第06話 美意識は人それぞれだと思います
「始めっ!」
本日三十四回目の開始と同時に両雄剣を構え、ここから始まる華麗な剣舞に息を呑む。
まず動いたのはゴーン。
地を蹴ると、一足飛びに距離を詰め、空気を震わせる唸りとともに、木剣が上段から叩きつけられる。
さあチャド、一体どんな舞いを見せてくれるんだ?
一足飛びに対して八艘飛びか? よろしくさ~ん、と期待に胸を膨らませる中。
ゴォォ~ンッ!
……え!?
ゴーンによって奏でられた「ゴォォ~ン」という音が無常に響き渡る。
ありのままを伝えると、
ゴーンの振り下ろした渾身の縦一文字が、チャドの額にクリーンヒットしていた。
チャ……チャド? おま……あ、いや、美しいよ。
うん。確かに美しい。
見事なまでに美しい『真剣白刃取り』の……失敗。
しかし、ディアマンテは試合を止めない。当然の判断だろう。
だって――
「やるじゃないか~、僕のフィンガーストライクを突破するなんて!」
チャドは純白の歯を輝かせて笑い、軽口を叩いたんだから。
それと同時に、ゴーンは後方へ後退り、慌てふためき声を震わす。
「な、なぜ倒れない……? 脳を揺らしたはずだぞ……」
そりゃそうだ、訳がわからない。困惑は当然の結果だろう……が、
「わかることが一つあるだろ~? それは、君の心が醜く逃げたということさ~」
それに対する答えがなんともチャドだった。
「くっ、うおおおおおおぉぉぉ!」
逃げたわけじゃなく、助走をつけたのだと言わんばかりに叫声を上げながら、再度ゴーンは距離を縮める。
脳天への一撃が効かないのなら、上半身への一撃。
今度は縦ではなく、横への薙ぎ払い。
その攻撃を読んでいたか、チャドはニヤリと笑みを浮かべ、
「イリュージョンスルーッ!」
素早く体を回転させ、渾身の一撃を――
――全く受け流せず、横っ腹にゴォォォォォォォ~~ンッ!!
……ねえ、チャド?
お前ひょっとして…………弱くね?
だが、それでも試合終了のホイッスルは吹かれることなく、
「あーっはっはっは! 笑止だね~。ほら、また心が逃げた!」
高笑いのみ響き渡る。
ゴーンが非力……には見えない。
剣技が未熟……とも思えない。
そんな渾身の一撃が一度のみならず二度もクリーンヒットして、
なぜノーダメージ?
その感想はゴーンも同じなのだろう。
よって、怯み、怯えて、後退る。
絶望は、理解不能な事態から生まれる。
言動といい、こいつは何かがおかしいと。
ゴーンの顔から余裕が消え、呼吸が荒くなる。
目の前の男が人間ではない何かに見え始めたのだろう。
「う、うおおおおおおおおおおっ!!」
破れかぶれ、玉砕覚悟。全力の突撃を敢行した。
なりふり構わない全身全霊の一撃。
そんな鬼気迫る形相のゴーンとは対照的に、チャドは両手をクロスさせ、
「あーっはっは! それを待っていた! 君は今、君自身の醜さに負けるのさ!」
口元を緩め、必殺ブローを口にする。
そう! これまでの全ては布石とばかりに。
「ビューティー・クロスカウンターッ!」
ゴーンを煽り、思考停止した全力の一撃を引き出す!
そして、その力を何倍にもして相手に跳ね返す必殺の――
ゴオオオオオオオオオオオオォォォォォ――ンッ!!
あ、はい。
本日三度目となる除夜の鐘が土煙と共に諸行無常に響き渡る。
こりゃ死んだな。
手を合わせて煙が晴れるのを待つが、
そこに立つのは――
剣を震わせ目も虚ろ、瞠目訣舌のゴーン。
…………と。
顔面に木剣をめり込ませたまま、笑顔のチャド。
力を振り絞り、カウンターも厭わない、必死に打ち込んだ決死の一撃。
「あーっはっはっは」
それをまともに食らったはずの対戦相手が愉快に笑い、
「……な、なんで……なんでええええ……?」
ゴーンが力なく剣を落とし、膝をつくと、
「そこまで! ゴーン・ステファンの戦意喪失とみなし、勝者チャド・カレル!」
ディアマンテは試合終了を告げた。
努力した日々の全てを否定されたかのような表情で虚空を見つめるゴーンへ、チャドは髪をかき上げ片膝をつくと、
「僕だけが与えてたのさ、君に痛みを」
心ここにあらずの敗北者へネタバレを始めた。
「言い忘れてたけど、僕って、無痛覚者なんだよ。僕が感じるのは、心の痛みだけ。つまり、君の敗因は剣技じゃなくて、気持ち。“心”ってことだよ。だから僕は言っただろ? 君は君自身に負けると。それじゃ~、ディアマンテ先生、あとは、よろしくさ……ん……」
そう言い残しニカッと笑うと、チャドは笑顔のまま気を失った。
やだなに、その主人公っぽいやつ!
