第31話 神がいるかいないかは神のみぞ知る
第一回・学力試験――当日。
試験開始まで、残り五分。
深閑の教室で、みんなは最後の追い込み。
一方俺は、今さら必死にやってる連中を鼻で笑い、準備運動と称した、スクワットを開始した。
「しゃぁ~! しゃああああ! しゃあしゃああああ」
「う、うん。ダイチ。しゃあ~だね。うん、しゃあだ。三倍速で動いてるね~!」
「しゃぁ~! しゃああああ! しゃあしゃああああ」
「でも今日は体力試験じゃないから、そこまで念入りな準備運動いらないよ?」
シータが三倍速で動く俺の手を取り、何度も何度も首を振る。
「しゃわわわ~! しゃわ~しゃわ~!」
「うんうん。わかる。浴びたいね。シャワー」
「しゃわわわ~! しゃわ~しゃわ~!」
「すんごいスクワットしてるもん。汗すんごいもん! 帰ったらシャワー浴びてさっぱりしようね。でも、これから学力試験だから。それだけは忘れないで!」
心配そうな瞳で見つめながら、シータは懇願するように手を握る。
「じゃわ~。じゃわじゃわ。じゃわかれ~!」
「うん。そうしよ。今日はカレーにしよ。腕によりをかけちゃうんだから私!」
「じゃわ~。じゃわじゃわ。じゃわかれ~!」
「そりゃそんなに動いてたらお腹も減っちゃうよ。今日は何杯でもおかわりしていいんだから! その前に学力試験だよ? ね? わかるでしょ?」
その言葉に俺は頷き、やる気をみせる。
「ぴぎゃあああああ! ぴぎゃぴぎゃ!」
「ん? ぴ、ぴぎゃ? え、ちょ、なに? 何て言ってるのダイチ。わからない! それはわからない! 学力試験頑張る! そう言ったんだよね?」
俺は絶好調の仕上がりをぴぎゃーして、シータが何故か頭を抱えぷぎゃーした。
きっと俺の充実した仕上がりっぷりに歓喜の涙を流したんだろう。
さあ、戦闘開始だ!
ウォーミングアップを終えると、学力試験? が否応なしに開始され、俺は七日間に渡った成果を遺憾なく発揮した。
こうして充実感たっぷりに帰宅後、俺は電池の切れたオモチャのようにピクリとも動かず眠った。
それより――三日後。
本日もつつがなく一日が終了すると思われたが、
「それでは、第一回・学力結果を発表する!」
現実を突きつけるディアマンテの声が教室内に木霊する。
あれから十分な睡眠をとり、俺たちはすっかり正気に戻っている。
四日目辺りまでは覚えていたが、そこから先の記憶が曖昧だ。
どのように試験を受けて、どのように帰ったか、その記憶が……一切ない。
シータに聞くと、どうやら俺は言語を超越したとのこと。
いやどういうこと?
俺以外においても、七日間の極限地獄を経て――
何故かハイネは斬属性にやたらと耐性を持ち、
セシルは水属性への耐性がおかしなことになり、
チャドは輝きを増して……なんかまぁチャドだった。
それぞれにおかしな能力が付与されて、無駄な努力はないと思い知る。
それに、あんなに勉強をしたのは生まれて初めてだった。
さて、その結果は如何に――
「それでは一位から発表していく」
ディアマンテの結果発表に固唾を呑み、俺の脳内でドラムロールが鳴り響く。
「一位。合計得点、500点。シータ・フォン・アルス」
ちょ、嘘だろ? 今回は五教科の試験だった。
それってつまりは……満点!?
……マジかよこいつ。
シータはさも当然のように結果を受け入れ、遅まきながらに手を合わせた。ここまでは想定通り。ここからが本番と言わんばかりに……祈るように手を合わせる。
果たしてその願いは……。
「三位。合計得点、488点。ハイネ・グリム」
早くも花開く。
「きゃあああハイネっ! ハイネハイネ! ハ・イ・ネッ!!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
うお。やっぱ七日間も死ぬ気で勉強すると、結果は出るものなのか?
努力は報われるものなんだな!
「ほら言ったでしょダイチっ! あんたはハイネに勝てないって!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
「言ったんだよ~! ハイネ! 私、この人に言ってやったんだよ~!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
「ね~! ハイネ。ね~! ハイネは頭いいんだもん! ね~!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ。
いや、うるせぇ。
さっきからパチパチ手を叩く音がうるせーっ!
