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第17話 歩幅が違うことに、隣で歩いて気が付いた

「――というわけで、ただ今より新入生歓迎遠足を行う」


 リュックを背負い青空の下、にこやかな表情を浮かべるディアマンテ。

 片や、新入生三十名。体育座りで物音一つ立てることなく背筋をピーン。


 ちなみに三日前、勇者学の授業中に寝ていた俺は斬られた。

 それを反面教師に猫も杓子もこのように従順な羊に成り下がったわけである。

 教育委員会ってどこにありますかね?


「前もって説明した通り、目指す目的地は港町ポプラ。常人ならば王都よりのんびり徒歩でおよそ三日といったところだ」


 何度説明を聞いても、先生、それ遠足の距離じゃないんですけど?

 まあ、とは言っても、ゴールは設定されており、事前に伝えられていた。よって、俺たちもディアマンテ同様、リュックに荷物を詰めて準備万全だ。


 そして、ゴールが設定されているということは――


「手でも繋いで仲間と親睦を深めることだな。これは歓迎遠足なんだ。楽しく行こうじゃないか。但し、これも伝えた通り、港町ポプラに到着する順位は競ってもらうがな」


 そう。競争を意味することになる。

 楽しく和気あいあいなんてできるわけがない。

 これは遠足でなく、徒競走なんだから。


 到着順に一位より5ポイント。以降1ポイントずつ減っていき、最下位は0ポイント。そんなことを聞いたからには、各班が事前にすることは決まっている。


 港町ポプラへ最短ルートの洗い出し。


 王都を出発し、基本は街道を北へ北へ。そこから山越えを選択するか、迂回ルートを選択するか。ここでの選択が吉と出るか凶と出るかで差がつくはずだ。


 その先に行く手を阻むのは――『迷いの森』


 ここを真っ直ぐ突き進むと見えるのが港町ポプラ。つまりは、最短ルート。

 だが、ここはどの班も満場一致でパスのはず。


 俺たちのルート選択も、迂回の一択。

 一人また一人と消えていき、森の奥深く深淵へ導くように人を迷わす迷いの森。

 港町ポプラへは五人が揃って初めてゴールと認められるのだ、いくら最短ルートといえども、メンバーがバラバラになる危険な迷いの森を抜ける班はまずいないだろう。


「どのルートを通るのも自由だが、ひとつだけ加点ポイントを教えておく。道中に諸君らを阻む、迷いの森と呼ばれる漆黒の大樹が群生している場所がある。事前にそこへ三十枚の守護護符を貼り付けておいた」


 ……だが、忘れてはならないのが、ここは聖アルフォード学園。


「迷いの森のどこかにある三十枚の護符。一人につき一枚のみ。それを持ってゴールした場合、個人に1ポイント。更に班にもそのポイントを加算する」


 つまり、最大で順位一位の5ポイントに、五人全員が護符を持ってゴールすればプラスで5ポイントの合計10ポイント。


 そんな餌をぶら下げられたらもう……。


「勇者ならば、一太刀で二匹の魔物を仕留める欲深さを持て。……ん、どうした? 勇者候補生ともあろう者が、たかが森を怖がっているとはいうまいな? ならばのんびり街道を行けばいい。ただの人として、な」


 半ば強制的に全班がルートの見直しを余儀なくされ。


「おやおや、ゴールは前もって伝えていたというのに、今さら地図なんて広げてどうした? まあ好きにすればいいが、早いところ出発しないと日が暮れるぞ? それでは私は一足先に出発するが。準備ができた班より順次出発するように」

 そんな様子を楽しげに眺めつつ、ディアマンテは俺たちを残して一人出発した。


 ……ったく。これのどこが歓迎遠足なんだよ!


「ほら、早く立って! 人は後ろに歩くようにはできてないんだから!」

 俺たちは謎理論のシータに急かされ、どこよりも早く前進することになった。


       * * *


 王都メルクリスの巨大な城門をくぐり、俺たちは外の世界へと踏み出した。

 最初は整備された平坦な街道だったが、数時間も歩けば風景は一変する。足元はゴツゴツとした土塊に変わり、全員が強制着用を義務付けられた勇者特製十キロリュックの重みが、じわじわとボディーブローのように効いてくる。


「ほら、ダイチ! ペースが落ちてるわよ! 右足を出して、次に左足! 誰よりも早くそれを繰り返せば一位で到着できるんだから!」


 さらなる謎理論を繰り広げるシータを無視して、後方を見渡すと各班の姿は既に砂埃を上げて視界の彼方へ消えかかっている。慣れない重荷に喘ぐ生徒たちの荒い息遣いが、乾いた風に乗って聞こえてきた。


