第34話 説明は一気にやれとじっちゃんが言っていた
「安心してくださいおじいさま。みんなの期待に沿えるよう努力します」
見つめる視線から逃げ出すように距離を取って、私は良い子を演じる。
努力――
その先に、『人類すべて』が笑顔になる理想の姿があると信じて。
努力は報われる。
ね、ダイチ。そうなんでしょ?
でもそれってそんなに簡単じゃないよ。努力することは辛いし、苦しくて、それでもうまくできなくて心が壊れそうになる。本当は私だって逃げ出し――
――っ!? い、いけない。
胸に飛来する悪感情をその場に留めないように、ブツブツと呟き、外へと逃がす。そんな私の様子と、可愛らしい幼女の姿が重なり、私は微笑んだ。
ハイネっていつもブツブツ言ってるけど、何言ってるのかしら。
私のご飯を食べてる時とか、しょっちゅうブツブツ言ってるし。
美味しいって言ってくれてると嬉しいな。
そんな中、
仲間との思い出に逃げた私を叱ってか、おじいさまは詰問口調で問い質す。
「その努力、その結果が、今の成績なのか? シータよ」
おじいさまは、ポイント表を私に付きつける。
そこで目にする六班の総合ポイントは――『3ポイント』
学力試験で6ポイントをなんとか稼ぎ出して、どうにかこうにかの3ポイント。
つまり、その直前まで六班のポイントは……マイナスだった。
ここで怒りがこみあげてくるけれど、それはそれ、私が悪い。
歓迎遠足では鬼にうまく対処できなかった、私が悪い。
ダイチの授業態度が悪くて減点がかさんだのも、
学力試験で最下位だったのも、
全部、しっかりダイチを教育できなかった、私が悪い。
何から何まで、全部全部私が……私が…………悪い?
……え。なんで? それちがくない?
ダイチさえちゃんとすれば、こんな結果になっていなかった。
あれほど口を酸っぱく仲間に迷惑を掛けるなと言ってるのに……、
あの人ほんと何してるの?
『おじいさま、六班には一人問題児がいて……』
なんてことを言えたら、どれだけ楽なのかしら。
だけど……それをそのまま口にする気には到底なれなかった。
だって――
「それにしてもダイチという少年。ディアマンテからの報告では、女神レキア様によって、地球より召喚されたと聞いていたが、この体たらく。まあ、最初から鵜呑みにはしていなかったが。ヤレヤレ、こんなことならお前と同じ六班に選ぶんじゃなかった」
おじいさまは、こんなことを言ったんだから。
仕組まれたチーム分け。
眉唾物ではあるけれど、ダイチが伝説と呼ばれる原初の勇者『アルスの再来』足りえる存在ならば、私と敵対させるのではなく、同じ班として、手を取り、力を合わせ、取り込むのが吉と判断したおじいさま。
その結果、すべてにおいて、私が有利になるように働きかけた出来レース。
悪びれることもなく、おじいさまは更に言葉を紡ぐ。
「現在の総合一位は四班。リーダーは、聖光七家であるギンナム家の嫡男、クルーズ・ソード・ギンナム。シータ、よもやアルス家が後れを取ることはあるまいな?」
『聖光七家』――
ギンナム家、ヨーデル家、セツカ家、ギャッツ家、イングリット家、ドーワ家。
勇者アルスが現れるまで、魔王レイスの脅威から、自国の崩壊を食い止めた六家。そこに、アルスの血を宿すアルス家を加えた“七家”を、
人界の希望を灯す七英雄――聖光七家。
なんて呼ぶのだけれど……。
そんな呼び名ほど私たちが英雄的な存在じゃないことを、私は知っている。
魔王レイスを討ち滅ぼして早千年。現在、聖光七家の役目は、この世界アルレキアに降臨した”七つに別れたレキアの涙”を管理する、なんていう、英雄の役目とは程遠い、ただの管理者にすぎないんだから……。
私はおじいさまの後ろにある七色に輝く鏡を見つめる。
『七つに別れたレキアの涙』――それは、世界に生れ落ちた女神の奇跡。
むかし、むかし、”勇者や魔王が生まれる以前”の、むかし、むかし。人と人は血で血を争い、大地を赤に染め上げた。そんな人を憂い、嘆き悲しみ、女神レキア様は涙したという。天より飛来したその『雫』は、赤に染まる大地を洗い流し、世界を純白に染め上げた。
勇者アルスの物語と共に、幼少期から教え込まれた女神レキアの伝説。
そして、この物語には続きがある。
世界を染め上げる白き涙は、虹をかけるように“七つの大陸”に散らばり、やがてそれは、“神具”と呼ぶべきモノに形を変え、彼の地にそれぞれの『加護』を与えた。光に導かれるように人が集まり、七つの涙の上に“七つの王国”が誕生し、いつしか加護を与える神具は――七つに別れたレキアの涙と呼ばれることになった。
そこから人と人の争いは鎮火の一途をたどり、世界は平和になりました。
めでたし、めでたし。
……とはならず。
代わりに人は、
――魔物と争うことになった。
どのようにして魔物が生まれたか。
女神レキアの伝説には記されていないし、ここまでの話もそれこそ嘘か真か。真実味に欠けるけど……。
それでも、この話に一定の信憑性を持たせる『モノ』が確かに存在する。
私はおじいさまの後ろに輝く“鏡”を再度確認する。
『メルとクリスの鏡』
正直者の少女メルがついた、生涯で一度きりの虚実。
嘘つきの少年クリスが口にした、生涯で一度きりの真実。
人は、聖者の嘘と罪人の真実、どちらを信じるのか?
