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第29話 好き嫌いはないけれど、それとこれとは別問題

「ただいまーっと」

「ダ、ダイチお兄ちゃんっ! 何を買いに行ってきたの!?」

 戻るや否や、ハイネがバタバタ慌てふためきやってくる。


「ん?」

「ちょっと止めて!」

「何を?」

「晩ご飯がおかしなことになってる! あいつヤベーって。頭おかしいって」


 ハイネハイネ。気を付けて、本性が出ちゃってるよ?


「ちゃんと一週間分の食材を買ってきたぞ? 特に変わった……あっ!」


 え、嘘でしょ? あいつ……そんな区別もつかないの?


 慌てて食堂に行くと、そこに並ぶは一人に“ワンホール”


 ――彩り鮮やか。

 フルーツが飾り付けられた丸ごとホールケーキがテーブルを占拠する。


 いや、確かに聞いたよ? 聞きました。

『ケーキを作りたい』って、聞きました。

 いいねと賛同もしました。

 ええ、ええ。行きましたとも、青果店。


 でもさ……、()()()()ケーキになるって思います?


 そこにいたのは――

 生クリームを頬に付け満足げに笑うシータと、対照的な二人。

 

 ケーキに顔を押し付けられたかのように顔を白くするセシルと、生クリームのような歯を見せてひき笑いのチャド。甘さの欠片もない独り言を呟きながらハイネが席に着くと、三人は死んだ魚の目で俺を見つめ、その目は確かにこう言った。


 ――なんとかしてください。


 目は口ほどにものを言う。せめて……魚を、と。


「ナニコレ?」

 俺はテーブルにドーンと鎮座する五人分のケーキを指差し、


「ん? 何ってご飯だけど?」

「ふざけんなお前! 晩ご飯の後に出てくるのがケーキってやつなんだよ!」

 三人の想いを背負い、声高らかに代弁する。


「ね、ほらみて、美味しそうでしょ!」

「……いや、うまそうだけども」

「初めてにし、お、おっほん。久しぶりに作ったにしては上手くできたと思うんだけど! えへへ。ど、どうかな?」 

「……どうもこうもないんだけど」

「さっ、ほら、みんな遠慮せずに食べて食べて!」

「……その前に食べるものを作れって言ってるんだが?」

「おかわりだってあるんだからね! えっへん!」

「…………」


 初めて作ったケーキにテンションが上がっているのか、それとも想像以上に上手くできた自分にテンションが上がっているのか、それはわからないけど、兎にも角にも俺は三人に目で告げる。


 ――今日の晩御飯はケーキです。安心してください、おかわりもあるそうです。


       * * *


 明けて翌日。


 ふわぁ~。う、うっぷ。なんかまだ胃もたれしてる。


 あの後、俺はシータを呼び出し、食事の定義について質問をしてみたが、食べて栄養の取れるものは全て食事と定義していたこいつは、ポンコツにもほどがある。


 一晩かけて懇々と説教し、これで次からはデザートとして食後にケーキが出てくることになるが、それが一人に一つ。ワンホール丸ごと出てくることをその時の俺はまだ知らない。いや、知りたくもない、なんだそれ、どこの大食いチャンネルだよ!


 但し、シータはシータで思うところがあってのことだった。

 こいつはみんなにたくさん食べて栄養を付けてもらおうと、奮起してもらおうと、一生懸命だったのだ。それだけ聞くと健気で可愛らしい。


 だがその実。その根っ子が可愛くない。

 なにせこいつの目的は――


「いい? みんな! 来週は『学力試験』があるからね! 今日から()()()()()()()()()()()()()


 いわゆるドーピングだったのだから。


「「「「て、徹夜――っ!? い、一週間っ!?」」」」


 昨日と打って変わってありふれた朝食、何気ない平和な朝。そんな日常をぶち壊す提案に、俺たちは息を合わせて五十点の味噌汁を噴き出した。


「は、ハイネ……お子さまだからお眠になっちゃうかもぉ~」

 慌てて予防線を張るハイネ。


「ふふっ、大丈夫よハイネ。眠らないようにちゃんと剣山を用意する! 私いつもそれでやってるから。すごいんだから剣山! 効果絶大よ!」


 大丈夫じゃないですシータさん。

 すごいんだから剣山って、本当にすごいことになりますよ?


「で、でもシータさん? あの……寝不足は美容の敵ともいいますので……」

 セシルは京紫の髪との対比が美しい真っ白な肌を見せつけ、目元を隠し口開く。


「ふふっ、大丈夫よセシル。六日目を超えた辺りで肌は逆にハリを見せ始めるの。ほら、聞いたことない? 悪環境に追い込まれた生物は、その環境下でより効果的に栄養を蓄えようと生態を変えるって話。多分それと同じね!」


 同じじゃないですシータさん。

 それはもう生態を変えるんじゃなくて、変な生態。変態です。


「おやおや、それだと僕が参加できないじゃないか~。僕のレベルにみんなが付いてこれないし、ここは涙をのんで辞退するしかないね~。いや~残念だよ。それじゃ~そういうことで、よろしくさ~ん」

 チャドは必死に美しさの欠片もない醜い足掻きをみせるが、


「ふふっ、大丈夫よチャド。学力試験一位は私に決まってるから。それじゃあなたは二位を目指してみて! よろしくさ~ん! ってねっ」


 決まってるんですねシータさん。

 でもその返しはナイスです! だって、ねえほら、チャドの顔を見てくださいよ。こんなによろしくしない表情もできるんだねチャド。でも身から出た錆だ。ま、精々がんばれ!


 そんな悠長に構える俺へトドメとばかりに、


「ダイチ。あんたは私とマンツーマンで徹底的に勉強するから。そのつもりで!」


 地獄の片道切符をくれるのだった。


「ちょ、ちょっと待て! たかが学力試験でそこまでやらなくても……」

「あのねえダイチ。学力試験の結果は個人にポイントが入り、イコールで六班のポイントに加算されるに決まってるでしょ!」


 あ、はい。まあ、そうですよね。


「一位に“10ポイント”。二位から五位までは“8ポイント”」

 シータによる説明が始まる。


「以降ポイントは減っていき、問題は()()()()

 俺にグイっと詰め寄り、


「二十六位から二十九位の四名のポイントは“マイナス5ポイント”。最下位である三十位。私が最も恐れているのは、()()! ここなのよダイチ」

 両手で俺の頬をプレスするように挟み上げ、


「最下位は“マイナス10ポイント”。今の私はあんたが最下位になる事を魔王なんかよりよっぽど恐れてる!」


 すみません、それ、魔王を恐れているという意味に変換することもできますが如何されますか?


「ば、バカッ! いくら俺でも最下位なんて……」

「最下位なんて何? ダイチ。私に誓える? 最下位を取らないって、今ここでみんなの目を見て、胸を張って、約束できる?」


「…………できません」


 はい。そんなわけで、本日より一週間。

 不眠不休となります。

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