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第21話 回復魔法が癒すのは何の傷?

「シータッ! おい、大丈夫かシータ!」


 災厄を撒き散らし去っていく最悪シュラを見送る余裕など、俺には一塵もなかった。

 焼け焦げた土を蹴り、俺はすぐさま地面に横たわる俺自身の姿をしたシータの下へと駆け寄った。


 シュラのマジ殴りを無防備に受け、側頭部から鮮血が流れている。

 い、生きてるよな?

 胸に耳を当て心音を確認すると、トクントクンと、命の鼓動。


 だが、マズいな。意識が混濁し、呼吸が浅い。

 こんな時は、回復魔法を唱えて、万事解決。


 しかし、そううまく事は運ばない。


 俺は――『回復魔法』が使えない。


 厳密にいうと、()()()、回復魔法が使えない。

 それは人界と魔界の成り立ちに起因する。


 人界は他者と共存し、集団で生活することを主としている。

 聖アルフォード学園の教育方針然り、人は手を取り、繋がり合い、わかり合い、相互理解の下に進化したのだ。


 だから、人界の魔法は進化の過程で、“他者の体に自らの生命力を流し込む”という回復魔法を習得した。


 回復魔法はそのように相互に繋がり、痛みを分かち合う魔法だ。


 例えば、母と子を繋ぐ、へその緒のようなチューブの両サイドに針。

 その片側を自らに刺し、反対側の針を相手に刺す。

 早い話が――輸血だ。


 対して、魔界は……魔物は、どうしようもなく人と異なる。

 弱肉強食を主とし、弱いものは淘汰され、強いものが生き残る。

 その身一つで地位を簒奪する。

 それが、魔界の進化の歴史だ。


 よって、魔界における魔法は、自己への付加をメインに進化を遂げる。

 つまるところ、魔物の回復手段は、総じて『吸収(ドレイン)』だ。


 相手の生命力を吸う。これが回復手段となる。

 相手を弱らせ、自らは復活する。理にかなった進化だろう。

 魔物は針を相互に刺した場合、与えるのではなく、一方的に吸い取る。

 輸血でなく、吸血。

 吸血鬼のように――鬼のように。


 要約すると、俺は回復自体は行える。

 行えはするが、他者への回復が行えない。

 より正確に言うと、そういうことだ。


 そして、この状況を打破する方法が俺自身にはない。

 つまり……これはそういった話だ。


 止めどなく流れる血を見つめ、俺はこの森の別名を無意識に口にしていた。


「“無力”だな……俺……」


 そんな声が届いたか、シータは微かに目を開け、意識朦朧の中。


「……ダイチ……なの?」

 自身の姿をしている俺を見つめ、もたつきながらも口を開く。


「気が付いたか! そうだ、お前の姿だけど、俺だ! ダイチだ」

「赤の鬼は……どうなった……の?」

 息も絶え絶え、虚ろな目でシータは辺りを見回す。


「お前が意識を失いながらも撃退したよ!」

 保身かそれとも優しさか、俺は息を吐くように嘘をつく。


「私……が? そか。だったら……アルスが……力を貸してくれたんだ……」


 シュラによって半焼した迷いの森は、今や焼け野原。上空に見える黒煙交じりの雲を眺め、シータは横たわったまま嬉しそうに口元を緩めた。


「だから心配するな。もう大丈夫だ!」

「……でも、その姿が……大丈夫じゃない……みたいだけど……」

「い、いや、好きでこうなってるわけじゃないって!」

「そうとは……思えないけど……」

「俺とお前の体が入れ替わっちゃってんだよ。なあ、これって戻るんだよな?」

「バカね……迷いの森を抜けたら……効果は自然に切れるわよ。それに、抜けずとも、迷いの森がこの有様なら……すぐに戻るわ……安心なさい」


 答えると、自身の姿をした俺を見つめながら、シータは思い耽け。


「それにしても……私。あなたの姿なのね……そっか…………そうなんだ……」

 消え入りそうな声で呟くと、


「ねえ、それ……()()()()()()()()()()()

 シータは生真面目に間違いを正す。


「は? 入れ替わりじゃなきゃなんだよ」


「……迷いの森が見せるのは……願望。欲望。それはよりよく私たちを導きもするけど……時にそれは人を迷わせる……」


 欲は身を滅ぼすとはいうが、願望や欲望を失くしたら、それこそ人は滅びるよな。人は大いに夢をみて、人生に迷うべきだ。……って、ん?


 俺とシータが入れ替わってるわけじゃなくて、願望であり、欲望?


 その話で言うと、俺がシータの姿になっている。

 ……それはまあ。……なんというか。……わからなくもない。

 但し、俺のそれは欲望というよりは欲求だが。欲求不満。

 端的に言うと、性欲だな。

 シータにあんなことやこんなことを。思春期の少年の妄想が具現化しただけだ。


 対して、シータの今の姿は――なんで俺?


 そんな疑問は、力なく俺を指差したシータによって雪解けのように溶けていく。


()()()()()()姿()。……私は“それ”になりたい……」

 シータの姿をした俺。アルスと見紛うその存在。


「……私は……女神レキア様の寵愛を受けたあなたに……なりたい……よ」

 親におもちゃをねだる子供のようにシータは手を伸ばす。


 違うだろシータ。お前は……魔王じゃなくて勇者になるんだろ?

 だったら……だったら! こんなところで寝てる場合じゃないだろうがっ!


「起きろおぉぉシータ――ッ!!」

 俺の頬に触れたシータの手が、力なく地面に落ちる。


 瞳から光が消え、体温が急激に奪われていくのがわかった。


「寝てる場合かよお前っ! おい! 料理当番はどうすんだよ!」

 シータの体を揺らし、手を握る。


「いいのか? おい、いいんだな! 直接触っちまうぞっお前の体!」

 俺の姿のシータを抱きしめ、耳元で叫ぶ。


 どうして俺はこんなことを言ってるんだろう……。


 アルスの血縁であるシータの損失は、聖アルフォード学園に大打撃を与え、牙城を崩す一石になるはず。


 なのにどうしてだろう?

 ……どうして俺は、


「死ぬなあぁぁぁぁ! シータアアアアアアアアアッ!!」

 なんて言ってるんだろう。


 不可解な叫びは、さらなる不可思議を呼び起こした。


 バチィッ!!


 掌から火花が散るような衝撃。

 魔族として刻まれた吸血という本能の回路が、無理やり『逆流』を始める。

 血を送り出す俺の心臓が軋み、生命力が濁流となって腕を駆け抜け、シータの体へと流れ込んだ。


「……っ、が、あああぁぁ!!」


 いてぇ……!

 本来、魔族には存在しないはずの出力が、強引にこじ開けられた感覚だ。

 血管が焼ける。心臓が握り潰される。

 俺とシータの間で、光の“へその緒”が結ばれ、俺の膨大な生命力が彼女の傷口へ、細胞のひとつひとつへと強制的に流し込まれてゆく。


 奪うのではなく、与える。

 それは魔族にとって、自らの根源を否定する行いだ。

 それでも、俺は繋ぎ合わせた手を離せなかった。


 ったく……なんだよこれ……人と繋がるって……こんなに苦しいのか……よ。


 異世界に召喚された時以来、二度目となるブラックアウト。

 いや、光に包まれ白に沈むこの感覚はホワイトアウトと言った方がいいのか。

 それもまた正しくはないのだろう。

 だって雪に包まれているわけじゃない……寒くなくて――温かい。


 俺はシータに降り積もり、温かさに溶けるように意識を失った。


 こんなのも悪くないな。

 そう思った俺は、やはり魔王としてどうかしてるのだろう。

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