偽物の代償2
二日後、事務所のチャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこに立っていたのは仁と、見慣れないスーツ姿の紳士だった。
紳士は50代後半くらい、銀髪をきっちりオールバックにし、落ち着いた雰囲気を纏っている。
仁さんは少し緊張した顔で、しかしどこか安堵した表情を浮かべていた。
「健一君、高木君。今日は大事な方を連れてきた。」
紳士は丁寧に一礼し、名刺を差し出した。
「初めまして。昭和製薬の常務取締役、城崎 幸三と申します。片桐とは大学時代からの友人で、片桐ファーマシーと弊社の業務提携が成立した際にも、少々お手伝いさせていただきました。」
健一は名刺を受け取り、静かに頭を下げた。
「佐藤健一です。こちらが高木悠斗。片桐ファーマシーの調査顧問、Guardeanの者です。どうぞお座りください。」
高木も無言で椅子を勧め、皆がテーブルを囲んだ。
仁さんがまず口を開く。
「城崎には偽サイトの件を詳しく話した。そしたら、Guardeanに直接会って調査結果を聞きたいという事でね。」
健一は頷きながらノートPCを開き、事前にまとめた資料を投影した。
画面には、偽サイトのスクリーンショット、ドメイン解析結果、IP追跡のログ、ダミー注文で特定した発送元の倉庫住所(埼玉県内の貸し倉庫)、そして中国側のダミー会社群の関連情報が並んでいる。
「現状で判明しているのはこれです。サイトは中国のサーバー経由で運営されており、ドメイン取得は3ヶ月前、レビューはすべて捏造。発送元は国内の貸し倉庫ですが、商品は中国から輸入された粗悪品と思われます。片桐ファーマシーとは一切の資本関係・取引関係がなく、完全に第三者によるなりすまし詐欺です。今後は我々Guardeanが継続的に監視し、サイト閉鎖要請、警察への被害届提出支援、国際的な通報窓口への連絡を進めます。」
城崎は資料をじっくり読み、時折頷きながら目を細めた。
読み終えると、ゆっくりと顔を上げた。
「素晴らしい……早い上に、非常に詳細だ。通常、こうした詐欺サイトの特定には数週間から数ヶ月かかるものだが、君たちは二日でここまで追跡したのか。仁、良い調査顧問を抱えていて羨ましい限りだよ。」
仁は少し照れくさそうに笑った。
「Guardeanの優秀さは語りつくせる物じゃないんだ。城崎、提携の件は……?」
城崎は手を挙げて仁を制し、穏やかだが力強い声で言った。
「心配するな。業務提携に関する決定権は私が持っている。この資料と君たちの説明があれば、社内でも十分に説得できる。片桐ファーマシーは被害者であり、むしろ積極的に詐欺撲滅に協力している立場だ。悪いようにはしない。契約解除の話は正式に取り下げさせる。……ただし、一つだけ条件がある。」
健一と高木が同時に視線を城崎に向けた。
「今後もGuardeanには定期的に状況報告をお願いしたい。サイトが閉鎖されるまで、あるいは運営者が特定・摘発されるまで。昭和製薬としても必要なら法務部や外部のサイバーセキュリティ専門家を紹介する。仁、君の会社を守るのは、私にとっても弊社にとっても重大なことだ。大学時代、君がどれだけ真摯に研究に取り組んでいたかを、私は忘れていないからな。」
仁は目を潤ませ、深く頭を下げた。
「……ありがとう、城崎。本当に……ありがとう。」
城崎は立ち上がり、仁の肩を軽く叩いた。
「礼はいい。これからも、片桐ファーマシーと昭和製薬は共に歩んでいく。Guardeanの皆さんにも、感謝している。何か進展があれば、すぐに連絡をお願いします。」
そう言い残し、城崎は仁と共に事務所を出て行った。
ドアが閉まった後、高木が静かに呟いた。
「……これで、仁さんの会社は守られたな。」
健一はコーヒーカップを手に、穏やかに微笑んだ。
