で鼻を鳴らす。
「へっ、気にすんなよバニック。お前の枕じゃねえんだから」
「何言ってんだ、お前が俺をベットにしてんじゃねえか、たまには降りて歩け」
バニックの言葉にレンダの顔がきゅるんと可愛くなる。しかしバニックはレンダの後ろ足を引っ張ると、砂の上に落とした。ボフッと砂に落ちたレンダは微妙な声を出したが、仕方ないと立ち上がる。
「なあ、バニック。気づいてるか?」
「何がだ?」
バニックはレンダに視線を落としたが、すぐに何かに気づいて顔を上げた。遠くから何かの足音が聞こえてくる。と言っても砂を蹴る音が複数だ。
目を凝らした先にはオアシスで見た気味の悪いラク・ダが数頭見えた。黒いマントを来た人を乗せている。
ハンターか?とバニックが身構えるもレンダが特に動かないので、様子を見ることにした。
ラク・ダの群れはバニック達の傍に来ると、足を止めた。
「何者か?」
ラク・ダの上に乗った黒いマントは少年のような声で言った。ほとんどが黒いマントでおおわれており、唯一の目元もゴーグルでふさがれている。
「旅人か?」
後ろから来たもう一人がバニックに声をかけた。
ラク・ダは目を光らせてチッチッと口元を動かしている。
「うちの羊がへばったんだ。休憩中だ、気にせず行ってくれ」
バニックは軽く会釈してから、レンダを指さした。レンダは舌をベロっと出して白目をむき、横たわっている。
「死にかけている?」
少し心配そうな声にバニックは首を横に振った。
「大丈夫だ、こいつは寝顔が悪魔みたいなんだ。気にしないでくれ、ちゃんと生きてるよ」
マントは頷くと、ラク・ダにつけていた水筒を差し出した。
「よかったら……お気をつけて」
「ありがとう、助かるよ」
ラク・ダの群れが行ってしまうと、レンダは顔を上げた。
「ひでえ言われようだぜ、まったくよう」
バニックは一瞬、鏡で見せてやろうかと思ったが、鼻で笑って水筒を開けた。匂いを嗅ぎ、一口舐める。
「あ、酒だ」
口に広がる葡萄酒は甘く芳醇だ。
レンダは歯を見せると下品に笑った。
「だから言ったろ?ラク・ダには女だ」
「は?意味がわからんが」
「ラク・ダは雄しかいない。だから女しか乗せない主義のやつがいる。あいつらは機械生物だが、ややこしい性格なんだよ。繁殖もしないしな」
なるほどとバニックが頷くとレンダはシシシと笑った。
南へ向かう砂漠は嵐で荒れていた。
バニックは布を重ねてゴーグルをしっかりとする。肩の上のレンダはさすがに口は閉じていたが、長い睫毛をしばたかせて遠くを見ている。この辺りは盗賊やハンターが多いと聞いていたから、二人は注意していた。ただ嵐となれば二人以外も動きは鈍くなる。だから好機と歩き続けていた。
随分と歩いた頃、岩山を見つけて滑り込んだ。ちょうど風をさえぎってくれる高さでバニックはレンダを下すと腰を下ろす。
「少し休憩しよう」
「バニック、まだ装備は解くなよ」
レンダはぶんぶんと頭を振り、体を整えるように立ち上がった。
「ああ……俺は今耳が利かない、レンダ、お前には何が視えてる?」
バニックは腰に差していた銃に手を触れさせた。聞こえないし見えもしないが、空気が張り詰めているのがわかる。
レンダは蹄で二回叩き、真上を見た。その時、天井からドン!と大きな音を立てて何かが落ちてきたのだ。
バニックは一瞬驚いて背を岩山にくっつけた。自分の前のレンダは微塵も動かずにそれを見上げている。
大きな化け物だ。岩山よりも背の高いそれはレンダを見下ろしている。
かろうじて人の形をしているが、一つ目で大きな口は耳元まで裂けていた。
レンダはグウッと喉を鳴らすと、いつもよりも低い声で話し出す。
「おう、ワンアイズ。元気かよ?」
一つ目は声を聴いてやっとレンダだと気が付いたのか頷いた。
「レ、レンダ、レンダ」
