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第30話 人は何かを失って、何かを手に入れる

 足取り重く登校。時刻は朝七時。


 聖アルフォード学園の一日は驚くほど地球の学校と形式だけは似通っている。

 少し違うことと言えば、それらすべてにポイントが絡み、個人への査定と共に、所属の班も影響を受け連帯責任になることである。

 登校時間は厳守。サボれば減点。遅刻すれば連帯責任。病欠ですら「魔物の前で体調不良と言い訳できるのか?」というディアマンテの無慈悲な一言で、実質的な皆勤強要がまかり通っている。


 学園生活に関しても、各種の学科を一時間刻みで学び、昼には食事休憩もあるし、学園内には食堂や売店なんかもある。


 但し、やはりそこは勇者を育てる学園。


 学生食堂の人気メニュー聖剣パンは、見た目はエクスカリバーだが、食感は凶器のように硬い。噛み砕くたびに顎が鍛えられるという自己強化の一環らしいが、俺にはただの嫌がらせにしか思えない。

 廊下を歩けば壁面に歴代の英雄たちが魔物を屠るレリーフがこれ見よがしに彫られ、売店では消しゴムの代わりに魔力回復の丸薬が飛ぶように売れている。

 教室に目を向けると、机は魔法障壁の実験に耐えうる頑丈な魔導石で作られ、黒板の代わりに巨大な魔力水晶が宙に浮いている。隣の席に座るのは幼女から二十歳すぎのお姉さんまで、やはり地球の常識は通じない。


 そして、さらに通じないのは学業である……。


 授業において国語、数学、社会などの基礎教育はなく、国語の代わりに精霊言語学。数学の代わりは多角形魔法陣の展開計算。社会の代わりというと魔物生態分布と弱点概論。

 即ち、地球の知識など一ミリも役に立たない。


 とはいえ。とはいえだ!

 この学級にはハイネのような幼女もチラホラと見受けられる。

 ……ならば!


「なぁ、シータ。やっぱさ、流石に俺が最下位になることはないんじゃね?」

「なるわよ。何言ってんのあんた」

「いや、だってさ、俺、ハイネに負ける?」

「負けるわよ。実技試験だと、まぁ、そうは言い切れないけど……」

「学力じゃ負けるってのか?」

「だから負けるって」


 さてと、もう一息か。


「俺がぁ~? あんな幼女にぃ~?」

「あんたが! ハイネに!」

「負けるのぉ~?」

「負けるの!」

「だったらさぁ~、何か賭けれるぅ~?」

「いいわよ!」


 はい、釣れた。


「んじゃ、おっぱい賭けろよ」

「おおおおおぱぱぱぱぱぱっ!?」

「こっちは一週間徹夜になるんだ。そんぐらいのご褒美がないとやってられない」

「お、おっぱいを……どうするの?」

「触るの!」

「さわわわわわわっ!?」

「自信あるんだよな?」

「……あ、ある……けど」

「だったらいいじゃねーか!」

「わ、わかったわよ! おっぱいでもなんでも好きにすればいいじゃない!」

「なんでもって……お前……あ、ありがとうございます」

「ちがっ! 触ってもいいのはおっぱいだけ!!!」


「触っていいわけないだろ」

 教室内に響き渡るシータの絶叫をかき消す冷徹な声。


「なっ!?」

「減点1だ」

 いつの間にやら教壇に立つディアマンテは、静かに赤点を付け、


「いや、だって、その……」

「風紀を乱すな!」

 至極まともな解答を示すのだった。


 そんなわけで今日も一日、学園生活は滞りなく過ぎ去り、時刻は二十時。ウマくもなくマズくもない五十点の晩ご飯を食べ終え、これから五十点と言わず七十、八十点を目指すべく、地獄の試験勉強が始まるのであった。


       * * *


「今日は朝まで勇者学を徹底的にやるから、そのつもりで!」


「……」

 無言の抵抗を示しつつ、何はともあれ、覚悟を決め授業の開始を待つ。

「…………」

 が、待てど暮らせど、始業の鐘が鳴らない。


「………………え、何? お前なんなん?」


 普段かけもしない眼鏡姿のシータは、腕組みのまま指先だけトントンさせ、


「お前じゃなくて、先生。シータ“先生”。でしょ? ダイチ」

 

 はい、形から入るシータさんでした。

 どうせならお医者さんゴッコにしてくれませんかね?


