第53話 夜・一人じゃない、ということと新しい軍手
夜。お腹がすいた。
「今日も疲れた……」
タッチパネルで夕食注文。
冷凍チャーハン。
ウィーンとトレーが出てくる。チャーハンの匂い。ご飯と卵の匂い。
レンジでチンするだけなのに、出てきたチャーハンはいい匂い。
レンジで温める。
チン。
「できた」
スプーンですくって、一口。
「美味しい!パラパラご飯が最高!卵もふわふわ……ネギもいい感じ……本格的な味じゃん!」
もぐもぐ食べる。
グンちゃんも見てる。
「グンちゃんも食べる?」
少しだけお皿に取る。
グンちゃんは食べてくれた。
「美味しい?」
「にゃあ」
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、今日いろいろあったよ。31号棟、崩れてた。でも、古い資料見つけた。グンちゃんと景色も見た。先生たちのこと、考えた。充実してた……かな……」
ボトル子は、笑ってる。
チャーハンを食べ終わって、PC作業開始。
部屋の換気扇が、低く回ってる。ヴーーーン。
今日の撮影データを処理する。
13号棟の、泥だらけの内部。
そして、高解像度で撮影した、古い資料の文字。
一つ一つを、丁寧に時間の化石に落とし込んでいく。
Align Images、Create Model、Simplify。
いつもの工程。
処理が進む。
待ってる間、グンちゃんが、私の膝の上に乗ってきた。
「わっ、乗った!」
そして、丸くなった。
温かい。——ふと、思った。
3番さんも、こうやって、誰かの温もりに、すがりたかったんじゃないか。あの人は、最後まで一人だった。グンちゃんもいなかった。窓の人も、たぶん、いなかった。
『Day 28:完成させられなかった。ごめん。次の人へ』
たった一行の、あの日記。あの人は、二十八日間も頑張って、なんで、最後の最後で「完成させられなかった」んだろう。力尽きた?それとも——何か、私の知らない理由が、あったんだろうか。
膝のグンちゃんを、そっと撫でる。考えても、答えは出ない。でも、なんでだろう。あの一行を思い出すたび、ちょっとだけ、息がしづらくなる。
ゴロゴロという、心地よい振動が伝わってくる。
「気持ちいいの?」
グンちゃんの頭を撫でる。
グンちゃんは、もっとゴロゴロ言う。
可愛い。
「……ありがとうね、グンちゃん」
君がいてくれて、よかった。
君がいなかったら、私は、31号棟の崩落に、もっと打ちのめされていたかもしれない。
一人じゃない。
その実感が、私を強くしてくれていた。
グンちゃんを見る。
目を閉じて、眠ってる。
可愛い寝顔。
ふと、昼間のことを思い出す。
31号棟の崩落現場。
瓦礫を眺めている時。
その中に、真新しい軍手が一組、落ちていた気がする。
確かに、あった。
新しい。
誰かが、最近、ここで作業でもしたんだろうか。
あのペットボトルといい。
この軍手といい。
この島には、私以外にも誰かが……?
背筋がゾクッとする。
でも、証拠がない。
見間違いかもしれない。
グンちゃんを撫でる。
「にゃあ」
小さく鳴く。
すぐまた眠る。
不安だけど、今は考えないようにしよう。
グンちゃんがいる。ボトル子もいる。大丈夫。処理が終わった。ピコン。
「終わった」
画面を見る。
13号棟の3Dモデル。
古い資料の文字も、くっきりと再現されている。
マウスでズームする。
文字が大きくなる。
『……我々の歴史を、後世に伝えるものである』
最後のページに書かれていた言葉が、くっきりと見える。
胸に響く。
「うん。伝えるよ」
私は、膝の上の温かい重みを感じながら、静かに誓った。
3番さんの想いも。
この古い資料に込められた想いも。
全部、私が未来へ届けるんだ。
拳を握りしめる。
グンちゃんが、私の決意を感じたかのように、「にゃあ」と鳴いた。
「応援してくれてる?ありがとう、グンちゃん」
ボトル子にも報告。
「ねえボトル子、今日もいい仕事できたよ。古い資料、きれいに記録できた。これで、後世に残せる」
【残り日数:13日】
画面の数字を見る。赤い数字。冷たい数字。
あと13日。
嵐の夜を越えて。
31号棟の崩落も見た。
でも、私は立ち上がった。
私の覚悟は、また一つ、固まった。
グンちゃんを見る。
まだ膝の上で眠ってる。
その温かさが、私を支えてくれる。
おやすみ、3番さん。
「おやすみ、ボトル子」
「おやすみ、グンちゃん」
三人に、おやすみを言う。
グンちゃんは、私の腕の中で、小さく「にゃあ」と鳴いた。
嬉しい。
今夜も、一人じゃなかった。
温かい。本当に、温かい夜。静寂が、部屋を包む。