そんな教訓めいたおとぎ話を持つ鏡。
それがここ王都メルクリスに祀られる神具。
七つに別れた涙。その一つ。
アルス家が管理する七つに別れたレキアの涙。
真実を映し出す鏡で聖アルフォード学園を覆い、人に化けた魔物でさえ露わにしてしまう加護の正体。
ここでは、私は私以外の何者にもなれない。
私は私。アルスになることもできずに……。
この加護の前では、人も魔物もありのままの姿を晒し、
その本領は――完全世界。
一切の“嘘”や“隠し事”がなくなる世界を作り上げる。
それこそ嘘か真か、そんな言い伝えを持つ、世にも恐ろしい鏡。
優しさという名の嘘。礼儀という名の隠し事。
それらがなくなったらこの世は地獄だ。
親友は一瞬で宿敵に変わり、
家族はもっとも忌まわしい存在へと成り下がるだろう。
気持ち悪い――なんて私が思ったことをおじいさまが知ったらどうなることやら。
むかし話ついでに、もう一つお話を追加すると、千年前までこの加護が覆っていたのは、その名を冠したメルクリス城だった。魔王レイスによって無残な瓦礫と化したのだけれど、復興の後、成り代わるように、その跡地には国の象徴ではなく、平和の象徴として、聖アルフォード学園が創立された。言わば聖アルフォード学園は、アルス家の王城って言った方が話は早いのかしら。
それでもここは、王の住まう場所なんかじゃなくて、勇者を育てる人界の希望を紡ぐ場所。当然そこに集まるのは、その素質を秘めた希望の光。
それは聖光七家と呼ばれ、七つの大陸をそれぞれに統治する七家も例外なく。
この一学年にも七家はいる。
アルス家である私と、あと二人。
一人はおじいさまも口にした、現在の総合一位。四班のリーダーであるギンナム家長男クルーズ。アルス家を除く六家の中で最大勢力の名家の嫡男。と、まあ、それだけにクルーズってアルス家であって、年の近い私に対する風当たりがきついのよね。……実はちょっと苦手。
それともう一人はドーワ家の三女、レイン・フル・ドーワ。
この子は喋り方が独特。おとぎ話に出てくるお婆ちゃんのような喋り方。にも拘わらずハイネと変わらないほどのお子さまだから余計よね。それにしてもハイネったら、年齢も近いんだから仲良くすればいいのに、レインに近づこうとしないのよね。聖光七家ってことで遠慮してるのかしら。
そんな七家が平然と入り交じるこの学級。
つまり――
一位を取ることは並大抵のことじゃないってこと。
だけど――
一族の期待を一身に背負う私が、おじいさまに言える言葉に選択権はない。
なので――
「アルスの名を持つ、私が負けることは、絶対にありません」
いつものようにいつもの感じで、無感情にこの言葉を紡ぐだけ。
けれど――
言葉とは裏腹に、負の感情が揺らめく。
はぁ~、もお。一体誰のせいでこんな状況になったのよ!
セシルはセシルで、オドオドするし。
ハイネはハイネで、ブツブツ言うし。
チャドはチャドで、クルクル回るし。
ダイチはダイチで、ダメダメだし。
ほんっと、どうしようもないわね六班は。
……ほんっと。どうしようもない。
…………ふふっ。
もーほんと、私がいないと、ダメなんだから。
ここに来てからというもの、
セシルを想って、笑い。
ハイネを想って、笑い。
チャドを想って、笑い。
ダイチを想って、笑い。
私はやっぱり、この六班のリーダーなんだ。
だから――
私はこう言った。
緩んだ口元を引き締め、感情的にこう言った。
ふぅ~お待たせ。ようやく『本編』よ。
「それとおじいさま。バカにしないで! 六班も負けませんからっ!!」
それを受けておじいさまから発せられた言葉をもって、私は……、
いや、六班は――
“花咲く王国”へ、足を踏み入れることになるのだった。