「ああ、俺だ。元気そうだな、また嵐起こしてるのか?」
「ち、ちが、違う。けど、わ、悪い、や、やつが、多い」
一つ目ワンアイズはぎろっとレンダの後ろのバニックを睨む。レンダはバニックを振り返ると笑った。
「こいつは違う。こいつは羊背負いだ」
「おお、羊背負い!ひつじ、ひつ、ひつじ背負い!」
「そうだ、神聖なる羊背負いだ」
ワンアイズはその場に座り込むと頭を下げた。
「そうか、ひ、羊、羊背負い!レンダを連れて、行く」
「ああ、そうだ、だからこいつは襲うなよ。こいつの名はゴールド・バニックだ」
「ゴールディ……バ、バニック」
ワンアイズの大きな手がバニックに掴みかかる。しかしレンダがそれを制止した。
「だめだ、ワンアイズ。お前の手では死んでしまう、触るんじゃない」
「わ、わか、わかった」
レンダは頷くとその場に座り込む。もう危険はないかというようにいつもの穏やかな声になる。
「ワンアイズ、少しの間、そこで俺たちを守ってくれ、俺たちはまだ歩く必要がある。お前が少しの間、そこを守ってくれたなら、俺はお前に祝福しよう」
一つ目がきゅうっと細くなり、その頭が頷いた。
一部始終を見ていたバニックはレンダに声をかけるも、レンダは鼾をかいて眠っている。
仕方なくバニックはワンアイズに声をかけた。
「おい、一つ目、いやワンアイズ」
ワンアイズはレンダを起こさないように、先ほどよりも声を潜めた。
「なんだ?ゴールディの羊背負い」
「……ああ、それだ。どうして羊背負いなんだ?」
「はは、ゴールディお前はよく知らずにレンダといるのか?」
少しどもりのとれたワンアイズは優しく笑う。
「お前は南へ向かうのだろ?レンダみたいな羊が時に現れる。世界の時間を進めるためにな」
「どういうことだ?」
「ここ数年、時はおかしな軸を描いている。人も同じ、それぞれの持つ時間が違うんだよ、お前たちは平均的に小さな種族ではあるが、この均衡が歪んでいるから、いまやバラバラ」
バニックはふと思ったことを口にした。
「それは……人の成長速度とも関係するのか?」
「ああ、する。やけに大きくなったり、その反対で成長しなかったり。レンダが南にたどり着けば、時間は進む」
「もとに戻るということか?」
「いいや、戻らない。ただ進む。レンダが時間を進め、その時からまたそれぞれの時間が戻る。ゴールディお前は羊背負いだから、緩やかなはずだ」
バニックは首をひねった。
「わからない、しかし分かる気もする、お前がどもらなくなったのも理由か?」
ワンアイズは大きく頷いた。
バニックが目を覚ました頃、一つ目の化け物はもうおらず、すぐ傍ではレンダが悪魔のような顔で鼾をかいていた。
嵐は収まり何事もなかったように晴れやかな砂漠が続いている。
バニックは装備を解いて、一度砂を払う。ゴーグルにたまった砂を見て、相当な嵐に遭ったのだと思ったが、昨日の一つ目の化け物に関しては夢のようにも思えた。しかし夢ではないと思えるのは、レンダの傍に手形が残っている。レンダを守るようにそこにあったのだろう。
それにしてもとバニックは思う。
羊背負いに、世界の時間?今までに聞いたことのなかった話ばかりだ。
時間が歪んでいることに関しては、思い当たることもあった。それは元恋人のセレシアだ。彼女はバニックよりも体が大きい、彼女の祖母マリアも同じ。筋肉も発達しており、男性よりも大きかった。
ちなみにバニックは普通の男性よりも大きい。となると彼女はこの時間に影響されたとこになる。
小さすぎる子供、大きすぎる人など、当たり前のように見てきたが、まさかそのような問題だとは思いもしなかった。
バニックはレンダを腕で揺らした。
「レンダ、朝だ。起きろ」
「ううおおお、朝か」
レンダは口を大きく開けてあくびをすると体を伸ばす。毛皮についた砂を落として体を振る。