 こうして始まった七日間の地獄講習。


 その二日目――

「……ふぅ~、つ、疲れた。脳が痛い!」

「はぁ~、この程度で音を上げてだらしない。それじゃ、仕方ないから少し休憩」


 時刻は深夜三時。完徹二日目。


 ハイネが、剣山に顔を突っ込み、泣き喚く。

 セシルとチャドは、まだ平気そうだ。


 こうして夜が明けた。


 三日目――

「……っぷっは~、つ、疲れた! 脳が重い!」

「ま、あんたにしては頑張った方じゃないかしら。それじゃ少し休憩」


 時刻は深夜三時。完徹三日目。


 ハイネが、今日も剣山に顔を突っ込み、泣き喚く。

 セシルのスベスベお顔に、デキモノが発生。

 チャドは、まだ平気そうだ。


 こうして夜が明けた。


 四日目――

「……ぐっは~、ず、ずかれだ! 脳がじぬ!」

「ふふっ、今日は結構頑張ったんじゃないかしら。よし、それじゃ少し休憩」


 時刻は深夜三時。完徹四日目。


 ハイネが、剣山に顔を突っ込み、笑い始めた。

 セシルの顔が、デキモノで埋め尽くされ。

 チャドの白い歯が、少し黄ばむ。


 こうして夜が明けた。


 五日目――

「……ぐふ。ぐふふふ。グフとは違うのだよグフとは」

「ま、まあ、あんたにしては頑張ってるかも。う、うん。それじゃ大いに休憩」


 時刻は深夜三時。完徹五日目。


 ハイネが遂に剣山を克服。剣山を枕にして眠るという離れ業を披露。同時に“斬属性”への耐性が飛躍的に向上。

 セシルの顔は、もはや原形を留めず、顔面モザイクの完成。

 チャドは黄ばんだ歯を見せながら、うっすら発光が始まる。


 こうして夜が明けた。


 六日目――

「……っか~、きもちぃ~! 脳がスマッシュ~!」

「あ、あの。頑張りすぎないで。ね? それじゃ休憩。ね、休憩。休憩しよ?」


 時刻は深夜三時。完徹六日目。


 ハイネは針治療のごとく剣山に顔を埋め、気持ちよさそうに熟睡。

 セシルの肌はシータの宣言通り、六日目にして一転、奇跡のハリをみせる。水をかけてみると弾く様は、まるで散弾銃。“水属性”への耐性が格段に向上。

 チャドはと言うと、黄ばんだ歯を中心に光が溢れ出てくる。


 こうして夜が明けた。


 七日目――

「僕はね思うんだよ。この世界は神の即興劇なんじゃないかって。演者は僕ら。自ら選択し、自ら行動を示しても、それは全て神の手のひらの上で踊らされているだけなんじゃないかって。都合のいい配役、都合のいい役目を演じさせられているだけなんじゃないかって。でもね、それでも僕は信じたい。この劇の終わりがハッピーエンドだってことを!」

「ダ、ダイチ?」


 時刻は深夜三時。完徹七日目。


 もはや剣山の上で生活を始めるハイネ。

 お風呂に入るもお湯が弾け飛び、湯船に浸かれないセシルは泣き出すが、その涙でさえ飛び散り、泣けば泣くほど殺傷力を増していく人間兵器が完成を迎える。

 一方、チャドは、発光現象が発生。その様は、後光が指して、もう何と言うか、ご利益のない神様の降臨。


 そんな地獄絵図を見たシータは、小さな小さな声でポツリと一言。


「ごめん。やりすぎた」


 こうして、俺たちはバッキバキに仕上がった。

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