第36話 難易度選択でベリーハードが選べるのは大体クリア後だ
そんなこんなで俺たちは現在陸を離れ、波に揺られ大海原――
ザザ~ン。ザザ~ン。
乗っているのは、学園が手配した小型の魔導帆船。
甲板に出れば、鼻腔を刺すのは潮の香りと、魔導エンジンの吐き出す青白い魔力の燃えカス。そして何より、凍てつくような北風だ。
「う、うう~。さっむ!」
俺は早々に甲板を諦め、六班のメンバーが詰め込まれた客室へと逃げ込んだ。
客室とは名ばかりの、窓もない狭い空間。二段ベッドが二つと、床に敷かれた毛布が一枚。この船の向かう先を知る俺たちは、各自制服の上に防寒着を重ね着る。目指す目的地が近づいてきているのか、寒さが厳しくなってきた。
そんなみんなを気遣って、揺れる船内で器用にお茶を配って回るシータ。その甲斐甲斐しさが、かえって俺の不安を煽る。
「おい。本当にこのクエストを達成できたら“15ポイント”貰えるんだろうな?」
「ええ、それはおじいさまが間違いなく約束してくれた。んっ、ダイチ」
言いながら、シータは俺にもお茶を手渡す。
ズズ~っとお茶を啜りながら、出るのは、ほっと一息でなく、溜息ひとつ。
はあああ~、折角の五連休が……。
入学より数えて約一か月。地球で言うと五月。
この異世界アルレキアの暦は、十二の節と三十の日を以て、世界を照らす太陽が一巡りする。グレゴリオ暦ならぬ、ノルン暦。
一日は三十時間だし、一か月に換算される節はどの節においても三十日。
と、まあ、地球とは多少の違いがあるものの、それでも違和感なく一年、四季折々を感じることができ、地球の、それも日本の季節感と大差がない。
といったところで五月の前半。
日本を思い返して、ここで思い当たることはないだろうか。
なんて引っ張る必要もなく、そう、ゴールデンウィークである。
地球で言う五月は、異世界アルレキアで言うと“花舞節”
読んで字の如く、花舞う季節の、一日より五日までの五日間。異世界アルレキアも図ったかのように、ここが連休となる。
『勇者に休日なんてあると思うか?』なんてディアマンテによる無慈悲な回答を覚悟したが、そんなこともなく、勇者休息期間と名付けられ、聖アルフォード学園も例外なく休日となるのだった。
普通なら、溜まった疲れを癒やし、シータの作る五十点の弁当片手にピクニックでもするはずだった。
だが、ここは勇者を育てる学園。その間で各班には一つの指令が与えられる。
いわゆる宿題と言う名の、クエストだ。
『クエスト』――
それぞれの街、それぞれの国には冒険者ギルドと呼ばれる依頼の受付所がある。
まあ、ゲームでもよくある定番のやつだな。
それこそ護衛、指南などの身辺警備から、買物、子守などの生活支援、中には恋愛、結婚の人生相談まで、種類豊富に千差万別な依頼が次々と訪れるが、その中でも、冒険者ギルドに舞い込む依頼の大半は魔物討伐。
つまり、魔物を倒すのは何も勇者だけとは限らないのだ。
冒険者と呼ばれ、クエストで日銭を稼ぐ、勇者になれずとも戦いを生業とする人たちは多数存在するし、中には特殊な呼ばれ方をする冒険者だっている。
勇者候補生の選抜試験を受け、夢破れた七十名を例にとっても、その中の半数以上は冒険者の道へ進む。勇者の適正のあるやつらだ。実力だけに留まらず、正義感も例に漏れず。よって、人を守り、尚且つお金稼ぎにもなる冒険者を選択することは必然と言えよう。
実際、冒険者の中には勇者に匹敵するとんでもないやつもチラホラいるらしい。
まあ、どの世界にもプロを凌ぐ素人ってのはいるもんだ。
おっと、話がそれた、クエストに話を戻そう。
では、俺達に下ったクエストは、王都メルクリスにある冒険者ギルドからの依頼かというと、実はそうではない。
まず最初に、王都メルクリスに冒険者ギルドはない。
いや、正確には、必要がない。
そこにあるのは勇者を育てる聖アルフォード学園。
よって、王都メルクリスでは学園がギルドも兼任する。
とはいえ、その内容はついでのレベルを遥かに超え、この学園には王都の住民からだけでなく、世界中から依頼が集まる。
七つの大陸各地に点在するクエスト。その中で達成が困難とされ、『S級』とされるクエストなど。彼の地の冒険者では手の付けられないクエストなどが、勇者の総本山といえる、この学園に集まるのだ。
そんな超絶難易度から、街のお使いまでが、まるで軒を並べるようにひしめき、果たしてそれらのクエストはどのように捌かれていくのかというと……、
基本は無茶ぶりである。
難度と適性を見極め、生徒から教師まですべてを対象に人選して、クエストを振り分ける。
それが学園の、もう一つのお仕事。
それは入学したての俺たちも例に漏れず。
教育の一環という体裁を振りかざし、クエストへ駆り出されることになる。
だが、あくまで俺たちは候補生。
それも一学年に下る指令なんて王都周辺のいざこざ、精々、村長の娘の救出レベルの難度『C』までだ。
そんなわけで、俺たちに下ったクエスト難度は、と言うと……、
難度――『A』
「なあ……シータ。本当に俺たちだけでドラゴンを討伐するつもりか?」
その内容は、“ドラゴン討伐”
生息地は意外なことに、魔界ではなく、人界。
ドラゴンは魔物ではなく、人界の生物なのだ。
魔物と一線を画し、それを、神の使い、と崇める地域もあるほど。
魔物と違うということは、ドラゴンは人を襲うことがないということ。
但し、基本的には、……だ。
つまるところ、――ドラゴンは無害ではない。
寝ている竜の尾を踏めば、ひと息に火を吹き、街を焼くこともあれば、ひと息に毒を吹き、胸を焼くことだってある。
場合によっては、討伐対象になりえる生物ということだ。
野生のクマが無害認定を受けるのはあくまで人に害をなさない限り、その牙を血に染めた場合、処分の対象になるのと同じこと。
と言った感じで、俺たちに下った指令は、
――花の都セツカを襲った、ホワイトドラゴンの討伐。
そんなゲームで言うならボスクラスを、勇者候補生の、それも一年。更に言うならその中でも断トツ最下位の六班がなぜ?
「よーし! 絶対にやり遂げるんだからね、みんな! 六班はやればできるってところをおじいさまに見せつけてやりましょ! えいえいお~!」
それは当然、このポンコツのせいだ。
どうやら、学園長室にいるとき偶然このクエスト依頼が舞い込んできたらしい。
聖光七家である、セツカ家からの救難信号。
それをシータは、強引に快諾した。
六班をバカにするなと胸の内で息巻いて。
俺とチャドがやらかした、マイナス15ポイントとの引き換えを条件に……。
難度Aの報酬が15ポイントってのが、高いか、安いか、判断に困るところだが。それでも、俺とチャドに反論の余地はなく。ハイネはニコニコ笑いながら、俺にだけ聞こえる小声で放送禁止用語を連発するものの、表向きは快く快諾。最後まで渋っていたのはセシルだったが、そこは気弱なセシル。四対一の状況をひっくり返せるわけもなく、うなだれるように首肯するだけだった。
ってなわけで、俺たちは七大陸のうちの一つ。
極寒の地――ブレストカーズ大陸。
その中心地。“花の都セツカ”へ舵を切っていた。




