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第27話 好感度を気にしないと主人公が誰かわからなくなる

 一夜明け――


「ねー、ねーってばー、……なんで私があんたの荷物持ちなわけ?」

 依然としてブーたれるシータ。


「んだよ、私も持つ、って言っただろ! それに料理担当のお前が献立を決めなきゃ、買う食材も決まらないだろ。ほら、なんか作りたいもんとかないのか?」


「あ、じゃ、じゃあ私さ……えっとね。ケーキを作りたい!」


 ご飯を作れよ! とツッコみたいところだが、スラランのおやつを食べ損ねている俺はそれに思いっきり反論できなかった。

 甘いものを欲してる……はい、ありだと思います。


 といったわけで、俺たちは寮を出て、王都のメインストリートを歩む。

 焼き立てのパンの香ばしい匂い、精肉店から漂う生肉の血の匂い、そして威勢のいい商人たちの掛け声。俺たちは、銀鱗を踊らせる鮮魚店を素通りし、まずは青果店に向かうのであった。

 そう、目指すはフルーツケーキだ!


 そんな中、熟れた甘さの欠片もない、憂いた狂乱の声が呼び止める――


「ああああ、勇者様! うちの子を見ませんでしたかっ? ああぁぁぁぁ」


 すがりつくように俺とシータの手を引き、左右の靴が違うことが焦りを物語っていた。

 

「落ち着いてください。冷静に」

 シータは取り乱すおばさんの肩にそっと触れ、

「深呼吸」

 息を忘れたおばさんに、ニッコリ笑顔で口開く。


「大丈夫。ほら、私がいます。だから教えてください。何があったのですか?」


 腫物を見る目でドン引きの俺とは対照的に……。

 うーん、勇者っぽい。

 って、そりゃそうか。勇者の中でも最高峰のエリートの血を引いてるんだったっけ。普段ポンコツすぎて忘れがちだけど。


「ス~ハァ~。……息子の名はポコと言います。年齢は八歳。坊主頭で身長は」


 激しく上下していた肩は落ち着きを取り戻し、ポコの母さんは感情を押し込め、シータに状況を説明した。


 それをかいつまむと、ポコを一人にして家を留守にした。私用を終え家に戻ると花瓶が一つ割れているものの、それ以外に家の中が荒らされた形跡はなくポコが消えていた。

 どうやらそのようなことらしい。


 そこまで聞くとシータは何かを察したように微笑み。


「ご自宅でお待ちください。お子様はすぐに私が見つけ出します」


 必ず探し出してみせると約束を結び、

 こうして突発的にクエストが開始されたのだった。


       * * *


「な、なあ、魔物にさらわれちゃったとかじゃないのか? 安請け合いしてほんと大丈夫かお前。子供が死んでましたとか……そんな報告辛いだけだぞ?」

 忠告する俺にシータはケロっと笑い、質問を質問で返す。


「あんた親に怒られた経験ないの?」

「は? あるに決まってんだろ」

「怒られるの嫌だなーって思ったことは?」

「怒られるのが好きな奴なんて、それこそただの変態だろ!」

「ん? だからそれがあんたのことじゃないの?」


 いやこの人酷いことを言う。

 ポコがさらわれたかもしれないのに随分と余裕だなこいつ。

 そんな疑問を解消するようにシータは語る。


「それこそあんたが昨日言ったじゃない『いやなら逃げればいい』て。それってつまりは――()()()()()()()()()逃げたっていいんでしょ?」


 シータは小高い丘を見つめ、「パリーン」と何かを割った効果音を口にする。


「ん? ……あー、そういうこと」


 これは込み入った話じゃなくて、なんてことのない家庭の話ということか。

 花瓶を割ってしまった子供が母親に恐怖して逃げだしただけの他愛もない、そんな、家族の話。


「私も子供のころ割ったことがあるわ。私が割ったのは窓ガラスだけど。それでも怒られるのが嫌でどこかへ逃げだしたくなったものよ。まあ、相手が世界になるとそうも言ってられないけど。ねっ!」

 視線を小高い丘から青空へと移し、シータはにへらと笑う。


「でも、ポコの居場所がわからないことには。思い当たる場所でもあるのか?」


 聖アルフォード学園を創立した人界の英雄アルス。その血筋であるシータの住まいは、もちろん聖アルフォード学園のある王都メルクリス。ここはこいつの生まれ育った故郷だ。逃げ出した時に行くような場所に、何か心当たりがあるのではないか?