「どうした?バニック。そんな顔をして」
「いや、昨日あの化け物と話をしたんだ」
「お?化け物?」
「一つ目のやつだ、お前知り合いだったのか?」
レンダは口を歪ませて舌をべろっと出す。
「どうだかなあ……おれは羊だぜ?嘘も方便っていうだろ?」そう言うと立ち上がった。
「さあ、行こうぜ。アイランドへ」
ただ珍しくレンダはバニックの肩に乗らなかった。やたらとバニックに武器の手入れは怠るなよと念を押していた。だからバニックはその場で時間を使い武器の確認を行った。ナイフを研ぎ、弾の確認をする。
そうこうして支度が済むと、二人は歩き出した。
レンダはまた砂に横たわり、やる気のない声で言った。
「バニック、お前は羊背負いだ」
こうなるとテコでも動かないので、バニックはレンダの足をつかみ振り回すと肩に乗せる。やっと定位置についたかのようにレンダはまた寝始めた。耳元で聞こえる鼾にバニックは舌打ちする。
「なんなんだ、ほんとうに」
砂漠にほんの少しの時雨が降る。ぽつぽつと砂を濡らし、色を変えていった。
バニックはレンダを背負って歩いていく。その視線の先に人の影が見えた。バギーだ。ここ数日はあまりハンターには出会っていなかったが、時雨が降れば、視界が晴れて活動はしやすくなる。
バギーはじりじりとバニックたちに近づいていた。先頭に数人、その後ろにトラックが続いている。
バニックは多勢に無勢とレンダを起こす。
「レンダ、起きろ。気づいてるんだろ?」
「なんだよ、うっせえな。ハンターかよ?」
レンダが顔を上げると遠くのバギーの数に笑った。
「なるほどな、今回ばかりはゴールド・バニックでもお手上げか?」
「まあな、あれの半分くらいなら一人でも潰せるがなあ」
レンダはバニックの肩から降りると体を伸ばした。
「わかった、手伝ってやる。前のバギーはお前で、後ろのトラックに俺をぶん投げろ」
「は?」
「いいから、さあ来るぞ」
バギーはもう目前。バニックはレンダをつかむとぐるぐると回して放り投げた。空中にとんだ羊を見上げているバギーの連中にバニックはとびかかり、運転手を掴み絞め落とすと隣の連中に飛び蹴りした。
宙高く飛ぶ羊はというと、前足を毛皮に突っ込んでどこから取り出したのか銃を構えるとトラックに打ち込んだ。そしてそのままトラックに飛び乗り運転手に噛みつき、外へ放り投げる。
制圧が終了したバニックの目にはトラックから飛び出す人の影が複数見えた。
レンダは暴れまわると、すべてが終了したのかトラックの荷台の上で叫んだ。
その後、ボロボロになったトラックは怪我人を詰め込み去って行った。バギーは戦利品として食料やらと残されている。バギーを転がしているバニックは助手席で風に吹かれているレンダを見た。
「……お前……なんなんだ?」
「羊だよ」
「そんなことは分かってる!だからなんなんだ!」
あきれ顔のバニックにレンダは笑う。
「羊だ、俺は神聖なる羊、そしてお前は羊背負い」
「神聖なる何者かがあんなことしていいのかよ?というかお前、中におっさんでも入ってるんじゃあねえのか?実は二足歩行できるだろ?」
タイヤを砂に取られつつバニックは両手でハンドルを強くつかむ。
「さあな、けど俺は羊だ。羊のレンダ」
レンダは口を開けると舌を出してまた眠り始めた。
「はあ」
ため息をついて、もう仕方ないとアクセルを踏む。バニックの視線の先にはアイランドが見え始めていた。
南のアイランドは不思議な場所だと言われている。物資も豊富で、砂漠地帯なのに海のものが食べられる。ただ、噂話程度で実際には行って帰ったものはいなかった。
バギーはゆっくりとアイランドに入る。町は美しく木々が揺れている。砂漠の町なのに風が少ししょっぱい気がした。
