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第20話 ドアを閉めて引き籠っても声だけは聞こえる

「火ッカッカ! どうした魔王様。いきなり俺様に剣を振るうなんて」

「魔王様? 何いってんのよ!」


 そこで目撃したのは、


「おいおい、ほんとどうした? 脳がこんがり焼けちまったのか魔王様!」

「焼けてるのはあんたのほうでしょ……“赤鬼”っ!」

「それともなんだ、俺様と遊んでくれるってわけか?」

「……ええ、では遊びましょうか」


 俺の体と入れ替わったであろうシータが、四鬼将シュラとフラッシュトークを繰り広げているという、目を疑う光景。


「火ッカッカ! 燃えるぜえぇぇ魔王様あああぁぁぁ!」


 シュラの咆哮と共に、自らの毛穴から超高温の蒸気が噴き出した。詠唱などという微温い手順は存在しない。やつの意思一つで、周囲の空間そのものが発火する。


 氷壁せよ――

「アイシクル・ウォール」


 シータも負けじと、多層構造の氷壁を展開する。

 蒸気と炎が氷に激突し、爆発的な水蒸気が森を包みこむ。


 おいおいおいおい! このバカッ何やってくれちゃってんだよ!

 ど、どうする?

 ここで俺が声をかけたらどうなる?


『シュラ、体が入れ替わっちゃって、俺が本物の魔王様だー』


 なんて言うのか?

 無理だ。言えるわけがない。


 燃え上がる炎を前に、俺の知恵熱は益々上昇する。


「火ッカッカ! なんだなんだ魔王様、人間くせー魔法を使いやがって! それじゃ俺様も人間っぽくこいつでガツンといくかッ!」


 パチパチと空気が爆ぜ、シュラの右拳に森を焼き尽くさんばかりの紅蓮が収束していく。


「ファイアアアアーパアアアーンチ――ッ!」


「――ま、待てえええええええッ!!」

 慌てて仲裁に入った俺にシュラは振り向くことなく。


 代わりに熱視線を向けたのは――


「わ、わたしっ!?」

 シータの方だった。


 シータは突如として目の前に現れた自分自身に調子はずれな声を上げながら、赤に染まる災厄から完全に目を離す。


 つまり結果として、俺はシュラのお膳立てをすることになるのだった。


 瞬く間に首元で光るネックレスから――色が消える。

 まるでシータが忽然と姿を消したかのように。

 迷いの森が牙をむいたわけではないにも関わらず、


 …………光が消える。


「目を離す奴がいるかよ……あの……ポンコツ」


 シュラのファイアーパンチ。炎を纏ったゲンコツは、目を逸らしたシータを、百メートル以上吹き飛ばしていた。


 その出来事にキョトンとするシュラは表情を一変させると身を震わせ。


「ふざけるなああああ! バカにすんじゃねえええええ――ッ! 魔王様ッ!」

 ピクリとも動かないシータへ向けて、怒髪天を衝き、怒鳴り声を上げる。


 不用意に視線を逸らし、無防備に攻撃を受けた行為を、冷やかされたと勘違いしているのだろう。

 ったく、お前は冷えるぐらいで丁度いいんだよ。


 しかし、これでシータに聞かれる心配もなくなり、ここで満を持して、『体が入れ替わっちゃって、俺が本物の魔王様だー』なんて種明かしをすべきだろう。


 よし。それじゃ、今のうちにっと。

 お~い、シュラ~、


「テメーなにしてんだよ――っ!!」

 ――ん?


 長く伸びた黒髪をざわめかせ、金目銀目のオッドアイを輝かせる。


「なんだ貴様は。火ッカッカ! いいだろう。今日は燃えるゴミの日だ。あとでちゃんと燃やしてやる! だが、ちょっと待て、今は魔王様と遊んでいる最中だ」

 その目は人を可燃物としか見ていない。


 俺と違い生まれも育ちも魔界。正真正銘の魔物であり、四鬼将であり、人界において赤鬼と呼ばれ、災厄の一つにも数えられるシュラ。

 その価値観はやはり俺とは異なる。


 ゴミには目もくれず、焼却炉は魔王の姿をしたシータの下へと炎を進める。


 おっと、そろそろちゃんと説明をしないとな。

 お~い、シュラ~、


「お前ごときじゃ俺を燃やせないんだが?」

 ――え?


