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第25話 人は見た目じゃないって言うけど、じゃあ俺は何故モテない

 ララさんに連れてこられた先は、王都メルクリスの西端。石造りの美しい街並みが嘘のように途切れ、腐った木材と錆びた鉄屑が積み上がった境界線の向こう側でした。

 路地を四つ曲がるたびに光は遮られ、湿ったカビの臭いと、魔界の瘴気にも似た絶望の匂いが鼻を突く――そこは、王都のゴミ捨て場とも呼ばれる『貧民街』です。


 ララさんは鼻歌混じりに、泥にまみれた迷路を迷いなく進んでいきます。突き当たりにある、傾いた時計塔の影。そこには、建材というよりは拾ってきたゴミを継ぎはぎして作られた、一軒の奇妙な家がありました。


 扉らしき鉄板に、ララさんが一定のリズムで四回ノックを刻みます。

 ギィィ……と嫌な音を立てて隙間が開くと、そこから鋭い眼光が覗きました。


「お帰りなさいませ、隊長」

「ただいまだニャ。さ、スララン。狭い所だけど入るニャ」


 吹けば飛びそうなゴミでできた家に入ります。シュラ様なら「よく燃えそうな家だ」なんて言いそうですね。なんにせよ、これでしたらおやつで作った家の方がいいのかもしれません。

 ですが、それはまた今度のお話です。

 今は大人しくゴミでデコレーションしましょう。


 そこにいるのはララさんを含め()()


「ニャハハハ。そんにゃに緊張するにゃ。ここは人の寄り付かにゃい場所だニャ」

「は、はい!」


 ですが、緊張もしますよ。

 だって四鬼将と言わずとも、『魔王直属親衛隊』。

 いわゆる魔王様のお付きです。


 親衛隊には様々な役目があり、それぞれ呼び名も変わってきます。


 魔王様の生活のお世話を担当する親衛隊は、

 ――自宅警備隊(ライフ・ニート)と呼ばれます。


 あ、因みに命名は魔王様です。


 そして魔王様に害する敵を殲滅する親衛隊を、

 ――魔守護狼隊(フェン・リル)と呼びます。


 魔王様に害する敵を殲滅。

 それは『戦闘力』という一点において、四鬼将に勝るとも劣らない力を誇るといわれます。連絡係なんて生温い役目でここにいる方々じゃないのです。


 なにせ魔守護狼隊フェン・リルは、()()()()()()なのですから。


 その隊長……き、緊張するに決まってるじゃないですか!


「あの……魔守護狼隊(フェン・リル)の皆様が王都に潜入されてるのでしょうか?」


 素朴な疑問です。ボクの目の前にはお三方しかいません。

 つまり、王都に散り散りに待機してるのでしょうかね?


「見ての通り総動員ニャ! こっちの暑苦しいのがヨルで、あっちの暗いのがヘルだニャ」


 んん? 総動員?


「他の方はどちらに?」

「んにゃ? だから、そばにいるのがヨルで、隅っこにいるのがヘルだニャ」


 えっと……魔守護狼隊(フェン・リル)って……まさか、


「三人で全員……でしょうか?」

「そうニャ」


 にゃ、にゃんですとぉ~?

 たった三人で魔王様に害なす敵を屠るのでしょうか。


 短髪茶髪の筋肉質な青年に擬態しているヨルさんは、忠誠心高めに、隊長であるララさんのそばで、ハッハッハッハ、と息を粗く、舌を出してお座り中です。


 一方、ヘルさんは閉鎖的なのでしょうか、長髪茶髪の細身な青年は狭い部屋の中、更に狭い場所を求めるように、隅っこに位置して穴を掘っています。


 そんなお二人を従え、ニッコリ笑顔。子猫のような少女はごろにゃーっと、小さな体を丸めて座ります。


「魔王様に何かが起きた時、たった三人でお守りできるのでしょうか……?」

 はっ!? はわわわ。思わず口をついて失礼な質問をしたかもしれません。


 ひ、引っ掻かれないですよねボク。


「ニャッハッハ。スララン。心配するにゃ。魔王様に、にゃにかが起きた場合。その時、警報と共に、にゃり響くのは、人間どもの悲鳴だけニャ。怒号と共に飛ぶのは、人間どもの血飛沫だけニャ!」


 流石は隊長。笑顔でめちゃくちゃ怖いことを言います。


 隣でヨルさんが、目をキラキラ、涎ダラダラ、ハッハッと甘えた顔で隊長を見ています。そんなララさんにベッタリのヨルさんと、一匹狼のヘルさんへ、自己紹介がてら声を掛けてみます。


「それは心強いです。どうか魔王様をお願いします! ……よ、ヨルさん。ヘルさんもよろしくお願いします。挨拶が遅れましたが、ボクの名前はスラランです」


「おい、液状! 貴様誰に口を聞いてる! 主従関係を教え込まねーとわからねーか? あー? ヨルさんだと? あー? 様はどうしたこの液状がっ! ガルルルルルッ、飲むぞッ!」


 う、うっわー、人に擬態していながらも牙を剥き出しにガルルと吠えてきます。

 ですが、あのぉヨルさん? 申し上げにくいのですが、飲むのは止めた方が賢明かと思います。ボクの魔水を飲むと……死にますよ?