 そんな俺の質問に対し、先ほどから見つめる先、北西方面の小高い丘を指差す。


「王都を見下ろすセトラの丘。原初の勇者アルスが女神レキア様に導かれ降り立った場所とも言われ始まりを意味する丘。だからかな……私、気持ちが沈んだ時は王都を一望できるセトラの丘に行くのよ。ゴロンっと横になって空を見上げると、嫌な気持ちや落ち込んだ気持ちも忘れることができる。天に手が届くと言えばいいのかな……願いに手が届くような……」


 昔を懐かしむようにシータは目を細めセトラの丘を見つめていた。


「なるほどな、まあ可能性が低いとしても行ってみる価値はありそうだ」


 その言葉にシータは首肯し、俺を先導するように王都の北西に位置するセトラの丘へと歩みを進める。


 話半分で聞いていたが、なだらかな傾斜を登り切った先。そこに広がっていたのは、言葉を失うほどの絶景だった。

 丘一面を覆うのは、風に吹かれて緑の波を作る美しい草原。

 そこから王都メルクリスの全景が一望でき、幾重にも重なる白い屋根、中央に鎮座する学園の時計塔、そして遥か彼方まで続く城壁。空はどこまでも高く、手を伸ばせば女神の指先に届きそうなほどに澄み渡っている。


「うおおおっすげー! 気持ちいい場所だな!」

「でしょ! いつか大切な誰かと来たいと……ねえ……なんであんたがいるの?」


 お前が連れてきたんだろ!

 なんだったらいいよ、迷子探しなんてめんどいだけだし帰りますけど?


「ほらさっさと探せよ! 坊主のガキだよな」


 外周を見渡すことなく内周。

 そこには、絶景の中、殺風景に体育座りで空を見上げる坊主頭の子供がいた。


「おーい。ポコー。っで、いいのか?」

「だ、だれ?」

 伏し目がちの子供は警戒レベル高めに中腰で身構える。


「俺はダイチ。こっちの暴力的なお姉ちゃんがシータ、っ痛! ほら、なっ?」

 シータに強めの突っ込みを食らいながらも自己紹介すると。


「僕は……ポコ」

 ポコは警戒を緩めて名を明かす。


「こんにちはポコ君。いい天気だね~」

 そんなポコに、シータは高めの変化球で勝負して、

「おいポコ、お前の母ちゃんが探してたぞ!」

 俺が、痛恨のパスボールをするのだった。


「え? ママ、僕を探してるの!? うわああ、怒られる! すっごく怒られる」

「お、おい、大丈夫だ、落ち着けよポコ。俺たちも一緒について行ってやるって」


「ううぅ……僕のママ……すっごく怖いんだよ。すっごく、すっごーっく!」

 ポコは聞く耳持たず頭を抱える。


「わかるぞ。すっごーっくわかるぞ。母親ってのは怖いもんだよな!」

「ママはお花が大好きなんだ。でも……それと同じぐらい花瓶もすっごく、すっごーっく大好き……で。僕、そんな……そんな花瓶を――」


 これに続く悲劇の結末は想像に容易いが、口を挟むことなく俺たちは静かに答えを待つ。


「わ、……割っちゃったあああああ! うわあああああああ――っん!」

 体育座りのポコは膝を抱え、顔を埋め、人目も気にせず大声で泣き始めた。


「ママが一番大事にしてる、すっごく、すっごーっく高い花瓶だったのに」


 聞けば、何の変哲もない話。

 花瓶を割って親に怒られるのが怖くて逃げだした。よくある日常の一コマ。

 だが、日常は花瓶のように簡単に壊れるし、子供にとってはそうじゃなく、この世の終わりのような話なのだろう。それが証拠に、ポコは震えて泣いている。


「やっちまったもんはしょうがないだろ。さ、帰ろうぜ」

「い、イヤだあああ! 帰りたくない……お家になんて帰りたくないよ――っ!」


「……ポコ君、それ本気で言ってるの?」

 ここまで黙って聞いていたシータが、ポコの駄々に詰問口調で詰め寄る。


「帰りたくないなんて……それ本気で言ってるの?」

「だって怒られる…………うう、怖い。帰りたくないよぉ……」


 シータは表情を覆い隠しポツリと呟くポコの頭頂部に手を置き、


「顔を上げなさい!」

 母親の代わりに怒鳴り声を上げた。


「う、……ううぅ。ひっく」

 身を震わせ、恐る恐る顔を出す表情は、泣きはらした小さな子供。


 ふふっ、なるほど。お前も好感度とか気にしないタイプですね。

 ええ、やっておしまいシータさん。

 駄々っ子に大人の怖さを存分に教えて上げなさい!


「目を見なさい!」


 恐怖を与えるシータの説教は尚も続く。

 いい感じだシータ、折檻も俺は容認するぞ!


「は……はい」

 見つめるポコの瞳から流れる涙にシータはそっと手をあて堤防を作り出すと。


「想いを伝える時は人の目を見るの! あなたはこれからママに謝るんでしょ? いい? 目を背けて『ごめんなさい』なんてしちゃダメよ?」

 ポコと目線を合わせしゃがみ込んだままシータは想いを告げる。


「ねえ、ポコ君。どんな想いだと思う? 今ママはどんな想いでいると思う?」

「……僕に怒ってると思う」


 シータは小さく頷き、厳しい表情のまま言葉を紡ぐ。


「そうだね。怒ってるよ。怒ってるに決まってる! 当たり前でしょ。でもね、それは花瓶を割ったことに対して怒ってるわけじゃないよ?」


 ん? あ、あれ? シータ?

