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第19話 どうすればいいかわからない時は本能に従えばいい

「なるほど。これが迷いの森ね」

 呟く俺の首元にあるのは、光を失ったただの石。


 ふむふむ。どうやら迷いの森の洗礼を受けたらしい。


 入ってまずは直進。

 互いの背中が見える距離で、首元のネックライトが闇森を燦々と照らしていた。

 続いて、うねるように緩やかな右カーブ。

 五人揃って光の尾を引きながら、見事なコーナリングで深部へと滑り込む。


 事故が起きたのはこの先。


 まるで意思を持っているかのような急曲がりの角を抜けた瞬間――

 物理的な衝突音すらなかったが、俺の意識は強烈な浮遊感に包まれ、同時に首元の光が忽然と消え去った。


 辺りは一変して、粘りつくような漆黒の闇。

 遠くで「キキキ……」と、乾燥した大樹が擦れ合う不気味な笑い声が聞こえる。


 そんなわけで……、


「やっほーいっ! ようやく羽を伸ばせるっ!」

 俺は歓喜した。


 深淵? むしろ歓迎。落ち着くわ! 水を得た魚じゃなく闇を得た魔王。

 むしろさきほどよりもよく見えるまである。


「さてと、合流の前にまずは『護符』でも探しておくか」


 ディアマンテが森に仕込んだという三十枚の守護護符。

 これには退魔の聖力が込められており、魔物を遠ざけると同時に、魔力に敏感な人間を引き付けるビーコンの役割も果たしているらしい。つまり、これさえ持っていれば迷いの森を抜けるための道標になるというわけだ。


 口笛吹きつつ森をお散歩。

 自由気ままにノビノビできるって素晴らしい。なんだかんだで、あいつらといるときはボロを出さないように常に気を張ってるもんな。


 キキキッ。

 そんな音と共に迷念樹が迷宮の形を変えていく、より深部へ迷わすように。


「ん? 行き止まりか。んじゃ。吸血ドレイン・ハンド!」


 行く手を遮る大樹の壁に手を付き生命力を吸い取ると、見る見る大樹が枯れ果て、幹はどんどん細くなる。壁を溶かすと言う表現が正しいのか、壁に穴をあけると言えばいいのか、迷路における最大のタブーを犯し、こうして迷いの森を自由気ままに歩くこと数分。


「お? 見つけた! ……っ痛」


 幹に張り付いていた護符を剥がすと、指先にピリピリとした拒絶反応が走る。

 魔王にも効くってえらく上等な護符を貼ったもんだ。道理でこの森に魔物が一匹もいないわけだ。

 なんにせよ、これでノルマは達成。あとは合流するだけ。


 の、はずが。


「――ん!?」

 ここでようやく気が付いた。


 一体いつからだろう。

 色のない世界だからか、それとも、一人に浮かれていたからか。

 それはわからないが、兎にも角にも気が付いた。


 ――俺の()()スラランがいる。


 あ、いやちょっと混乱してるな俺。

 言い直そう。


 俺の胸がプニプニ柔らかい。


 えーっと、どういうことだこれ。

 顔を触る。……輪郭が細いし、なんだこの小顔。

 髪を弄る。……異様に長いし、指先を滑り落ちるシルクのような感触。


 それじゃ、声はどうだ。


「あーあーマイクのテストちゅ~……う、えっ!?」


 聞き覚えのある声によって、俺はプニプニ揉んでいた胸から慌てて手を放す。


 ……シータの声、なんだが?


 手のひらを見つめ、その手で骨格をポンポン触りながら再確認。


「あーあー。う、うん。おっほん――――ダイチ大好きっ!」


 ……完璧だ。

 あいつが絶対に言わないであろう台詞が、最高に可愛い声で森に響いた。


 ここまでくればもう皆まで言うまい。

 それでは皆さんご一緒に、ご唱和ください。

 せぇ~の~、さん、はいっ!


「キタコレエエエエ――ッ!! エロ展開お待たせしましたああああああ――ッ!!」


 “迷いの森”

 それは『人』を迷わせ……『心』を迷わせ。

 そして――『体』も迷わす森。


 俺は歓喜の歌声響かせ大いに迷う。


 先ほどは気付かずに胸をプニプニした俺。

 だが、今現在どうだ! 俺は確信している。この体がシータであることを。

 つまり! 触るべきか? 触ざるべきか?

 思春期にはあまりに刺激が強い問題だ。


 静寂の中、やがて意を決した心の声が、シータの声で言葉になる。


「俺の体を俺が触ることに問題はない! 俺は何も悪くない!」


 凱歌をあげ自ら鼓舞して胸に手を伸ばす。

 プルプルとスラランのように震えながら。


 まさに胸に手が触れるその瞬間、閃きが雷の如く落雷する。


「ちょ、直接! ……触ってもいいのでは? いやだって俺の体なんだし」


 なにが『いやだって』か、わからないが、とにかく魔王様、すげー悪だぜ。


 それでは、と、気を取り直して服を弄る瞬間、再び走る閃光。


「か、下半身っ! 下半身は……どうするべきでしょうか?」


 ま、魔王様、それは流石に極悪なのでは? 


 俺の脳内で始まる審議。


 でも、冷静に考えて。俺の体だよ?

 ――それでもダメなものはダメだよぉ。


 けど、冷静に考えて。俺魔王だよ?

 ――でもやっていいことと悪いことはあるよぉ。


 いや、冷静に考えろ。下半身だぞ?

 ――か……はん……。


 おい、冷静になれって! 触りたいだろっ!! 

 ――…………たい。


 なあ、俺、何か間違ってるかな? 

 ――いいえ。


 この間、コンマ5秒。


 高鳴る鼓動を伴奏に鼻歌を奏で、制服を脱ぎ始めた……その瞬間。


「魔王様ああぁ――っ! おやつ持ってきたぞおおぉぉ!」

 白と黒の世界の中、首元がほんのり色づく。


 今度は空耳でもなくハッキリと。

 バカみたいに大声を上げる……バカの声が聞こえた。


「シュラ!?」

 声の方向を振り返るも、そこにあるのは木々の壁。


 首元で光るネックレスを見つめ、俺はゾクリと身を震わす。


 今の俺の姿はシータだ。

 つまり、シュラが『魔王様――っ!』と声をかけた相手は……誰だ?


「ああーもおおお! ヤバいヤバい! マジでヤバい! 吸血ドレイン・ハンドッ!」

 慌てて声の発生源へ向けて、漆黒の壁を破壊しながら突き進む。


 おい、聞いてないよな?

 魔王様なんて聞こえてないよな?


「なあ……シータッ!」


 だが、俺たちを分かつ壁を突き破った先で目撃した光景は……。


 ――およそ最悪の展開だった。

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