 ゴミはゴミでも、俺は不燃ゴミだ! って、そうじゃなくて。

 ……さっきから俺……何言ってんだ?


「火火……火ッカッカ。燃えるぞ?」


 背中越しに投げつけられた冷ややかな視線に対し、振り返ったシュラの燃え上がる瞳は、まさに魔界の焼却炉(バーン・ヘル)と呼ぶに相応しい真っ赤な輝きを見せていた。


「火ッカッカ、面白い。よく燃えそうなゴミだ! 本来であれば最初は弱火でじっくりコトコトなんだが、今回は熱血大サービスだ。喜べゴミ! 最大火力でこんがり焼いてやろう!」


 言うや否やシュラは両手を掲げると、上空に人ひとりを焼き払うのにはあまりに場違いな業火を作り出す。


 漆黒の森に火が昇る。


 だからちょっと待てって、どうしてそうなる。

 俺は魔王……などと、もはや説明をしてる場合じゃない。


 準備が整ったのか、火ッカッと笑うシュラは、人差し指を上空から俺へと移し、


「キャンドル・サー・デスッ!」

 死を祝福するように着火した。


 刹那、上空に漂う鬼火は消え、地から噴き出すそれは、まさに日の出の如く、俺の足元より昇る太陽。炎と踊るように右に左に、上へ下へ無重力に体が持ち上がる。肉を溶かし、骨を燃やし尽くすまで踊り続ける狂乱の炎は、まるで焦熱地獄。


 ……なんて、自慢の魔法、なんだよな?


絶対(アブソリュート)領域(・サイス)


 だが、俺には通じない。

 俺の周囲の空間だけが、物理法則から切り離され、炎は俺に触れることすらできず、虚空へと受け流されていく。


 正しく言うと“拒絶”する。絶交であり断絶。

 次元が違う。世界が違う。交わることがない。繋がることがない。

 まるで、共働きの両親が子供と接することができないように、


 ……ふれ合うことがない。


 そんな俺の歪みが形となった魔法。 


 ただ、どうしようもない()()もあるのだが、

 ……まあ、それも含めて俺らしい。


 そんな感じで実技試験と同様に受け流すと、それに対する返しも、


「なっ!? ……何者だ貴様!」

 これまたあの時のシータと同様だった。


 ここでようやくの種明かし。


「魔王様だよ!」


「火ッカッカ! やはり面白いゴミだ! よーし気に入ったぞ、名乗るがいい。光栄に思え、貴様の名を覚えてやろうと俺様は言っているのだ!」


 が、そこは魔界一の脳みそ筋肉さん。当然伝わらない。


「いや、だから俺が魔王なんだって!」


「火ッカッカ。通じぬ通じぬ。低俗の魔物なら騙されるところだが俺様には通じぬ。貴様は断じて魔王様ではない! なぜか? 特別に教えてやろう。ずばり! 見た目が違う!」


 すみません。もうなんか、説明が面倒くさくなってきたんですけど? 


 そもそも、このバカに説明しても、こいつどうせ理解できないだろ。だったら状況に即し、説明不要で、尚且つこの姿でもある名を告げるのが手っ取り早い。


「はぁ~、アルス。アルスだよ」

「――!? アルスだと?」


 シュラの最大火力を受け流し、アルスと名乗った少女の姿をした俺を見つめ、


「ふむ。……ふむふむ。なるほど! 謎は全て燃えた。粗大ゴミというわけか!」

 伝わりはしたものの、盛大に勘違いを始めた。


 何がなるほどだよ、この迷探偵。一度ゴミから離れろ!


「あのさぁ、どうすんの? まだやる?」

「いいや、貴様がアルスというのなら、貴様の処理は焼却炉でなく、細かく破砕して火葬場だ。俺様の専門外だ。つまり、貴様を焼却するのは俺様でなく、魔王様ということになる。火ッカッカ、楽しかったぞ。俺様は大満足だ! それに魔王様におやつも渡せたことだしな」


 そういえばシュラが人界に姿を現すのは愉悦のためだったな。

 楽しめればそれでよしというわけか。

 あとちょっといい? 魔王様ってば、おやつを受け取ってないどころか、あそこで燃えてるんですけど?


 こうして火ッカッカと笑いながら、シュラは迷いの森を半焼させ魔界に帰っていった。


 ……ったく、災厄じゃなくて最悪じゃねーかこいつ。

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