第34話 昼・RAW現像の覚醒
午前中のロケハンと撮影を終え、部屋に戻った。
ゴスロリドレスは、廃墟の埃をたっぷり吸って重くなっていた。さっきより明らかに重い。
「重い……なにこれ、2倍になった?埃吸いすぎでしょ……」
脱ぎたい。めっちゃ脱ぎたい。でもまだお昼。午後の撮影もある。
「午後も着なきゃいけないのか……やだ……」
ボトル子に愚痴った。
「ねえボトル子、このドレス重すぎ。マジ無理」
ボトル子は笑ってる。いつも黙ってる。でも、聞いてくれる。
「笑わないでよ……疲れるんだって……」
タッチパネルでハンバーガーを注文した。ぽちっ。
「ハンバーガー!久しぶり!」
ウィーン。壁から出てきた。湯気が立ち上る。肉の匂い。
出てきたハンバーガーは、めっちゃ美味しそうだった。具がぎっしり詰まってる。パティがはみ出てる。
「こんな島でハンバーガーが食べられるなんて!文明ってすごい!」
両手で持ち上げると、ずっしり重い。がぶり。
「んー!とろけるチーズ最高!……ちょっとだけ、東京が恋しくなる味だ」
ミカと一緒にハンバーガー食べに行ったことを思い出した。駅前のバーガーショップ。いつも混んでる店。
「ミカ、いつも『チーズ多めで!』って頼んでたな……」
「私は『ピクルス抜きで』って……」
笑いながら食べた。美味しかった。楽しかった。
「また一緒に食べたいな……」
一人でハンバーガー。美味しいけど、ちょっと寂しい。誰かと一緒に食べる方が、絶対に美味しい。
食べながら、カメラのモニターで撮った写真を確認した。ぽちぽち。
「えーっと、午前中の写真……」
スクロールしながら見る。ぽちぽち。
51号棟の内部は、光と影のコントラストがすごく激しい場所だった。明暗差が激しすぎる。
「あー、これ……うーん……」
窓から差し込む強い光と、廊下の奥の深い影。普通に撮ると、明るい部分が白く飛んでしまったり、暗い部分が黒く潰れてしまったりする。カメラの限界。
「うーん、なんか違う……白飛びしてる……」
もっと、この光と影のドラマチックな感じを、そのまま写し取りたい。目で見た通りに。
「どうすれば……もっと綺麗に撮れるはず……」
ハンバーガーを食べながら、カメラのマニュアルを開いた。もぐもぐしながらページをめくる。
「設定……設定……どこかに……」
ページをめくる。ぱらぱら。文字がいっぱい。難しい。
「保存形式……JPEG……RAW……」
「RAW……?なにそれ?」
見慣れない単語。これまで見たことない。
これまで、写真は「JPEG」という形式で保存していた。スマホの写真と同じ、一般的な形式だ。それしか知らなかった。
でも、マニュアルには、もう一つの選択肢が書かれていた。
「RAW……生、って意味?生データ?」
読み進めた。難しい言葉が並んでる。
『RAWは、センサーが受け取った光の情報を、加工せずにそのまま記録する形式です』
「加工しない……?素のまま……?」
『データは重くなりますが、後からPCで、明るさや色を自由に調整できます。これを「RAW現像」と言います』
「後から調整できる……!」
これだ……!これが欲しかった!探してたのはこれ!
「これなら、白く飛んでる部分も、黒く潰れてる部分も、後から直せるかも!」
ハンバーガーの最後の一口を食べて、決意した。もぐもぐ。ごくん。
「午後の撮影は、すべてRAWで撮る!」
でも、気になることがあった。マニュアルに書いてあった。
「データが重くなる……」
SDカードの残量を確認した。ぽちぽち。
「えーと、残り……まだ大丈夫そう」
「でも、撮影枚数は減るだろうな……いつもより少ない枚数で完璧に撮らないと……」
プレッシャー。でも、やるしかない。
やるしかない。挑戦してみる価値はある。
「よし、行こう!」
午後の撮影は、すべてRAWで撮ることに決めた。
カメラの設定画面を開いた。ぽちぽち。
「えーっと、保存形式……JPEG……RAW……」
RAWを選択した。ぽち。画面に「RAW」の文字が表示される。
「よし、設定完了!」
ゴスロリドレスの重いスカートを持ち上げながら、再び51号棟へ向かった。また階段。
「また階段……このスカートで……マジ無理……」
慎重に下りた。一段ずつ。転ばないように。
51号棟に到着。
「よし、撮影開始!」
カメラを構えた。ファインダーを覗く。世界が四角く切り取られる。
一枚一枚のデータが重いから、SDカードの残量を気にしながらの撮影になる。慎重にならざるを得ない。
「残量……大丈夫……まだ余裕ある……」
でも、ファインダーを覗く私の目は、午前中とは明らかに違っていた。集中力が違う。
瞳に、光が宿る。
「ただ写すんじゃない……光を狩るんだ……」
光の情報を、狩るように、記録していく。一枚一枚が勝負。
窓から差し込む光の筋。
「この光……綺麗……」
カシャ。シャッター音が響く。
静寂の中、その音だけが響く。
廊下が落とす影。
「この影も……深い……」
カシャ。
外壁の質感。
「波の侵食の跡……ざらざらしてる……」
カシャ。
商店の看板。
「ナショナルの看板……文字もちゃんと……」
カシャ。
一枚一枚、丁寧に。慎重に。妥協しない。
「重複率80%……でも今日は少ない枚数で……一枚一枚が勝負……」
構図を慎重に選んだ。何度も確認する。
「この角度が一番いい……いや、こっち……」
カシャ。
夢中になって撮影していた。気づいたら2時間も経っていた。時間を忘れてた。
「もうこんな時間……」
撮影枚数を確認した。ぽちぽち。
「1800枚……いつもより少ない……でも……」
でも、質はいい。自信がある。一枚一枚、魂を込めた。
「これで十分……いや、これが正解……」
満足感があった。量より質。今日はそれを学んだ。
夕方の光が、51号棟を照らし始めた。
オレンジ色の光。
建物が、黄金色に染まる。
そして、黒いドレスの私も。
美しい。
部屋への帰り道、階段を上りながら考えた。はあはあ。息が切れる。
「RAWで撮影……新しい挑戦だった……」
「でも、いい感じ……多分うまくいく……」
「PCで現像するのが楽しみ……」
部屋に戻って、ボトル子に報告した。
「ただいま、ボトル子!RAWで撮影したよ!」
ボトル子は笑ってる。いつも黙ってる。でも、そこにいてくれる。
「データ重いんだけど、きっといい写真になる……はず!」
今日も、結局、誰にも会わなかった。崩れた窓の奥を覗いても、呼びかけても、返事はない。
でも、軍手の主は、確かにこの島のどこかにいる。私はそう、信じることにした。
「……どこにいるの? 出ておいでよ」
返事の代わりに、波の音がした。