 なんだかそれって……。


「確かにあなたのママは怒ってるよ。でもね、それの何百倍も! 何千倍も! 何万倍も! 心配してるんだよっ! わかる? ポコ君。あなたのママは今胸が張り裂けそうな想いで、それこそ心臓が止まってしまいそうなほどの想いで、その身と引き換えにしてでもいいと思うほどの想いで心配してるの! そんな心配をかけてるあなたに怒ってるのよ!!」


 ねえ、シータさん?

 ちょっと待って。それ以上はダメだよ?


「ポコ君。子供はね、わがままを言ってもいいの。テストで悪い点を取ってもいいの。宿題をしなくて遊んでもいいの。嫌いな食べ物を残してもいいの。ママが大事にしてる花瓶を割ったっていいの。怒られるのが嫌で逃げてもいいの。でもね……ママを泣かせちゃダメなの!」


 ニッコリ笑顔でポコの頭をクシャクシャ撫でて、


「それにねポコ君。ほら、もうお昼だよ? 子供はご飯の時間までには帰るものでしょ? さっ、お姉ちゃんと一緒に帰ろっ!」


 立ち上がると右手を差し出し、頷くポコの手を取るシータさんでした。


 ってバカッ! シータてめーふざけんな!

 落ちるどころか上がってんじゃねーかよお前の好感度!

 なぁ、どうすんの? 俺の好感度。そのセリフ俺が言ったってことにならない?


 ――こうして家に戻ったポコは、地に落ちた俺の好感度以上に雷を落とされた。


「じゃ、じゃあ……え~っと。俺たちは……これで」


 ポコ。すまん。お前が帰りたくないって言った気持ちわかったわ。お前の母ちゃん……マジですっごく、すっごーっく怖ええよおー。


 居た堪れなくなってその場からそそくさと離れようとした俺たちを、雷雲の隙間から、晴れ間をのぞかせるようにポコ母は呼び止める。


「あ、ちょっと待ってください。大したお礼もできないけど、このネックレスを受け取ってもらえるかしら?」


 ハートのネックレスを報酬に貰う。

 おおー!? なんだかゲームのクエスト達成っぽい。

 だが、ここはゲームでなく異世界。


「お兄ちゃん。お姉ちゃん。すっごく、すっごーっく、ありがとう!」

 笑顔の報酬も貰って、これで、クエスト完了ってとこだな。


 さて、買い物を再開させるかと、腰を上げた中、ハートのネックレスを手にしてシータがモジモジしている。


「ん? ああ、そのネックレスはお前が貰っとけよ。俺なんもしてないし」


 チラチラ俺を見つめ、音を漏らす。

 モゴモゴ、フガフガ、スピスピ。鼻息すげーなおい。


「えっと……そ、その。こ、これ……ね。二つに分かれるの……。ハートが半分に割れて……ね。その……二つのネックレスが合わさって、一つのハートになる……みたいな?」


 おいポコ母っ! なんてものくれてんだよ。

 どうやら変な勘違いをしやがったらしい。


「あ、そ、そうなんですか。へ、へぇ~。ってことは、アレですか。が、合体ですかね? 合体というとなんだか響きがエロいですね」


 そんな甘酸っぱい青春を知らずに過ごした十六年。当然俺はこうなり。


「で、でもでも。ハートと言ってもそれは、X軸から見た結果であって、Y軸から見ると、それはまた別の側面を見せ、よってつまり、多元宇宙から見ると、あ、あの、あ、あ、あ、愛? とか、そういう、あの、好き的なアレじゃなくて、仲間としての絆? ……そ、そう、絆! だから、えっと、その――」


 もちろん、ポンコツ乙女のシータもこうなってしまい。


 結果、シータはグルグル視線を回転させながらも。


「何でも半分持つんでしょ……だ、だったら、は、はい! 片方持ってっ!」

 顔を真っ赤に目を背け、ネックレスを手渡してきたのだった。


「か、勘違いしないでよね! 言っとくけど、これが合体することなんて一生ないんだからね! ほ、ほらっ! んっ!」


 ツンデレ全開に欠けた想いを手渡してくるが、受け取った俺は勿論、シータも示し合わせたように首にかけることなくポケットにしまう。そんな微妙な距離感を保ちながら、買い物を再開させた俺たちは、その後大量の食材を買い込み、


「ねえ~、半分持ってよ!」

「持たねぇ。好感度なんかもう知らねぇ」

 昨日の約束通り、すべてをシータが持つことになるのだった。


 こうして無事買い物を終え、寮へ戻ろうとした、そんな折。


 本日二度目。

 不意に呼び止められる――


 そう、俺のクエストは、ここからが始まりだったのだ。

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