入口を抜けてバギーを止める。さすがにバギーで中を走るわけには行かず、隣で寝る羊の腹をゆする。
「レンダ、ついたぞ?」
「お、おう」
レンダは体を伸ばすとひょいとバギーを下りた。町の中を見渡して微妙な声を出す。
「おやまあ……」
「どうした?ここじゃないのか?」
「ここだ、間違いない。しかし肝心の羊がいねえな」
確かに町には羊の姿はない。バニックも見回したが羊どころか人もいないのだ。
「どういうことだ?人もいないぞ」
「いねえなあ……」
レンダはバニックの肩にひょいと乗ると小さな声で言った。
「バニック、町は綺麗で栄えている。ならばどこかに誰かがいるはずだ、歩いて探すぞ」
「ああ……それはいいが、お前は俺の肩に乗るのか?」
バニックの微妙な顔にレンダは舌をべろっと出すと悪魔のように笑った。
「気にすんなよ、おめえは気にしすぎだ」
「どうだかな」
町はそんなに大きくはない。歩いて回るにはそこそこかかるだろうが、そもそも動いている物体を探しているのだから問題はない。
バニックは肩の上できょろきょろとしているレンダを横目に、町の外れを見る。
「レンダ、人の気配がないぞ」
「ないな……ということは上ではないんだな」
「上ではない?」
レンダは首を動かすと町の入口に戻るようにバニックに言った。バニックは言われるとおりに入口へ戻りバギーの見える場所に立つとレンダを降ろす。
レンダは蹄で地面をたたくと、バニックを見た。
「レンダ?何かあるのか?」
「いや、わからん。でも多分そうだ……あちらから来るまで待つ必要があるから、あの角の宿で休もうぜ」
レンダの視線の先には誰もいない宿屋がある。宿屋は中も綺麗でやはり誰かが利用している。人の手が入っているのは明らかだが、二人以外は存在しない。
バニックはため息をつくと、ベットに座ったレンダに呟いた。
「レンダ、俺は寝るぜ?お前はいつも寝てたんだから、今は俺を寝かせてくれ」
「ああ、かまわん。俺はここでは眠る必要はないしな」
レンダの言葉の意味が分からずバニックは首をひねったが、羊の顔がいつものおちゃらけたものだったから、この場はレンダに任せて眠ることにした。
チン、チン、カチッ、カチッ。
ベットで眠るバニックの耳にかすかに聞こえる音。うっすら目を開けると、レンダが隣で鼾をかいていた。バニックは体を起こし傍に眠るレンダの体を叩いてから、部屋を見渡した。
特に変わりはない。しかし変な音はまだしている。
「おい、レンダ。お前何寝てんだ?」
小さな声でレンダを起こし、羊が口を開けたまま目を覚ました。
「な、なんだよ、もう朝か?」
「お前寝ぼけてんのか、くそが、今どういう状況なんだよ?」
バニックがもう一度レンダを叩いて、視線を上げたとき、部屋の中に複数の男が立っていた。
誰かが入ってくる音はしなかった。気配すらなかった、のにもうすでにそこにいたのだ。
男の一人はバニックとレンダを見て頷いた。
「羊背負い、あなたは羊背負いですか?」
バニックが驚くとレンダが立ち上がった。
「羊はどうした?」
男たちは羊が喋ったとざわめき、顔色を蒼くした。そしておびえるように体を震わせた。
「すいません、すいません!羊は皆いなくなってしまいました」
「いなくなった?」
「はい!」
レンダはそう言った男の顔を蹴とばすと目を吊り上げた。
「お前ら!食ったな!!」
「めっそうもございません!!」
蹴られた男が後ろに下がると、彼らの中で一番年上であろう男が前に出た。
「…………あんたらにはもう用はない、説明してやるからついてこい」
男たちに連れられて町の教会へ向かう。教会は普通の形をしていたが、祭壇がなくそこにはぽっかり穴が開いて、地下へと下る階段があった。
