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第18話 突然訪れる災害に人は無力だ

 翌日――。

 日の出と共に、俺たちは最短ルートである“絶壁の北嶺”越えを選択した。


 見上げる山肌は、鋭利な岩が牙のように突き出し、切り立った崖が幾重にも重なる難所だ。這うようにして急斜面を登れば、指先は岩の冷たさに凍え、肺は薄い空気を求めて激しく上下する。

 迂回ルールの選択もあり得たが、結果は――吉と出た。


 本来なら魔物の巣窟もあり得るはずのこの山だが、驚くほど静かだった。先行するディアマンテが掃除したのか、あるいは俺という魔王の気配を察して逃げ出したのか。眼下に広がる雲海を突き抜け、俺たちは斜面を滑り降りるようにして、最短タイムで山を駆け抜けた。


 あとは勢いそのままに迷いの森を走破して、港町ポプラのゴールを切るだけ、


 ……だったのだが。


「なんだこりゃ……」


 視界を埋め尽くすのは、陽光を一切撥ね付ける漆黒の樹冠。

 山の裾野に降り立った俺たちの前に、開放的な景色を食いつぶすようにして“それ”は鎮座していた。 


 ルート選択からそもそも外していたため、迷いの森の情報に疎い俺。

 それを見越してか、シータは鬱蒼な森を前に足を止め、確認作業に入る。


「ねえ、あんた迷いの森の別名ぐらいは知ってるわよね?」


 もちろん。


「知りません!」

 知らないに決まってるだろ。魔界からの転校生をなめんじゃねー。


 はあーっと、ため息を吐き、シータは後続を気にしてか、簡潔に正解を告げる。


「無力の森」


「ん? なに? それが別名? え、っと。んん? 無力? ってあの無力?」

「バカなの?」

「バカなの。わかるまでここを動かないのでよろしく」


 おもちゃを買ってもらえなくて、駄々を捏ねる子供のように地べたに寝転んだ俺に観念して、シータは説明を開始した。

 おい、その見下した目もなんとかしないと俺動かないからね。


「はあ~。一度だけしか言わないからよく聞きなさい。この森は迷念樹と呼ばれる漆黒の大樹が群生して形成されてるのよ。迷念樹の特徴は結びつき。この大樹は何本もの木々が生き物のように合体を繰り返す。つまり、森が意志を持って迷宮化する。人とも結びつこうとしてね」


「別名、巨大迷路の方がいいんじゃね?」

「だったら早いとこ遊んできなさいな。私たちを迎え入れるかのように一か所だけ木々が開いてるでしょ。ほら、あそこが迷路の入口よ」


 確かに、森と言いながらも壁のように隙間なく大樹が聳え立つ中、一か所だけ、ここから入ってくださいね、といわんばかりに口を開けている場所がある。それこそ食べ物を食べる口のように。

 その先を覗き込むと両サイドは木々の壁、人ひとり通るのがやっとの食道。


「狭い道を行軍する場合、隊列は自然と一列になるわよね? その場合の並びは先頭からリーダー、もしくは戦闘や防御に長けた人ってなるわけだけど」

 ふむふむと頷く。いわゆる前衛、後衛だな。


「この森は、後ろから一人、また一人と神隠しのように消していくの。気づけば自分以外、誰もいなくなる。仲間の大切さを説くこの学園が、あえて突きつける孤独の試練。それが無力の森よ」


「なるほど言い得て妙だ」

 人はひとりでは無力だ。そんな意味も込めて。


「ってことは、迷いの森は各自で突破しろ、ってことでいいのか?」

「基本的にはそうね。だけど合流できるならそれに越したことはない」


 言って、シータが取り出したのは、

 煌々と輝く石に紐を通した手作りのネックレス。


「ここにくるまでの間に作っておいた共鳴石のネックレス。石と石が近づけば近づくほどに輝きを増す石よ。半径百メートル離れると光は消え、ただの石となるわ。この光を目安に合流を目指しましょ」


 ほぉ~、やっぱ優秀だなこいつ。何が優秀って、不測の事態に備えてそんな石をリュックに忍ばせていたのがスゴイ。


「わ、わー。共鳴石なんて持ってたんですねシータさん。それって好きな男子に女子が思いを込めて渡すんですよねー。私は……夢のまた夢ですけど……はあ」

「は、はあああ? べ、べべべ別にそんなために持ってたんじゃないんだからね」


 ええ。そうでした。そういやこいつはただの乙女(ポンコツ)でした。


「お、おっほん。それじゃみんなネックレスを首にかけてね」

 シータによって一人一人にネックレスが手渡され、それを首にかけていく面々。


「ん、はい。か、勘違いしないでよね。別にあんたのこと好きとかじゃないんだからね!」

 お前テンプレ感すげーな!


 首元で眩しいほどに輝く五つの光。

 闇を照らすように先頭より、シータ、チャド、ハイネ、セシル、と迷いの森へ分け入り、最後尾の俺も後に続く。


 と、遥か彼方の背中越しから、


(火ッカッカ! やっと見つけたぞー魔王様! おーい魔王様あああ――ッ!)


 そんな声が聞こえた……気がした。

 うん。気がしただけ、空耳だ。

 だって。それはありえないだろ。まずありえない。


『魔王様』なんて呼ぶこと自体がありえない。


 魔守護狼隊フェン・リルの連中も俺との接触は細心の注意を払っているし、呼び名もダイチさんだ。まあ、恐る恐る呼ぶのは改善点だが、なんにせよ俺の正体はトップシークレットだ。それを『魔王様』なんて呼ぶバカは、魔界広しと言えどもシュラぐらいのものだろう。いやいや、シュラでも流石にそこまでバカじゃない。


 だから、やはりこれは空耳だ。

 ひょっとすると迷いの森が早くも牙をむいたのかもしれないな。


 俺は自嘲気味に首を振り、背後でシュルリと閉じた闇森の中へ足を踏み入れた。

 背中に若干の熱風を感じながら……。

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