第35話 悔しさが人を強くするという言葉に疑問を抱いた
ザザ~ン。ザザ~ン。
波に揺られ、甲板より消えゆく大陸を眺め、俺はひとり呟いた。
「……俺の五連休、返して」
さて、逃げも隠れもできない大海原で急いでもしょうがない。
ここは海のように大らかな気持ちで、少し時間を遡ってみようじゃないか。
何はともあれ、シータが学園長室から戻ってきたところから、
――この『悲劇』は幕を開ける。
バンッ!
まず激しく玄関を開け放つ音に、リビングで談笑していた俺とチャドは身構え、
ドタドタドタッ!
続いて聞こえる床を叩き鳴らす終末の鐘の音で、俺たちの平穏が終わることを理解した。
つまりは、死刑執行。
ゴクリと息を呑み、執行官を待ち構えるが……、
リビングに登場したシータは、顔を真っ赤にタクトを振るい、
「悔しい――っ!! あああもお――っ悔しい! なによもう悔しい! 悔しい!」
なんだか……すごくご立腹だった。
い、いや、気持ちはわかりますよ。
あれだけ親身になって勉強に付き合い、その結果があの有様。
悔しいですよね、わかります。怒りたい気持ちも十分わかります。
もちろん、謝ることもやぶさかじゃない。
むしろ謝りたい。土下座もこの際致し方ないと思っている。
滅多に見れるもんじゃないですよ? 魔王様の土下座。
なので、ちょっと落ち着きましょうよ、シータさん。
話せばわかりますって。ね?
だから、いきなりエンジン全開フルスロットルなのはちょっと……。
なんと言いますか……、こちらもまだ覚悟ができていないと言うか。
えっと、すみません。一つ確認なんですけど、
“叩き”ます? それとも、“斬り”ます?
意を決して、伏せた顔を上げると、そこで目にするのは、髪を振り乱し、クッションを何度も何度も壁に投げつけるシータ。
熱い視線に気づいたか、グルンと首だけ捻り、俺を視界にとらえると、
「ねえ、ダイチ。……悔しくない? ねえってば。悔しくないの?」
乱れた黒髪が表情を隠し、揺れながらやってくる様はまるでホラー映画。
「悔しくないったら悔しくない? 悔しくないの? 悔しいよね? ね、悔しい。うん、悔しい。ほら、悔しい。だから悔しい! 悔しい! ぐやじいでず!」
怖い怖い怖い……ねえ、なんなのこの貞子すげーしゃべるんですけど。
「そりゃ俺だってあの結果は悔しいよ。ま、でも、しょうがないって言うか……」
「しょうがない? あんなことを言われてしょうがないって何よっ!」
「あんなこと……? って。え? 俺、なんか言われたっけ?」
「言われたのよ! あんたはただの嘘つきだって!」
ふむふむ、誰だ! そんなこと言うやつは。よくわかってるじゃねーかよ!
そもそも勇者候補生としてここにいること自体が大嘘だしな。
「でも、そこまでは私も我慢できた。ダイチだし、そんな風に思われてもしょうがないって。ま、この人、自業自得だなって」
あ、はい。まあそうなんですけど。
それは面と向かっていうことじゃないですよ?
「だけど私言ってやったの! あんただけじゃなく六班もバカにしないでって! なのにおじいさまときたら……、もおお! 我慢できないのはこのあと! 六班に対してのあの態度!」
投げたクッションを小走りで拾いに行き、それをギューッと抱きかかえると、
「この班は見込み違いだった、失敗したって! 私以外は誰も彼も勇者に値しないんだってさ! どうせ六班はこのままぶっちぎり最下位で一年を修了するだろうから、せめて私だけは個人成績で二学年へ進級しろってさ。ああもお――っ! なんなのよそれっ!」
この一年で、総合ポイント下位二組は、進級できずに退学。
但し、下位二組の中から個人成績上位“一名のみ”二学年へ進級できる聖アルフォード学園のクモの糸。
ったく、誰だ! そんなこと言うやつは。冷静な判断じゃねーかよ!
「もおぉおじいさまったらっ! 思い出しただけで頭にくる!」
シータは抱えたクッションを雑巾のように搾り上げ、更にヒートアップ。
きっと、こいつは学園長であるじいちゃんに、直接怒りをぶつけることができなかったのだろう。
だからここでストレス発散、八つ当たり。
……と、それだけなら、まだ可愛かった。
「でも、心配しないで。言ったから。私、みんなに変わって言ってやったから!」
シータがシータたる所以を発揮したのは、ここから――
クッションを破裂させ、羽毛が舞い散る中、このポンコツは……、
「六班も一位になります! って。一位以外は全員で退学しますからって。ちゃんと言ったから! 私言ってやったからっ!」
天使のような笑顔で、可愛さの欠片もない悪魔のようなことを言った。
「「「「はあああああああああっ!?」」」」
声を揃えて四重奏からの演奏開始――
リビングに響き渡る阿鼻叫喚からの罵詈雑言。
鳴り止まないシータへの誹謗中傷。
その大半は俺だったが、普段は物静かなセシルでさえ、
「……頭の中ピーマンだ、この人」
なんて感情を露わに言い出したぐらいだ。
「えっぐえっぐ。だって、負げるわげにはいがないもん。ひっくえっぐ。それに。えっぐえっぐ。六班をあんな風に言われて。く、ぐやじがっだ!」
最後は恒例、シータはえぐみ強めに滂沱の涙を流し。
これにてライブ終了、幕が下りる。
「はあ~、ったく、せっかく明日から花の五連休だってのに……気分わりぃ」
「気分悪いのは、私だもん」
「……にしても、どうすんだよこれ」
「どうするもこうするも、やるのよ!」
「なにを?」
「名誉挽回のクエストを!」
「は?」
「だから、花の五連休じゃなくて、花の都!」
「何言ってんのお前」
「わかるよね? ほら、みんなもわかった?」
「いや、わかんねーって。どういうことだよ」
「だーかーらー、明日からの五連休は休みなし! 花の都セツカでお仕事ってこと! わかるでしょ!」
俺たちは四方向から種を撒くようにクッションを投げつけ。
「「「「わかるかああああああ――ッ!!!!」」」」
夜を徹して暴言という花を咲かせるのだった。