物理ダメージを無効にするチート能力と思いきや、痛みを感じないだけでダメージ自体は普通にあるみたいだな。今みたいに蓄積していったダメージが許容量を超えると意識がシャットダウンする、って仕組みか?
うん。ま、確かにカッコよかったよ。
なんだかんだ勝負に負けて試合に勝つ、ってところも主役っぽいし。
だけどチャド、一ついいかな?
今の戦い、カッコよくとも、美しくはないよな? どちらかと言うと醜い。
とはいっても、これから起きる醜さに比べたらまだましか……。
そう思い直し、その名がコールされる前に、俺は前に出る。
「続いて、シータ・フォン・アルスとダイチ・ヤギ。前へっ!」
気を失って正解だよチャド。
だって、お前がこれから目にしたであろう戦いは、美しさの欠片もない一方的なイジメにも似た醜悪な光景なんだから。
わりーな。残念ながら運が悪いと思って諦めてくれ。
蔑みの目で姿を見せたシータ・フォン・アルスという名の踏み台を確認する。
だけど、本当に運が悪かったのは……、一体どっちだったのだろう。
足音もなく魔王の前に姿を現した人物は、イジメと対極に位置し、勇者の卵の中にひとつだけ女神の卵が混じっているような――そんな少女だった。
その佇まいにディアマンテと対面したときと同じく、魔王センサーが警告を発し、シータ・フォン・アルスと呼ばれた少女を、踏みつける台ではなく、跳び超える箱として認識を改める。
艶やかな黒髪は、起伏に富んだラインを這うように腰まで伸び、金目銀目のオッドアイによって、すべてを見透かされたかのような錯覚を起こす。年は見たところ俺と大差はなさそうだ。見た目だけで言うと、まるでお姫様と見間違うばかりの清廉な少女。だが、こいつだったらチャドの心もボキボキに折ったのでは? そう思わせる心身の強さを感じさせた。
つまり――こいつはヤバい。
その存在は広く知られているのだろうか、シータ・フォン・アルスと呼ばれた少女が登場して以降、見守る観衆からのざわめきが止まらない。
「ねえ、あなた……何者?」
少女は前触れもなく、俺の目をじっと見つめ、奥底に潜む悪を公衆の面前に引きずり出すように、平坦でストレートな言葉を発した。
「何者と言われたら、勇者に憧れるただの少年だけど?」
ストレートに対して、こちらの投げる球は牽制球。
「ただの少年……ね」
「そういうお前こそ、さっきから後ろがザワザワしてるが、何者だよ?」
「アルスの名を耳にしてわからないのかしら?」
そんなのわかるわけ…………っあ!?
いや、……わかる。
俺はその名を知っている。
勇者の学びの園である聖アルフォード学園へ続くアルス大聖門。その冠名。
レヴィの教える魔王学にも度々出てきた『忌み名』
「お前……魔王を一人で倒したっていう“伝説の勇者”の家系か?」
「ご名答。どうする? 棄権する?」
「そっくりそのままリボンと、今ならサービスで木の剣も付けてお返しするよ」
危険球に対しては報復するだけだ。もしくは退場を願おうか。
「おいお前たち。これは実技試験だ。いがみ合う場所ではない。お互いを尊重するように! これ以上の不遜な態度は失格とみなすぞ!」
場外乱闘を繰り広げる俺たちに没収試合の警告が入り、お互い口を噤む。
言葉が平行線を辿る場合、それが交わるにはどちらかの口をへし折らないといけないよな。
心を折るように、骨を折るように、力尽くで。
お互いに不敵な笑みを浮かべたまま、
「始めっ!」
話の腰を折るように――死合いが始まった。




