第39話 朝・体操服とブルマと第三者の影
十三日目の朝。
体が重い。肩が凝ってる。首も痛い。腰も痛い。十三日間の疲労が、層になって積み重なってる。
でも、慣れてきてもいる。この疲れにも、この生活にも。
LAUNDRYボックスを開けて、私は本気でこのプロジェクトの企画者の正気を疑った。体操服と——今どき絶滅したと言われる、伝説のブルマだった。
「……体操服と、ブルマ……私のお母さん世代じゃない?」
ボトル子に見せる。
「ねえボトル子、見て。ブルマだよ。ブ・ル・マ」
ボトル子は笑ってる。
「笑ってる場合じゃないって!」
着替えて鏡を見ると、昭和の女子中学生がいた。誰も見てないのに恥ずかしい。でも、動きやすい。まあ、動きやすいけど。
朝食はカロリーメイトとエネルギーゼリー。完全にアスリートの朝食。今日の撮影には、合ってるのか?
スケジュールを確認。【Day13:防波堤】。資料を開くと、島の周りをぐるりと囲む防波堤について書かれていた。
読み進める。
軍艦島は、もともと小さな岩礁だった。それを6回も埋め立てて、最終的に約3倍の面積に広げたらしい。
「6回も!?3倍!?」
驚く。すごい。人の手でこんなに広げたんだ。
埋め立ては、岩礁や瀬を利用して行われた。東シナ海は海流が激しくて、普通に海底から作るのは難しかったんだって。
「海流が激しいから……岩を使ったんだ」
賢い。昔の人、賢い。
そして防波堤は「天川工法」という伝統的な石組で作られてる。明治時代の技術。
何それ。聞いたことない。
資料を読む。
天川工法は、石を組み合わせて壁を作る技術。接合剤には「天川」という水中でも接着度が高い材料を使ったらしい。
「天川……水中でもくっつくんだ……とんでもない技術……」
石を天川で固めて、それを組み上げて岸壁を作る。後からコンクリートで補強されたけど、基本は明治時代の石組がそのまま残ってる。
「明治時代の石組が今も……」
感動する。100年以上前の技術が今も島を守ってるんだ。
でも、台風で何度も壊された。波が7階建てのアパートの屋上まで達することもあったって。
「7階まで!?」
想像できない。そんな高い波。
だから岸壁は15メートル近い高さに作られた。でもそれでも台風の時は、岸壁を越えて潮が降ってきたんだって。「塩降街」って呼ばれてた。
「塩降街……上から潮が降る……」
怖い。でもすごい。そんな環境で人が暮らしてたんだ。
何度も台風で壊されて、そのたびにより高く、より頑丈に作り直されてきた。まさに、島を自然の脅威から守る最前線の壁。
「守ってくれてたんだ……天川工法が……」
体操服とブルマというふざけた格好で、そんな神聖な場所に行っていいんだろうか。少し罪悪感。
ボトル子に話しかける。
「ねえボトル子、この格好で防波堤行くの、失礼かな?」
「そうだよね、大丈夫だよね」
カロリーメイトの最後の一本を食べて日焼け止めを塗る。完璧!カメラとドローンを準備。ボトル子に手を振る。
「行ってきます!」
ボトル子は笑ってる。うん、いってらっしゃい。3番さんにも挨拶。
「3番さん、見てて。今日も頑張るね」
外に出る。朝日を浴びながら軽くストレッチをする。んー!腕を回す。足を伸ばす。体操服だとなんだか体を動かしたくなるから不思議だ。体操服マジック?
朝の光。青い空。白いTシャツ。体が軽く感じる。
「よし、今日は島を一周してみよう!」
そう思いついた。これまで撮影対象のエリアにしか行っていなかった。でもこの島の全体像を自分の足で感じてみたくなった。運動不足解消にもなるし!
私は防波堤の上を走り始めた。
「よーし、行くぞー!」
気合十分。
……走り始めて5分後。私は膝に手をついて完全にバテていた。
「はぁ……はぁ……もう、無理……息できない……」
島の周囲はたったの1.2km。学校の外周より短いのに。それなのにアップダウンが激しくて全然進まない。上り坂、下り坂、また上り坂。なにこれエンドレス。息が苦しい。心臓バクバク。運動不足やばい。十三日間の疲労も、足に来てる。
島一周ランニング計画はあっけなく失敗に終わった。東京でいかに運動してなかったか痛感。体育いつもサボってたツケが。
息を切らしながら歩いていると、ふと防波堤の隅に真新しいペットボトルが置かれているのに気づいた。
「ん?」
近づいて見る。ラベルも綺麗で中には水が半分ほど入っている。手に取ってみる。新しい。本当に新しい。私が支給されたものじゃない。こんな綺麗なものがこんな場所に落ちているはずがない。
「まさか……」
スタッフが島にいる?それとも。背筋に冷たいものが走った。
「誰か……いるの?」
周りを見回す。誰もいない。気のせい?でもこのペットボトルは確かにここにある。怖い。握りしめていたペットボトルをそっと元の場所に戻す。
「誰のだろう……」
不安が込み上げてくる。私以外にも誰かが?でも誰も見当たらない。しばらくその場に立ち尽くしてた。風が吹く。怖い。急に島がもっと広く、もっと寂しく感じた。
「帰ろう……」
撮影は午後からにしよう。今は部屋に戻りたい。
階段を上りながら何度も後ろを振り返る。誰もいない、よね。でも不安は消えない。
部屋に戻ってボトル子に報告。
「ただいま、ボトル子!ねえボトル子、変なもの見つけた。飲みかけの、新しいペットボトル」
ボトル子の隣に、それを並べてみる。私のボトル子は、もう中身がない。こっちは、まだ濡れてて、冷たい。
「……さっきまで、誰かが飲んでた」
軍手は『前にいた誰か』の痕。でも、これは違う。冷たい。新しい。今日の、今さっきの、痕だ。
ぞくっとした。でも——指は、もう左耳の後ろをかいてなかった。怖い、より、近い。手の届く距離に、誰かがいる。その確信のほうが、強かった。
「ねえ。すぐ、そこにいるんでしょ」
返事はない。でも、いる。午後の撮影は、いつもより、ずっと周りを見て歩いた。