 走ることはないが風景を楽しみながらのんびり歩くこともなく、一定のリズムで淡々と。そんな遠足気分ぶち壊しの中、俺はせめてもと隣を歩くチャドへ会話を投げかける。


「なあチャド。学園を出るだけじゃ事足りず、王都を飛び出してまでの課外研修って、これカリキュラムとしては随分と無謀だよな」


「そうだね~。学園の庇護下にいないと、僕に群がる子猫ちゃんが後を絶たずに大混乱が起きるかもしれないね。道中の警備は任せたよダイチ。よろしくさ~ん」


 ウインクをバッキュ~ン。今日も平常運転のよろしくさん。

 だが、その答えは近くなくとも遠からず。ある意味、的を射る。


「まさにそれだよ。警備ってやつ。俺たち勇者候補生って、聖アルフォード学園によって外敵から守られてるよな。それこそ魔王ですら手出しができないほどに」

「魔王が聖アルフォード学園を襲う? おかしなことを考えるもんだね~」


 聖アルフォード学園には何人たりとも手出しはできない。それは魔界だけでなく、人界でも周知の事実だろう。いわゆる難攻不落。だからこそ金の卵足りえる俺たちの生活の基盤は聖アルフォード学園内にある。王都を出歩くこともあるが、そこまで。通常の生活で王都の外へ行くことはまずない。


 だが、今のこの状況はどうだ。現金輸送車が警備もなしに丸見えで運搬されている。まさにそんな状況じゃないか。


 だからこその、素朴な疑問。


「仮にだよ。仮に俺が魔王だったらさ。この機会に手ずからとは言わずとも、刺客を送りこんで、勇者の卵をグシャって握り潰すと思うけど?」

「ダイチ~。まったく君はヤレヤレだよ。勇者学の授業をきちんと聞いていたらそんな疑問は湧かないはずなんだけどね~」


 あ、そうなんだ。俺その授業中寝てたもんで。

 ディアマンテが素行不良の生徒を斬るかどうかの疑問だったら湧かないけどね。

 あの先生は容赦なく斬ります。あと減点もします。

 それによって、シータにも叩かれます。ここは地獄かな?


「いいかいダイチ。英雄と呼ばれる勇者アルスが、たった一人で魔王レイスを討ち取ったのが、およそ千年前。それ以降――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 チャドの解答。それは魔王の教えにも通ずるところであり、この様な質問をしたが実のところ、俺はその理由も知っている。


「勇者アルスはそれを機に、勇者の力を後世に伝える聖アルフォード学園の礎を残し、人知れず姿を消した。だからこそ原初の勇者としてアルスの伝説は今も語り継がれるのさ~」


 勇者がその力を後世に伝えた一方で。

 魔王の力は魔王レイス・デス・ヴェリドが討伐されたことによって次の魔王へ引き継がれることなく、魔界は一度魔王が不在となっている。


 いわゆる世界に平和がやってきました。めでたし、めでたしだ。


 ゲームだとここでエンディング。だが世界は終わることなく続いていく。

 魔界は混乱の中、魔王の座を競い、血で血を争う戦乱がおよそ百年繰り広げられた。そうして百年戦争を経て、魔王へ上り詰めたものが『ヴェリド』の名を受け継いだ。

 人は“血”と“名”をもって繋がりを維持するが、魔物は“力”と“名”をもって繋がりを維持する。

 魔王の力を受け継いだ俺もダイチ・ヤギ・ヴェリドとその冠を持つ。


 とまあ、ここまでが魔王学でレヴィから学んだこと。

 そしてこの先は、魔王から魔王へ、力と共に引き継がれる、こんな言の葉。


『――勇者に手を出すな』


 九百年に渡って魔王が守り続けてきた沈黙の歴史。


 つまり魔王は、


 アルスを――『勇者』を恐れた。


 その不文律こそが、人界の平和を、そして魔界の存続を支えてきた歪な均衡の正体だ。

 魔王たちは九百年に渡り、アルスの再来を恐れて、勇者との接触を徹底的に避けてきた。


 そして今、守り抜かれた誓いを踏みにじり――魔王は勇者に手を出した。

 だからこその質問だ。


「千年平和だから今日も平和だって理由にはならないよな?」

「だったら今日が平和にならない理由もまたないさ~」


 そんな捻くれた質問に、チャドはヤレヤレと手を上げ答えを返すと、それを隣で聞いていたハイネが、ここぞとキャピキャピ笑顔で会話に割り込む。


「千年平和が守られたのは、勇者がいたからですよ? だから、今日も平和と言えるじゃないですかー。だって、ここにチャドさんや、ダイチお兄ちゃんという勇者がいるんだもん!」

「おやおやハイネ姫。それは嬉しいことを言ってくれるね~。では、今日一日、僕はお姫様を守る白馬の王子様になろうじゃないか~。さ、お手を」

(よし、バカが釣れた)


 跪いて手を差し出すチャドを、数歩後ろで毒リンゴを渡す婆さんのような目でセシルが見つめる。


「うわぁ~王子様~。ハイネを守って下さ~い! おんぶ!」


 おいチャド、お前、白馬の王子様どころか、白馬そのものにされてるぞ!


 その様子をじーっと見つめ、次に俺の顔をチラっと覗きセシルは青ざめる。


 あ、セシル。大丈夫。大丈夫だから。

 お前の背中に飛び乗ることはないから安心して。俺はそこまで天竜人じゃない。


 夕闇が迫り、先頭のシータがようやく「今日はここまで!」と足を止めた。


 こうして疑問を解消することなく。

 親睦を深めることもなく。


 俺たちは本日の行軍を終了したのだった。

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