「そうだな。でも、まだ第一段階だ。偽サイトの運営者を完全に潰すまでは終わらない。」
健一は事務所のPCで転職情報サイトを漁っていた。
偽サイトの商品発送元である埼玉の貸し倉庫を特定した後、念のため「片桐ファーマシー」で検索をかけると――出てきた。
【急募】発送・梱包スタッフ(未経験OK・日払い可)
勤務地:埼玉県○○市××工業団地内倉庫
業務内容:医薬品サプリメントの発送作業、検品、梱包
時給:1,500円(交通費支給)
勤務時間:9:00〜18:00(シフト制・週5日〜OK)会社名は堂々と「片桐ファーマシー」。
もちろん本物とは無関係の偽物だ。
健一は画面をスクロールしながら、高木に声をかけた。
「悠斗、これ。偽サイトの商品を実際に発送してる倉庫で、求人出してる。潜入すれば、内部の証拠を直接掴めるかもな。」
高木は隣のモニターから目を離し、すぐに頷いた。
「いい手だ。倉庫内の様子、商品の実物、発送伝票、スタッフの会話……全部記録できれば、警察への被害届が格段に強くなる。仁さんにも、提携先の城崎さんにも、決定的な証拠として渡せる。」
健一はニヤリとして言った。
「決まりだな。潜入は俺がやる。美穂として、無職の女の子を装って応募する。男より女の子方がの溶け込みやすいからな。美穂なら『若い女の子がバイト探してる』で自然だろ?」
高木は健一に向き直って笑みを浮かべて言った。
「……美穂ちゃん、また出番か。忙しいな。でも、確かにその方が潜入しやすい。僕は外からバックアップする。倉庫の周辺監視と、仁さんへの連絡役を兼ねるよ。」
健一はすぐに仁に連絡した。
電話の向こうで、仁は一瞬驚いた声を上げたが、すぐに理解を示した。
「わかった。潜入か……美穂さんなら、きっと上手くやってくれるだろう。……生活拠点はどうする?」
健一はこう提案した。
「勤務地から3駅離れた町に、安いアパートを借りてもらえませんか?潜入中はそこで暮らして、日曜だけGuardean事務所に戻って報告します。仁さん、城崎さんにも毎週状況を伝える形にしましょう。」
仁はその提案を一も二も無く受け入れた。
「すぐに手配する。家賃も光熱費も、全部私が負担する。美穂さん……いや、健一君。くれぐれも、無理はしないでくれ。」
二日後、仁が手配したアパートの鍵を受け取り、健一は早速求人に応募した。
履歴書は「佐藤美穂、24歳、無職、アルバイト経験あり(カフェ・コンビニ)」というシンプルなもの。
写真は美穂のいつものロングヘア+青いリボンで、控えめに微笑んだ一枚。応募から30分後、携帯に着信があった。
採用担当(男の声)「佐藤美穂さん?急で申し訳ありませんけど、今日、面接に来れますか?」
健一は、美穂の声で明るくニヤリとして答えた。
「はい、大丈夫です!今から向かいます!」
面接は倉庫の事務所で行われた。
面接官は30代後半の男で、ニヤニヤしながら書類を眺め、ほとんど形式的に「経験は問わない」「真面目に働いてくれればOK」と言い、即採用を告げた。
制服はTシャツとエプロンで、明日から出勤と言われた。
美穂は丁寧に頭を下げて倉庫を出た後、すぐに高木に連絡した。
「採用された。明日から潜入開始。今からアパートに移動する。」
高木は頷いて、「了解。初日は様子見中心になるか。」
その夜、美穂は仁が借りてくれたワンルームアパートに引っ越した。
家具は最小限、冷蔵庫にはコンビニ弁当とペットボトル。
ベッドに座りながら、鏡に映る自分の姿を見て小さく微笑んだ。
「美穂として、会社を守る……絶対に成功させる。」
翌朝、美穂は制服姿で倉庫に向かった。
潜入捜査の第一歩が、静かに踏み出された。
日曜の報告日には、Guardean事務所に戻り、仁と城崎に詳細を伝える。
それまで、美穂は「無職の女の子」として、偽片桐ファーマシーの内部に溶け込んでいく。