バニックとレンダは彼らに挟まれる形で地下へと降りていく。そこには広い空間があり、奥には大きな像が見えた。禍々しい山羊だ。その前では火がたかれ、皆が踊り狂っている。
バニックは見たことのないそれに閉口した。
火を囲み踊る人々、その周りにいる人たちは祈るように手を合わせている。
「崇めてやがる……」
レンダがぽつりと呟くのを聞いてバニックは奥の像を見る。何かを崇めるという行為は存在していたが、偶像崇拝は見たことがなかった。
「……神なのか?」
「んなわけねえだろ!」
レンダは怒鳴るとタタッと駆け出した。人々が彼を唖然と見つめる中で奥の山羊の前に立った。
そして前足で銃を取り出すと山羊に弾を打ち込んだ。
山羊の頭が蜂の巣になり、ぼろぼろとこぼれだす。その中から小さな声で何かが鳴く声が聞こえた。
壊れた像の中から出てきたのは羊だ。がりがりに痩せて顔だけ出すとくたっと倒れこむ。
レンダが振り返ると、恐怖におののいた人々は走り去っていた。ギャアギャア叫びながら階段を我先にと駆け上がっていく。
先ほどバニックとレンダを連れてきた連中ももういなかった。
「なんなんだ?」
バニックは傍に落ちていたものを拾って確かめる。小さなコインだ。
レンダが山羊の像の中から羊を取り出す。それを見てバニックは駆け寄ると羊に水を飲ませた。
「レンダ、説明しろ」
「ああ、このアイランドは羊が神聖なものとして扱われてたんだ」
レンダはその場に腰かけるとため息をつく。
「それは聞いたことがある、羊は神への捧げものだとか」
バニックの言葉にレンダは頷く。
「けど、偶像崇拝をしなくなって、捧げものであった羊は神に昇格したってわけだ。しかしそれはアイランドだけで、神としてでなく、ただの羊として人と暮らすことを選んだわけだ」
「で?」
すると水を飲んでいた羊が前足を上げた。
「私から……説明します。ある日、アイランドに外から人が来たんです。その人たちは町の人を誘惑しました」
羊の話はこうだ。外からやってきた連中は町の人を教会へと誘導した。山羊の像を置き、羊をささげた。
するとその人間に褒美を与えた。金だ。それを見た町の人たちは行為自体を訝しがったが、好奇心に負けた人が町の羊を縛り上げて山羊にささげた。するとその人はたくさんの褒美を貰えた。
満たされていたはずの町だったのに、金のコインは町では使えない、しかし外の世界では使えることを知り、町の者たちは欲しがった。そこからはもう流されるようにあの状況が生まれてしまった。
「すいません、私たちがしっかりしていれば……羊背負いがやってきたらアイランドには穏やかな時間が戻ってくると分かっていたのに」
バニックは首をひねった。それがどうして羊背負いと関係があるのかと。
レンダはバニックの水筒を取るとぐいと飲み干した。
「バニック、時間が歪んでいるんだ。人の時間はそれぞれに違う。そしてここアイランドも同じだ。今俺がここにいることで奴らの時間も進んだということだ」
隣の羊も頷いた。
「そうです。私たちでは時間を正常に戻すことはできません。羊と羊背負いが必要なんです。いわば、羊の調整する力と人の進む力が合わさることで正常になるんです、あ、ほら見てください」
入口の方から人の穏やかな声がした。
バニックは慌てて外に出ると町は静けさはなく、人が穏やかに営んでいた。
「どういうことだ?」
後ろから来たレンダはバニックの肩に乗るとベロッと舌をだした。
「わかんねえならそれで充分だろ」
「いや、待てよ……俺は羊背負いなんてやる気はねえよ」
バニックがぼやくとレンダが笑った。
「バカ言え、神聖な羊背負いだぜ?」
「知るか!めんどくせえことばっかじゃねえか!」
バニックはレンダの足を掴むと遠くにぶん投げた。飛んでいく羊に、地下から上がってきた羊が叫ぶ。
「メシアさま!!!」
おわり




