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第22話 触ったか触ってないかで言うと揉んだ

「シータッ!」

 ガバッと起き上がった俺へ、

「何よ」

 つんけんしたシータの声。


 辺りを見渡すと質素なベッドに寝る俺とシータ。

 俺は俺でありシータはシータ。その姿は元に戻っている。


「どこだ……ここ?」

「港町ポプラよ」


 窓から差し込む光と共に鼻孔を刺激する潮の香りが、海を近くに感じさせ、ガヤガヤとした喧騒の中、聞こえる値段のかけ合いが物流と人を結びつける港町を彩っていた。

 新入生歓迎遠足のゴールである港町ポプラ。俺たちはその診療所にいた。


 ともすれば、疑問はただ一つ。


「なあ、どうなった? 俺たちあそこで意識を失って……」

「リタイア……よ」

 無情な通告。


 あの後の流れをシータはディアマンテより報告を受け、俺はシータより又聞きとなる。よって、細部が違うことは否めないが、それはこういった話だった。


 歓迎遠足の最中、赤鬼による災害が発生――

 鬼は迷いの森を焼き払うが、勇者候補生一名が重傷を負いながらも見事鬼を退けた。重傷を負った生徒は仲間の回復魔法によって死の危険を脱したものの、二人で分け合った痛みはそのまま二人の意識を刈り取った。


「正しく言うとレフリーストップよ」


 シータは言い直すと、返す刀で、


「まったく、あんた私の怪我を一人で治したみたいね……バカでしょあんた!」

「おい、命の恩人にその挨拶はないだろ!」


 口を開けば喧嘩。

 なんで俺、こいつを助けたんだろ……ほんとあの時はどうかしてた。


「普通、私が受けた致命傷を回復するには、“十人以上”で回復魔法を唱えるのよ。それを一人で引き受けるだなんて……バカ以外なんて表現すればいいのよ?」


 回復魔法は人の絆の魔法。その痛みを分け合う。

 早い話が――『傷の割り算』

 重症であればあるほど、治療するには大勢の絆が、繋がりが求められるわけだ。

 それが死の淵から生還させるなんていう、神の奇跡に対する代価。

 無償の奇跡なんてあるわけないし、だから、蘇生はできないんだな。


 何人で唱えようが――死を分け合うことはできない。

 ゼロはいくつで割ってもゼロだ。


 こうして自己完結した俺へ、シータは窓の外に視線を移しながらため息を吐く。


「セシルが見つけてくれて先生に報告。その後、私たちは港町ポプラへ搬送。六班は二名のレフリーストップをもって健闘虚しく失格処分……はぁ~、みんなに合わす顔がないのよ私」

 シータの黒髪が潮風に揺れ表情を覆い隠す。


「六班のやつらは無事なんだな?」

「ええ、みんな無事。鬼に出会ったのが私たちだけだったのは不幸中の幸いよ」


 シータの前髪が揺れその視線が見え隠れする中、


「……ねえダイチ」

 その目は真っ直ぐに俺を捉え、

「本当に私が鬼を撃退したの?」

 言葉を選ぶようにシータは口を開く。


 その答えを告げる前に、一つ確認することが俺にはある。


「なあ、シータ、どこまで覚えてる?」


 お前は俺の正体を知ったのか、知ってないのか。

 拘束すらないこの状況を鑑みると……。


「どうも頭に強い衝撃を受けたみたいで記憶が曖昧なのよ」

「鬼と出会ったことは?」

「ぼんやりと……」

「その後のことは?」

「……覚えてない」

「んじゃ、お前が覚えてるのはなんだ?」

「気づいたら鬼がいなくなっていて、私は死にかけてて、ダイチが私の姿をしていて、私があなたの姿をしていたってこと。覚えてる記憶はそんなところよ。で、どうなのよ!」


 やはりそんなところか。

 ふぃ~、助かった。


 鬼と呼ばれる災厄。それを重傷を負ったとはいえ一人で撃退した。

 その事実が引っかかるのだろう。

 そりゃそうだ。四鬼将を相手に一人で渡り合うって、それって伝説の勇者アルスみたいなもんだよな。


「間違いなくお前が撃退したよ。それを無意識だって言うなら、きっと、お前の中に流れるアルスの血が撃退させたんじゃねーの?」

 だからこそ、俺はこう告げる。魔王さん気を使えるんですよ。嘘も方便。


「そっか……そっかー。うん。そっか」

 噛み締めるように。噛み砕くように。噛み殺すように。何度も頷くシータ。


 これにて一件落着と胸を撫でおろす中、俺は耳を塞ぎたくなる言葉を耳にする。


「ね、ねえ……ところで、あ、あんたさ……その……してないよね?」

 シータは両手で自らの体を抱きしめながら、訳のわからぬことを言い出した。


「は? してないよね? ……って、何を?」

 顔を真っ赤に、胸を押さえながら、俺を指差し。


「触ってないよね? ……わ、私の体」

 多分、頭の打ちどころが悪かったんだろう。まったくもって訳がわからない。


「わ、わわわわわわ訳がわからない!」

 何を言ってるんだろうこの子。まったくもってこれっぽっちも訳がわからない。


「も……揉んでないよね?」


 触るだけなら百歩譲って触ったと認めたかもしれない。

 不可抗力で指ぐらい胸に当たったかもしれないし。

 それが言うに事欠いて、揉む? おいおい!


「も、もももももももも揉んではいますんっ!」


 そんな言いがかりをつけられちゃ、こっちも出るとこに出るしかない。

 出るとこが出るのはおっぱいだけで十分と判決が出ても出るしかない!

 証拠! まずは証拠を出せ! それがないことには俺は一生認めないぞ!


「ダイチ、見て。私の目をちゃんと見て。いい? 今ならまだ許すから。ねっ?」

「…………揉みました」


 バッチーンッ!!


 右手をプラプラさせながら部屋を出ていくシータは、去り際に振り返ることなく、


「…………がと」

 照れ隠しなのか、壁にワンクッション反射させて、間接的に言葉を投げかけた。


「いてて……あ? なんだってー?」

「えっと……そ、その、あ、ありがとダイチ。……助けてくれてありがとねっ!!」


 顔を真っ赤にしていることは想像に難しくない。

 だって、耳まで真っ赤だもんこいつ。


 だから、俺も照れ隠しの言葉を、恥じらう背中に直接ぶつけるだけ。


「ああ、気にするな。制服着てるとわかんなかったけど、結構でかいんだなお前」


 ザクッ!!


 すみません。どなたか魔王さんに回復魔法をかけては頂けないでしょうか?

 あ、それと殺人未遂なので、おまわりさんもお願いします。


 ほんと、なんでこいつを助けちゃったんだろう。

 わからないし、わかっていなかった。


 俺の不用意な発言で、魔界が大混乱に陥っていることすら……。


 俺は――やっぱり、わかっていなかった。

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