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第07話 天才とバカは紙一重

 さて、と。まずは挨拶代わりだ。

 俺が踏み込みと共に放った一撃は、訓練用の木刀とは思えぬ鋭い風切り音を置き去りにした。


「はぁッ!」


 シータはそれを、最小限の動きで受け流す。木刀と木刀が重なり合うたび、演習場の空気がピリピリと震え、観衆の勇者の卵たちが息を呑むのがわかった。


(……速いな。それに、重い)


 一見、華奢な少女のどこにそんな筋力があるのか。いや、これは筋力じゃないな。身体強化の魔法を、一撃の瞬間にだけ針の穴を通すような精密さで集中させている。

 俺が魔王の力で強引に引き上がった身体能力を、こいつは純粋な技術で凌駕しようとしていた。


「へぇ」

 シータは剣を交えながら、不敵な笑みを浮かべる。その瞳の奥には、自分と対等に渡り合える存在を見つけたというような喜びを混じらせてるような。


「へぇ」

 俺もまた、口元を歪ませる。

 魔王としての本能が告げた。こいつは、この場にいる誰よりも“勇者”に近いと。


 火花が散るような激しい連撃。打てば響く、最高密度の打ち合い。

 ディアマンテのみならず、実技試験を見守る全員がこの戦いに固唾を呑む。


 しかし、そんな熱戦の赤を連想させるこの模擬戦は、

 次の問いかけをもって、桃色に姿を変えていく。


「ねえ、もう一度聞くわよ。あなた何者?」


 三連撃を凌ぎ、鍔迫り合いに持ち込んだシータが、至近距離で問いかけてきた。


「お前の“はじめて”になる者だよ」


 伝説の勇者の血を引くエリート様は、生まれてこの方負けたことなんてないんだろ?

 だったらもらってやるよ、お前の『敗北(はじめて)』をな!


 そんな俺の思いは、


「は、はははじめてって!? べ、べべべつに私は、その……あ、あああれだし」

 ……伝わらなかった。


 シータを羨望の眼差しで見つめる瞳が、一斉にパチクリ瞬き、


「ち、ちげーよ! はじめてってそれじゃなくて、いや、もうなんかごめん!」

「ななな、なんで謝るかなー!? なんで謝っちゃうのかなー?」

 九十七名の失望へと変わった。


 先ほどまで目をキラキラ輝かせて見守っていた勇者の卵が、賞味期限の切れた卵のように腐りきった目で見つめている。


 うん。ごめんなさい。

 いや、俺だってあれだけ長々とカッコつけた手前、壮絶な戦いを見せようと思ってたんだよ? 死合いが始まった――とか言っちゃってるし。いやほんと。


 それでもどうにか軌道修正を図ろうと、鍔迫り合いを繰り広げてみるが、気付くと吐息を感じるほどに接近していた顔はまるで完熟したトマトのようで、つまりは食べ頃であり。


「え、近っ! なにお前。キスするの?」

 このコントのオチをつけるように、更に恥の上塗りをするのであった。


「う、うわあああああああああああ」

 シータは周章狼狽、飛び離れ、鼻息荒く虚勢を張る。


「や、やってくれるじゃない。だったらこっちもヤって、あっ!? ちが! 違うよ? ヤるってそういう意味じゃなくて。ちょ、ヤダ。そういうのじゃないんだからね?」


 先ほどまでの昂然たる口ぶりと打って変わり、そこにいるのは内股で顔を赤らめた純情可憐な少女。

 もうこいつはアレだ。ただの乙女ポンコツだ。


 ねえ、ディアマンテ先生。見守るみんなも綺麗にズッコケてますし、これ一本って扱いになりませんかね?


 レフリーストップを懇願するように、じっとディアマンテを見つめるが腕は上がることなく、代わりに両手を上げたのは、息を粗くしたシータ。


 その手を徐々に下げながら大きく深呼吸。

 落ち着きを取り戻したのか、高飛車な態度が復活する。


「すぅ~はああああぁ~。ふぅ~危ないところだったわ。精神魔法を唱えてくるなんて、卑怯な手を使うわね。まったく男らしくない!」


 何言ってんだろこのポンコツ。


「確かにあなたの気持ちはわかるわよ。私があまりにも魅力的でそのようにハレンチな精神魔法を唱えたってことはよくわかる。痛いほどわかる。わかるけども!」


 痛いなこのハレンチ。


「でもダメ。私より弱い男に興味はない!」

「あっそ。んじゃお前は俺に興味を持つことになるよ!」


 よし、決まったこれ。と衆人環視のなかドヤ顔をするも、精一杯カッコつけた俺の言葉は、いきなり始まった中二病全開の詠唱によって虚しく掻き消えた。



「開け――。我が呼びかけに煉獄より最後の蓋は開かれた。終わりと始まりを告げる浄化の炎となりて我は命じる――」

「切り刻め――。烈風荒ぶ万理一空を流浪する風の乙女よ。異なる実りに触れる風をこの手に。赤き果実を地に落とす罪深き我なれど、我が前に集いて科戸の風と成せ――」


 並列詠唱!? 声が二重に聞こえる。

 って、な、なんだそれっ!


 シータは別属性の魔法を同時に詠唱する。

 右側に猛り狂う紅蓮の火炎。左側に真空の刃を孕んだ烈風。

 それらがシータの指先で混ざり合い、圧縮され、臨界点を超えた『白い光』へと変質していく。


 おいおいおい、…………それはダメだろっ!


 ――爆ぜろ。その号令と共に、



「インフェル・ノヴァッ!!」



 刹那、音を置き去りに紅蓮の炎が爆発四散する。

 火炎が風に煽られ、爆流となって演習場を飲み込んでいく。魔法名そのまま、小型の超新星爆発が目の前で発生したかのような圧倒的な熱量。



「――!? や、やばっ! 絶対(アブソリュート)領域(・サイス)



 俺の周囲数メートル、一般的部屋の広さが、この世界の物理法則から切り離される。

 目の前で荒れ狂う業火も、大地を削る暴風も、俺のいる『空間』には一切干渉できない。

 軸が違う。世界が違う。次元が違う――不可侵領域。


 交わることなく、繋がることのない()()()()()()()()()()


 まるで、引きこもりの俺が部屋に閉じこもるかのように、

 世界から乖離する――拒絶の魔法。


 もっと早い話が――『魔王の力を使ったチート行為』


 モクモクと黒煙が舞い、演習場の大地がチリチリと焦げ付く。


「…………もう一度聞くわ。あなた何者?」

 畏怖が入り交じった視線で俺を見つめ、声と唇を震わせ、されど強がるシータ。


 と、そこへ、


「そ、そこまで! この大バカ者がっ!」


 ディアマンテの叱責によって、俺はこの模擬戦が没収試合になったことを痛感する。


 シータの唱えた炎と風を組み合わせた合成魔法は……、

 クレーターを形成し、半径百メートル全てを吹き飛ばしていた。


 ――俺とディアマンテを除いて。


「なあ、どうすんの? 見ろよこれ。えっおい! どうしてくれてんだよ!」

「だ、だってあんたが私を煽るから……、えーっと、ご、ごめん……なさい」


 素直に謝罪の言葉を口にするシータが頭を垂れた相手は俺ではなく、


 その先……。


 シータの唱えた魔法によって吹き飛んでいた受験者たちに向けてのものだった。


 ったく、バカかこいつは!


 試験結果どうなるんだよこれ……。

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