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第33話 普段話さない人と二人っきりになると気まずい

「はぁ~」

 溜息一つに前を見る。


 聖アルフォード学園・第三塔二階。

 そこにあるのは、装飾を削ぎ落とした、ただただ真っ直ぐな廊下。


 長く続く廊下がまるで私の歩いてきた道のようだった。

 曲がることなく、真っ直ぐに、一直線に伸びる道。

 そんな人生のような廊下を、振り返ることなく突き進んだ先、


 そこは……行き止まり。


「今の私そのものね」

 私は一人笑ってしまった。


 行き止まりの壁に触れると、冷徹な石が水面のように揺らぎ、紅梅色の扉が染み出すように現れる。


 女神の涙で血が薄まったような扉をノックすると、


「どうぞ」

 内側から響く古い羊皮紙が擦れるような乾いた錆声にゴクリと息を呑む。


 怯える視線を隠すように、前髪を目に被せ、私は再度笑ってしまった。


 何よセシル、これ思ったより前髪の隙間から前が見えるじゃない。見えないふりして、実はみんなのことちゃんと見てたのね。牡丹色の綺麗な目をしてるんだから、隠すのはもったいないわよ。それに男性が怖いあなたにも、いつかきっと素敵な人が現れるわ。想いを伝えるその時だけでいいから、前髪を上げてね。


 まずはと、お手本を見せるように前髪をかき上げ、私は扉を開けた。


「失礼します。シータ・フォン・アルス。入室します」


 一歩足を踏み入れた瞬間、鼻腔を刺激するのは、古い紙とインク、そして強烈な歳月の匂い。

 そこで目にするのは床から天井まで、四方の壁を埋め尽くしているのは数万冊に及ぶ本、本、本!

 まるで、部屋すら本でできているんじゃないのかと、勘違いをしてしまうような、そんな部屋。


 驚きの表情を浮かべたままクルリと一周その場で一回り。


「ふふっ」

 そこで三度(みたび)私は笑う。


 髪をかき上げクルリと回って、まるでチャドみたい。

 よろしくさ~ん。なんて感じで正面に向き直ると、


 知識の鎧に身を包み、歴史の上に座るように腰かける、おじいさまがいた。


「よくきたなシータ。息災か?」


 しわしわのしわを、しわくちゃにしながら笑顔で見つめる柔らかな瞳。

 その瞳は、新雪のように清らかな白銀。私の大好きな優しくて気高いおじいさまの目。


「はい。元気にやっています」

 その言葉を受けておじいさまは、腰を上げ、二人掛けのソファーへと移動する。


「シータ。ここに」


 促されるまま、重厚な革張りのソファーに腰を下ろす。

 ギシィ、と革が鳴る音さえも、ここでは遠い過去からの囁きのように聞こえた。


「もっと近くで顔を見せておくれ」


 隣に座るや否や、おじいさまは体ごと私の方を向き、じっと見つめて……。

 ううん、もう少し語弊なく言うと、


 私の“右目”をくりぬいて大事に保管するように見つめて、


「そのけがれなき眼。まさに英雄アルス様の再来だ。よいなシータ。アルスが人を統べるのだ。アルスが人の希望となるのだ。アルスこそが平和の象徴なのだ」


 それは真っ直ぐなんだけど歪んだ瞳。

 雪を踏み固めたみたいに汚れた灰色の目をしたおじいさま。

 まるでその名に縛られたアルス家の呪いのようで……私は……。


 私はそんなおじいさまの二面的な銀眼が、大好きで……大嫌い。


 でも、それよりもっと嫌いなものがある。


 私は……私の瞳が……嫌い。大っ嫌い。

 左目の銀眼、右目の金眼。勇者アルスと同じのオッドアイ。

 そんな私の瞳が……どうしようもなく私を苦しめる。


 勇者アルス――かつて魔王レイスをたった一人で討ち滅ぼし、世界に平和をもたらせた原初の勇者。女神レキア様に遣わされ、地球から召喚された千年も昔の伝説。


 その一方、()()()()()()()()()()()、かつて人界を、この世界アルレキアを、混沌に陥れた――魔王レイス。


 終末の針が天辺を回り、終わりの鐘を鳴らそうとした、その瞬間。

 天より降り立った勇者アルスは、一太刀に魔王レイスを切り裂くと、その身に浴びた血飛沫で、白き衣は真っ赤に染まり、艶やかな黒髪を、まるで勝利の旗のようにはためかせ、右目の金眼から“涙”を流し、左目の銀眼から“血”を流していたそうだ。


 大人は誇らしげに語り、小さな子供が子守唄のように聞く、勇者アルスの物語。


 そして、私はその話を聞くたびに背中が丸まっていく。

 重い想いを背負いに背負って、私は潰される。

 そのまま大地に突っ伏して埋まっていくと、その先は魔界なのかしら……。

 と、ここで私は言い慣れてきたその“音”の響きに、少しだけ口角を上げた。


 だって、


 “大地”に埋まってるのはほんとだもん。

 私の体は半分が“ダイチ”に埋まってしまっている。


『お前が背負ってるものなんて。軽いもんだ』

 そう言って半分を持ってくれたんだから。


 だから、私も持ってあげるんだ……。

 しょうがないから、またダイチと一緒に買い物に行ってあげよう。


 ポケットに詰め込んだ半分に欠けたハートを指でなぞる。


 思いと共に口角がどんどん弧を描き、それが笑顔と呼べるところまで上がると、おじいさまがニュートラルに戻すように口を開いた。


「アルス家といえども、生まれる子は銀眼の子供だけ。アルス様の血は、もはや我が一族に流れていないのかと嘆いたところにシータ。お前が生まれた。あの日お前は我らの希望となったのだ! 天より舞い降りた勇者アルス様のように! もう一度よく見せておくれ。黄金に輝く、その『希望の瞳』を見せておくれ!」


 おじいさまは私の顔に手を伸ばし、まるで眼球を舐めるように見つめる。



 …………気持ち悪い。



 そう思った私はやっぱりアルスになれないのかな……。

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