「にゃ~ヨル。うるさいニャ」

「はい! 失礼しました!」


 ララさんの一言でキャ~ンとヘソ天するヨルさん。

 どうやら、ここの主従関係はハッキリしているみたいですね。


「スラランは魔王様にとって『大事な存在』と、レヴィ様から聞いてるニャ。にゃので丁重におもてなしをするニャ!」


「はい! ご主人さ……いえ、隊長!」


 どんな主従関係なのでしょうか……。

 ボクには関係性がよくわかりませんが、受け入れてもらえて何よりです。


「へ、ヘルさんも……あの。よろしくお願いしますね」

 部屋の隅で無言のヘルさんとも、コミュニケーションを図ります。


 一匹狼を思わせるその姿は実に魔物っぽいヘルさん。

 ですが、魔物らしからぬボクは繋がりを求めて声を掛けるのです。


 そんなボクのペコリと下げた頭頂部に向けて、ヘルさんはたった一言。


「ワン」

 え~……っと?


 ボクはララさんを凝視して解説を求めます。

 いえ、この場合は翻訳ですかね。


 ワン。どういう意味でしょうか?


「『俺たち全員は魔王様のために、魔王様のことは任せろ』と言ってるニャ」


 あ、そうなんですね。

 “ワン”とはワン・フォー・オール、オール・フォー・ワンの略みたいな感じでしょうかね。

 魔王様の地球講座で、そのような言葉を教えてもらったことがあります。

 人界の教えみたいな教訓めいた言葉で、レヴィ様は嫌悪を示してましたが、素敵な言葉とボクは思いますよ。


「頼もしいお言葉をありがとうございます、ヘルさん!」

 その答えに安心して再度頭を垂れると、ヘルさんによる次なる一言。


 いえ、ひと吠え。


「ワンッ」


「『狭い所だがどうぞゆっくりしていってくれ。トイレはここを出て突き当り。水浴びをしたければその先に川辺があるからそこで、あ、貴様は液状だから水浴びなんてしないのかな? こりゃヘルうっかり。テヘペロ』と言ってるニャ」


 めちゃくちゃおしゃべりじゃないですかヘルさん。


 何はともあれ、これにてボクも王都へ無事潜入成功というわけです。

 さあ、ここを製造拠点に、魔王様へおやつをプル回転で作っていきますよーっ!


「スララン。魔王様に渡すおやつだったら明日までに作れるだけ作るニャ」

「ん? どうしてでしょうか?」


 少し熟成させた方が美味しくなるおやつもあるのです。

 明日までとは、また急ですね。


「食材調達のスパン的に、明日王都へ魔王様が姿を現す公算が大きいニャ。にゃので、明日は一日朝からアルス大聖門の監視だニャ」


「なっ!?」

 そ、それは勝負の一日じゃないですか!


「まあ、基本的には、にゃにかあれば魔王様の方からコンタクトを取ってくるので、ララたちはあくまで見守るだけニャ。そんにゃに気負う必要はにゃい、楽に行くニャ~」


 そのお気楽さは猫魔族特有なんですかね。本来であればそれこそ血眼になって監視する状況かと思うのですが。そう言えば今も全員がここでゴロンとしてますもんね。いい感じで適当なのは魔物特有というところなんでしょうか。


 それなら明日はボクがしっかりと魔王様を待ち構えることにしましょう!

 ですがその前に、ひとつ心配事があるのです。


「あのララさん。この”擬態”って、突然効果が切れたりしないのでしょうか?」


「んにゃ? スラランは変身魔法で擬態してるのかニャ?」

 目を丸くして、首を傾げるララさん。


 あれ? ボクおかしなこと言ってますかね?


「い、いえ……レヴィ様の薬で擬態してます」

「にゃら大丈夫ニャ」


 ふむふむ。なるほどです。変身魔法の効果は一日。

 ですが、レヴィ様の薬はその何倍も効果時間があるということですね。

 流石はレヴィ様です。


「これで明日は安心して、ボクも監視できます! よかった~」

 安堵の表情を浮かべるボクでした、……が。


 次の一言で、雲行きが怪しく……。


「ニャッハッハ。安心するニャ。学園へ潜入しようとしにゃい限り、一生切れることはにゃいニャ」


 はい、にゃんですとぉ~!?


「い、一生?」

「一生ニャ!」


「ちょ、ボクがボクでなくなってますよそれ……」

 そんな慌てふためくボクに、猫耳のようなお団子頭をピクピク揺らし、


「姿かたちが変わったら、スラランはスラランでにゃくにゃるのかニャ?」

 ララさんは、はてにゃと首を傾げます。


 ボクがボクでなくなりますよーそれは。

 だって……だって、


「ぼ、ボク、ボクを構成する魔水を使って魔王様におやつ作りをするんですよー」


 それができないって、もうボクの存在価値がありませんよー!


「それにゃら平気だニャ。そんにゃに、プニプニの人間がいるかニャ!」


 ん? そうなのですか? ボクは自らの体を触ります。


 プニプニ。プニプニ。

 はい、いつも通りにおっぱいです。


「スラランはスラランのままニャ」


 見た目だけが変わってるだけで、その性質。ボクはボクのままなのですね。


 ってよく考えると、ボクの体をおやつ作りができない体にするわけがないですよね。

 レヴィ様はそんなミスを犯しません。


 ボクはボクの体を抱きしめます。

 ボクの心を掴み離さないように。


 そんな様子をニャハハと笑いながら、ララさんは教えてくれるのです。


「生まれた時からスラランはスラランだニャ。誰もスラランににゃれにゃいし、スラランだって誰にもにゃれにゃいニャ。人の姿をしていようが、魔物は魔物ニャ」


 その言葉にボクは何故だか物悲しさを感じたのです。

 ですが、そんな場合ではありません!


「はい! ララさん。ボクはボクの役目を果たします!」


 ボクは決戦の日に向けて大慌てでおやつ作りに取り掛かるのでした。

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