嬉しいのはわかったから、ちょっと落ち着けって。
パチパチの連打が高橋名人みたいになってるから!
誰が一秒間に十六回も拍手しろって言ったよ。
「おっほん。シータ。減点されたいか?」
ディアマンテの咳払いによって、シータはピタリとその手を止めると、再びお願い神様モードに突入。だが、願いも虚しく、トップテンの中に六班の名がそれ以上呼ばれることはなかった。
「耳がおかしいのかな? ハイネ以外の名前が聞こえない。……いいわ、まだ“上位”だもの。ね?」
「「「……」」」
歯ぎしり交じりに耳かきを始めたシータを見つめ、三者三様、黙る中、
「十三位。合計得点、441点。セシル・フリップ」
その呼び名にセシルが、安堵の表情のあと、
「よかったあぁぁぁぁぁセシル~っ! よかったよおおおおおおぉぉ!!」
シータに抱きつかれ、苦悶の表情を浮かべる。
「し、シータさん。く、苦しい……」
「ほんとよかったぁぁぁぁ! ほんとおおおおぉぉ!!」
「いや……ほんと…………死にます」
俺とチャドはその様子を見つめ、素直に喜べず、冷えた汗が止まらない。
「ちゃ、チャド……これ、マズいな」
「ふっ、ダイチ。君は知らないのかい? ヒーローは遅れてやってくるのさ」
おーけー。おーけーだよチャド。
こういう時のチャドは俺の期待を裏切らないから安心できる。
お前はやっぱそうだよな。
一生やってこないヒーローを演じてくれ。
「第十五位。合計得点――」
チャドの軽口に、気を楽にした俺だったが、
「第二十位。合計得点――」
戦局は刻一刻と、笑えない方向に舵を切る。
二十位が過ぎたところで俺の笑顔は消え、チャドへ死亡順位の確認を取る。
「な、なあチャド。ヒーローって、どこまで遅れてもいいのかな……?」
チャドもそれを察して、いつもの飄々とした表情を崩し、
「多分マイナスにならない二十五位までは許される……と思いたいけど」
言うや、ふたりでチラリとシータを覗き見て……目を伏せた。
そこにいたのは……、
顔を真っ赤に、先ほどまでの祈る手は、体を絞め殺すかのような腕組みへ形を変え。ポイント限界点である二十五位の発表が終わった地点で、シータは拳を握り、
――死刑執行をとっていた。
「だ、ダイチ。おかしい。なんだか“痛み”を感じるんだけど?」
チャドの目と鼻の先で、じ――っと、見つめるシータ。
まるで格闘技のゴングがなる前に、選手同士がガンつけするあれだ。
その威圧感は無痛覚者であるチャドの心にダメージを与えた。
それもそのはず、これより先は急降下。
プラスのポイントは……存在しない。
二十六位から二十九位までが、マイナス5ポイント。
最下位は、マイナス10ポイント。
俺とチャドが獲得するポイントは、そのどちらか。
「二十七位。合計得点358点。チャド・カレル」
まず抜けたのはチャド。
これでチャドは傷を負いながらも、最悪の危機は脱したかと思われたが……。
白い歯を見せキラキラ笑うチャドに「あとで話があるから」なんて肩を叩き呟くシータの姿を見て、既に最悪は回避できないことを知る。
金太郎飴よろしく、どこを切ろうがもう閻魔様しか出てこない。
それでも……最下位は嫌だ。あんなに頑張ったんだ。
努力が少しぐらい報われてもいいだろ!
残りは三名。
机に顔を伏し祈る中、ディアマンテの声が教室内に響く。
「第二十八位」
その声に顔をガバッと上げる俺が、正面で目にするのはディアマンテでなく、鬼気迫る表情で拳を握りしめる閻魔様。
あのー、すみません先生。
人界に鬼が出現してますけど?
前が見えない災厄なので、この鬼退治してほしんですけど?
そんなわけで、二十八位でも……俺は呼ばれず。
こうして運命戦となる、最終審判の時が来た。
二十九位。そこに呼ばれることを祈って……。
俺は見たこともない神に祈るのだった。




